10-20 手紙
犬の妖精を飼うことになったゴローは、研究所内の妖精・精霊たちに紹介しに行った。
まずは一番格が上と思われる『木の精』のルル。
「あら、クー・シーの子供? 珍しいわね。ゴロちん、ここで飼うの?」
「そうしたいと思うんだけど、どうだろう?」
「いいんじゃない? 大きくなったら番犬をしてくれそうだし」
「そっか」
「で、名前は?」
「まだ付けてないんだ。飼えるかどうかもわからなかったし」
「付けてあげたほうがいいわよ?」
「そうか。……じゃあ、『ポチ』」
「くーん」
『謎知識』が囁いた名前であった……。
* * *
次に向かったのは『水の妖精』、クレーネーのところ。
「あ、ゴロー様、その子、クー・シーですの?」
「わかるか?」
「はいですの。私同様、生まれたばかりに見えますの」
「やっぱり」
「かわいらしいですの」
「仲よくしてやってくれ」
「もちろんですの。……この子、お名前は?」
「ポチ」
「ポチさん、よろしくですの」
「くーん」
というわけでクレーネーとの挨拶も終わり、次は……。
「『ミュー』、いるかい?」
『エサソン』のミューである。
「あ、はい。……きゃっ」
ミューは顔を出したがポチを見ると驚いて草の陰に引っ込んでしまった。
「ああごめん。えっと、この子はクー・シーのポチ。……ポチ、この子はエサソンのミューだ。仲よくしてくれよ」
「くーん」
「そういうわけなんだ。ミュー、怖がらないでくれ」
「あ、はい……」
身長10セルほどのミューには、体長30セルほどのポチも巨大な怪物だろうと、ゴローはポチを抱き上げた。
それで安心して、ミューは草の陰から出てきた。
「ポチ、ミューはか弱いから守ってやってくれよ?」
「わう」
言っていることを理解して返事をしたのかな、とゴローは微笑ましく思ったのだった。
それでそっとポチを地面に下ろすと、『伏せ』の体勢でミューを見つめている。
「……乗ってもいいんですか?」
「わふ」
「……ありがとうございます。それでは……」
何やら妖精同士で会話が成立したらしく、ミューはポチの背中に乗った。
「わう」
「わあ……」
ミューを背中に乗せ、ポチはゆっくりと起き上がった。
そしてとてとてと歩き出す。
ミューが落ちないように気を配っているのが見て取れる。賢いな、とゴローは感心した。
ポチの背中はもふもふの長い毛が生えているのでミューとしても居心地は悪くないようだ。
「ポチさん、もう少し速く歩いていただいても大丈夫ですよ」
「わう」
ミューの言葉がわかったのか、ポチの歩みはとてとてからすたすたに変わった。
ミューも楽しそうにしており、すっかり仲よしになったようでゴローも安心だ。
このまま放し飼いでもいいし、研究所に来てもらってもいいし……と思い、これだけ賢いならポチの判断に任せようと、
「ポチ、このままここに住むか? それとも俺たちの家へ来るか?」
とゴローは聞いてみた。
「くーん」
するとポチはミューを乗せたまますたすたとゴローの足元まで歩いてきて顔を擦り寄せ尻尾を振る。
「そうか、俺たちの家へ来るか」
「くーん」
「ポチさん、時々でいいので乗せてくださいね」
「わふ」
「ゴローさん、ポチさん、それでは、また」
「うん、またな」
ポチの背中から降りたミューは、手を降って草陰に消えていったのだった。
* * *
その日の夜、ゴローとサナは『レイブン改』を使い、こっそりと王都の屋敷へと向かった。
甘芋を取りに行くためである。
往路は何事もなかった。
郊外に着陸し、サナに留守番を任せて、ゴローはこっそりと隠し通路を使って屋敷へ。
「お帰りなさいませ、ゴロー様」
『本家本元』のマリー(つまり本体)が出迎えてくれた。
「またすぐ向こうへ行くけど、何か変わったことはなかったかい?」
「はい、特には。ただ、お手紙がいくつか届いております」
「お、そうか。帰る前にもらうよ」
「わかりました」
ゴローはまず、地下倉庫から甘芋やら砂糖やら、足りなくなりそうな食材を運び出す。
マリーが手伝ってくれたのですぐに終わった。
さらに、昨日から今日に掛けて届いたという3通の手紙を受け取った。
忘れ物がないか確認し、ゴローは帰り支度をする。
「悪いな、また屋敷を頼む」
「はい、お任せください」
再びゴローは隠し通路を通って屋敷の……いや王都の外へ。
大荷物を背負ってはいるがゴローには何のこともない。
往復40分で『レイブン改』のところへ戻れた。
「ゴロー、おかえり」
「ただいま。さあ、研究所へ戻ろう」
「うん」
用が済んだ今、長居は無用と、ゴローは『レイブン改』を飛び立たせた。
そして闇の中を北へ、北へ。
日付が変わる前に研究所に着くことができたのであった。
* * *
荷解きは翌朝行った。
「随分持ってきたねえ」
「ついでですから」
「甘味もたくさん」
「サナが欲しがると思ってな」
「ゴロー、えらい」
「……で、なんだか手紙が来ていました。まだ開けていないんですが」
「見てみたほうがいいよ」
「はい、それでは」
ゴローは無頓着に、3通のうち1通を抜き出した。やたら仰々しい封蝋がなされている。
「あ、その封蝋って王家のじゃ……」
目ざとくヴェルシアが封蝋に気が付いた。
というよりやたら仰々しいので誰でも気が付くかもしれない。
「王家ってことは姫様からか」
おそらくローザンヌ王女からの手紙だろうと思いながら、ゴローは封を切った。
手紙の内容は……。
「……へえ?」
「どうしたんだい、ゴロー?」
「ええ、姫様からの手紙によりますと、この手紙の日付けは昨日ですから、エルフの使節は明日あたり帰国するそうです」
「それは朗報だねえ」
「それともう1つ。バラージュ国とシナージュ国の2国間がどうもきな臭い、と」
「紛争が起きそうということかい?」
「そうなりますね」
「やだねえ」
紛争、と聞いてハカセはあからさまに顔をしかめた。
「関わり合いにはなりたくないねえ。……で、姫様としてはなんて?」
「はい。……できれば、もう少し王都を離れていろ、と」
「いい姫様だね」
「ですね」
ゴローたちに気を使ってくれる王族。世界的に見ても、かなり希少な存在だろう。
「でも、この手紙を開封して読んでいるってことは、王都に戻ってきているのでは? ……普通はそう考えますよね?」
「あ」
「あ……」
ヴェルシアの冷静なツッコミに、皆絶句した、
「姫様……」
「……ちょっと抜けてる?」
サナが辛辣なことを言った。
「いや、こうしてこっちで読んでいるわけだし、そこまで言わなくても」
苦笑しながらゴローが窘めた。
「ゴロー、他の手紙も読んでごらんよ」
「あ、はい」
ハカセに急かされ、ゴローは残った2通のうち1通を手に取った。
「これは……ああ、ブルー工房からだ。アーレンかラーナが読んだほうがいいな」
ゴローはその1通をアーレンに手渡した。
残る1通はマッツァ商会からであった。
「うーんと……ラピスラズリが欲しい、とあるな。絵の具用なので小さくても構わないそうだ。ただし量が必要で、500グム以上欲しいんだってさ」
「ラピスラズリなら、たくさんある」
「だなあ」
今度王都に戻ったらマッツァ商会に卸してやろう、と決めたゴローであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は10月13日(木)14:00の予定です。
20221006 修正
(誤)ミューの言葉がわかったのか、ポチの歩みははとてとてからすたすたに変わった。
(正)ミューの言葉がわかったのか、ポチの歩みはとてとてからすたすたに変わった。
(誤)エルフの施設は明日あたり帰国するそうです」
(正)エルフの使節は明日あたり帰国するそうです」
(旧)研究所内の妖精・精霊たちに報告をしに行った。
(新)研究所内の妖精・精霊たちに紹介しに行った。