10-19 買い出しにて
翌日、ゴローは池に棲む『水の妖精』のクレーネーから『癒やしの水』をもらい、ハカセに手渡した後、サナと連れ立って『種』の買い出しに出掛けた。
久しぶりに崖を下ってのお出掛けである。
アーレン、ラーナ、ヴェルシア、ルナールらは、どこから買い出しに行くのか、あまり気にしていないので、2人が崖から飛び降りるところは見られることなく済んだ。
* * *
ひょいひょいと崖を下っていく2人。
「うん、鈍っていないな」
「うん、大丈夫みたい」
あっという間に麓である。
そこからは西へ。向かうはカーン村である。
森を走り抜ける2人。
一応、カーン村で交換するための毛皮も少し背負ってはいるが、10キムくらいの荷物など、2人には空身と同じだった。
魔獣や野獣と出会うこともなく、2時間後、無事にカーン村に着いた2人である。
「おやサンちゃん、久しぶりだねえ」
サナを見た村人が声を掛けてきた。
サナは昔からずっとこの村に買い出しに来ており、37号ということで『サンちゃん』と呼ばれていたのだ。
「おばさん、お久しぶり。……ちょっと、王都まで行っていた」
「へえ……遠いんだろう、王都って?」
「うん。ずっと南」
「そうかい。でもやっぱりこっちがよくて帰ってきたんだね? そっちは弟さんだっけ?」
「あ、はい。お久しぶりです」
「うん、元気そうだね。……ええとゴー君だったね」
「はい」
56号なのでゴー君である。
「で、どうしたんだい? 今日は行商人はいないよ?」
「あ、今日は野菜の種をわけてもらおうと思って」
「そうかいそうかい。いいよ、あたしんところにある種なら分けてあげるよ」
「ありがとうございます」
よく喋るおばさんに連れられ、彼女の家へ。
おばさんは2人を納屋へ案内してくれた。
「何の種が欲しいんだい?」
「えっと、これから播ける野菜の種を。ダイズとか、ミツバとか、キュウリとか。甘芋もあったらいいなと」
「甘芋以外は全部あるよ。一握りくらいあればいいかい?」
「その半分でいいです……」
「そりゃそうか。家で作るんだもんね」
おばさんは笑って、一握りの半分くらいずつ、ミツバとキュウリの種を分けてくれた。
ゴローとサナはそれを用意してきた小さな袋に分別して入れる。
「あとはダイズだね。こっちは一握りじゃあ幾らもないから二握りくらいかね」
「あ、そうですね」
ダイズは粒が大きいので当然である。
「あとは甘芋か……」
考えてみれば、甘芋は暖かい土地で作られる作物である。
「この辺で作るならジャガイモだね」
「……そうですね」
「ジャガイモの種芋ならまだ少しあるから、分けてあげようか?」
「お願いします」
ということで、甘芋ではなくジャガイモの種芋を分けてもらったゴローたちであった。
「それじゃあ、これを」
「いい毛皮だね。これじゃあお釣りが来るよ。いいのかい?」
「いいんです」
「ありがとね。作物を作っていて、何かあったら聞きにおいで」
「はい、ありがとうございます」
そんなわけでゴローとサナは一応の買い物を済ませたのであった。
* * *
そして帰り道。
「……ゴロー、甘芋、買えなかった」
「そうだな……うん、今夜王都の屋敷へ行ってみよう。確か倉庫に甘芋が残っていたと思う」
「それを、植えるの?」
「直接じゃないけどな。……芋から出てきた芽を植えるんだ」
「うん、わかった」
そんな会話をしながら、森の中を駆けていくと……。
「……ゴロー、右手から何か、来る」
「うん。……これは『イビルウルフ』だな」
イビルウルフは狼型の魔獣で、脅威度2(一般人が武器を持っていればなんとか倒せるレベル)ただし群れになると脅威度3(一般人には無理。猟師、兵士以上)となる。
もちろんゴローとサナは一般人ではないし、猟師、兵士以上である。
「イビルウルフは……5頭。でも……」
「何か、逃げてくるな?」
「うん。イビルウルフはその何かを追いかけてくる、みたい」
「何かって、何だ?」
「わからない。でも、魔力を持ってる」
「……みたいだな」
イビルウルフは木に登れない。
そこでゴローとサナは手頃な木に登って様子を見ることにした。
「もう、来るはず」
「うん」
「あ、来た」
木々の間を透かして見ると、小さな動物らしきものが5頭のイビルウルフに追いかけられていた。
「……ゴロー、どうする?」
「……うん……見なければ放っておいたんだけどな……」
小動物が襲われているのを目の当たりにしてしまうと、見過ごすというのは寝覚めが悪い、とゴローは言った。
寝なくてもいいゴローとサナなのであるが、そこは言い回しである。
「うん、ゴローなら、そう言うと思った。それに、あれ、多分動物じゃ、ない」
「え?」
「……魔力を探って、みて」
「…………お、なるほどな。あれ、妖精の一種か?」
「かもしれない」
「だからイビルウルフが狙っているのか」
「多分」
そんな話をしているうちに、妖精(?)とそれを追うイビルウルフはゴローとサナがいる木の下までやってきた。
「よっ」
ゴローは木から飛び降り、妖精(?)をさっと抱き上げるとジャンプ。
木の上に無事戻った。
獲物を奪われたイビルウルフはいきり立ってゴローたちがいる木の周りをぐるぐる巡り、上を向いて威嚇する。
「うるさい」
サナは木の上から『雷』を放った。
ギャン、とイビルウルフの悲鳴。
気絶させるには至らなかったが、5頭は尻尾を巻いて逃げ去った。
そして、ゴローの腕の中の妖精(?)は……。
「子犬かな?」
若草色でやや長い毛並みをした小さな犬に見える。
だが、魔力の感じはただの犬ではない。
「……もしかしたらクー・シーかも」
「クー・シー?」
「その名のとおり、犬の妖精」
「へえ」
「くーん」
どう見ても子犬であるが、帯びている魔力は普通の動物ではない。
「クー・シーの子供?」
「妖精って、成長するのか?」
「クレーネーだってそうだから、するんじゃない?」
「それもそうか」
ゴローの腕の中で子犬はふさふさの巻き尻尾を振っている。
「……かわいいから、連れて帰る?」
「いいのか?」
「多分、この森では放してもまたイビルウルフに狙われる」
「あ、そうか」
「そして、本来どこに棲んでいるのかもわからない」
「だなあ……連れて帰るか」
「くーん」
「お前、それでいいのか?」
「くーん」
話が通じているのかいないのか。子犬はゴローに懐いたようだった。
「クー・シーはマナを食べるけど、オドも好物。ゴローのオドが気に入ったみたい」
「そうなのかな」
「くーん」
* * *
「……で、連れて帰ってきたのかい」
「はい」
「くーん」
「……」
「…………」
「………………」
「……………………」
アーレン、ラーナ、ヴェルシアらは無言だ。ルナールに至っては硬直している。
「しかしクー・シーねえ。あたしも初めて見たよ。……もっとでっかい犬だと思ってたけどねえ」
クー・シーはその名のとおり『犬の妖精』。
青緑色の長い体毛で、子牛ほどの体格をしている……といわれる。
「それだけど、まだ生まれたばかりなのかも」
サナが言った。
「でなければ、イビルウルフに追いかけられるはずが、ない」
「それも一理あるね。……で、ここで飼うのかい?」
「……ハカセがいいと言ってくだされば」
「くーん」
「……はあ、まあ、いいさね。……ルルやマリーやクレーネーにも聞いておくんだよ?」
「わかりました」
こうして、また人外の仲間が増えたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は10月6日(木)14:00の予定です。