10-18 野菜不足
マラカイト(孔雀石)とカッライス(トルコ石)を見たハカセは俄然やる気を見せた。
「これを砕けばいいんだね?」
「はい。そうですが、カッライスはちょっと硬いかもしれません。マラカイトは銅の化合物なので、粉塵を吸い込まないように気をつけてください」
「マスクをするよ」
「そうしてください」
マラカイトに限らず、石の粉を吸い込むと『塵肺』を引き起こすので要注意なのだ。
「適当に小さくしておきますよ」
ゴローは『ナイフ』でマラカイトとカッライスを小片に切り刻んでおいた。
これで、砕く手間が相当に省けるというものだ。
「ゴロー、すまないねえ」
「それは言わない約束でしょ」
「え? そんな約束してたっけねえ?」
「……今のは忘れてください……」
『謎知識』が変な入れ知恵をしてきたせいだ、とゴローは思って言い訳をする。
「? ……まあいいけどね」
ハカセはメノウ製の乳鉢を使い、マラカイトをすり潰し始めた。
「おお、これもきれいな色だねえ」
「細かくすればするほど色は淡くなるようです。ですので粒の大きさで色の濃さが変わりますよ」
ヴェルシアが言う。
「どうやってふるい分けるんだい?」
「水に入れて撹拌し、そっと沈殿させるんです」
「ああ、『比重選鉱』ってやつだな」
泥が沈殿する際に粒度の粗いものほど下に沈むようなものである。
「そうやって選別すればいいんだねえ」
ハカセとヴェルシアが仲よく作業を進めているのでゴローはその場を離れ、厨房へ向かった。夕食の支度のためである。
* * *
「あー、新鮮な食材がなくなってきたな」
肉類はまだいいとして、野菜類がもうなくなりそうであった。
「……野菜畑も作ろうかな?」
なんかスローライフっぽくていいな、と思うゴロー。
「よし、明日は野菜畑を作ろう」
と、そんなことを考えていると、ルナールがやって来た。
「ゴロー様、食事の支度はお任せください」
「お、そうかい?」
「はい」
是非に、と言われたのでゴローはルナールに任せることにした。
そもそもここのところ、食事の7割はルナールが作ってくれている。
2割がマリー(の分体)で、1割がゴローだ。
で、ゴローが作っているのはだいたい甘いものである。
「夕食用の甘いものは……甘い玉子焼にするか」
サナが好む、砂糖をたっぷり入れた玉子焼き。
砂糖が多めに入っているためふわふわにはできないが、甘いのでサナのお気に入りである。
「卵もそろそろなくなってきたな」
食材がいろいろと足りなくなってきていた。
「そういえば、そろそろほとぼりは冷めた頃かな?」
元々ゴローたちがこの研究所に来たのは、エルフの国であるバラージュ国からの使者が無理難題を吹っかけてきたため、避難してきたのである。
ローザンヌ王女たちがかばってくれたので事なきを得ているが、最悪ルーペス王国から引っ越すことも考えてはいた。
元々、ゴローとサナは王国民ではないし、ハカセは多国籍である。
ルナールもジャンガル王国民であり、ヴェルシアはどちらかと言うと追われている身なので、問題はアーレン・ブルーとラーナであるといえた。
「このままバックレるというのも義理が悪いしなあ」
ちょっとラフな言葉で独り言を呟いていると、マリー(の分体)が心配そうに覗き込んでいた。
「ゴロー様、心配事ですか?」
「あ、いや、心配というより気になっている、かな? ほら、王都の屋敷のことさ」
「そちらでしたら何事もないようです。何かありましたら本体から知らせがありますから」
「そうか、それなら安心だな」
『屋敷妖精』のマリーが大丈夫と請け合ってくれたので、少し気が楽になったゴローだった。
* * *
夕食後、ゴローは皆に提案する。
「食材が足りなくなってきたので、明日買い出しに行ってこようと思います」
保存が効く小麦、大麦、お米などの穀物や干し肉、干し魚は大丈夫なのだが、新鮮野菜が足りなくなってきたと補足説明。
ついでにこの先、野菜畑も作りたいと言っておいた。
「自給自足とまでは言いませんが、ある程度まかなえると便利ですからね」
ニワトリも飼えれば卵が手に入るんですが、とも。
「だんだんこっちが本宅みたいになってくるねえ……」
「……確かにそうですね」
ハカセとサナだけだった頃は、必要最低限のものしか食べていなかったらしい。
サナは基本的に食べる必要はないし、ハカセはハカセでそういう方はズボラだったからな、とゴローは心の中だけで思ったのだった。
(今は、ルナール、アーレン、ラーナ、ヴェルシアもいるからな……)
ハカセを加えて5人。それだけいれば食材の減りも早いというものである。
「エルフ連中との揉め事が収まらなかったら、アーレンたちもこっちに引っ越してくればいいさね」
ハカセはお気楽である。
が、確かにこの研究所の居住性はよく、飛行機がある今、買い出しや旅行にも全く問題はない。
その上『木の精』のルルや『屋敷妖精』(のマリーの分体)、『水の妖精』のクレーネー、おまけにエサソンのミューもいるのだ。
そんじょそこらの屋敷とは比較にならない。
とはいえ、王都の屋敷もなかなかのもの、放棄するには少し惜しい。
ゴローがそれを指摘すると、ハカセも苦笑しつつ、
「うーん、まあ、それはそうかもねえ」
とゴローの言うことを認めたのである。
「まあそれは置いておいて、栽培する野菜を何にしようかと考えているんですが」
「美味しいのがいい」
「いや、サナの言うことはわかるが、だからそれはなんだろうって」
「そうだねえ……冬はどのみち雪に閉ざされるからねえ」
その言葉を聞いて、ヴェルシアが発言した。
「だとするとネギ類はやめておいたほうがよさそうですね」
「おや、ヴェルは野菜にも詳しいのかい?」
「あ、いいえ、単に教会の裏庭で幾つか栽培していたことがあるだけです」
とはいえ、いろいろなことをやらされていたんだなあ、というのがこの場にいる皆の思いである。
広く浅く、それがヴェルシアの知識の特徴なのかもしれない。
「菜っ葉類……葉野菜がいいんじゃないでしょうか。あとは水辺のお野菜とか」
「……ミツバってあるかな?」
ヴェルシアの説明を聞いたゴローが口を開いた。
「あ、ミツバゼリのことですね。それ、いいですね。香味野菜ですし、春から秋にかけての栽培ならいいと思います」
これで1つ候補ができた。
「あとは、これから播くならダイズもいいと思います」
「枝豆もいいなあ」
「えだまめ、ですか?」
「あれ、枝豆、食べないのか? ダイズを青いうちに収穫して茹でて塩を振るんだが」
「食べませんね……でも、どこだかの地方でそういう食べ方をすると聞いたことがあるような気もします」
「そうか。美味いと思うぞ」
というわけでダイズも作ることにした。
「これからでしたらキュウリ、カボチャも」
「そうしよう」
「……ゴロー、甘芋は作れない?」
サナからもリクエストが出た。
「甘芋か……できなくはないと思う。ルルもいるし」
「じゃ、それも」
「わかったよ」
結局。最初の家庭菜園として、『ミツバ』『ダイズ』『キュウリ』『甘芋』を作ってみることになったのである
「じゃあ明日、種を買いに行こう」
「うん」
そういうことになったのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は9月29日(木)14:00の予定です。
20220922 修正
(誤)アキラがそれを指摘すると、ハカセも苦笑しつつ、
(正)ゴローがそれを指摘すると、ハカセも苦笑しつつ、
(誤)「じゃあ明日、、種を買いに行こう」
(正)「じゃあ明日、種を買いに行こう」