10-17 ゴーレムと薬草園
アーレン・ブルーが研究所に着いてからずっと研究していたもの、それは。
「これはまた、凄いねえ」
「力がありそうですね」
重作業用のゴーレムであった。
「重作業が必要なシーンもありますし、フランクだけだと支えきれないような場合もありそうですからね」
と、アーレン。
「ゴローさんたちが『薬草園』を作るのにも役立つと思いますよ」
身長は1.8メルくらいで、脚が短く、腕は大きく、がっしりとしている。
「フランクの倍以上の力があるはずです」
「凄いじゃないか。土木作業や力仕事が捗りそうだねえ」
ハカセも感心している。
「ただ、フランクみたいに頭がよくないんです。ちゃんと命令をしてやらないと動きません」
「最初はそんなものさね。どれどれ、外で動かしてごらん」
「あ、はい。『ゴーレム』、外へ出ろ」
ゴーレムはゆっくりと歩き出し、研究所の外へ出た。
「ふんふん、ちゃんと出入り口は認識しているし、『外へ出ろ』という曖昧な指示でも動く。なかなかしっかりしているじゃないかい」
「そうですか?」
「そうだよ。基本動作はひととおりできるようだし、指示の判断もできている。ここまで教え込むのって苦労したろう?」
「あ、はい。……えーと、ラーナにも手伝ってもらいまして……」
「そういえば、そのラーナは?」
「疲れ果てて寝ています」
「ああ……なるほどね。駄目だよ、アーレン。労ってやらないと」
「あ、はい、すみません」
おそらく細かな教育はラーナに任せたんだろうな……と想像がついたゴローであった。
* * *
「それじゃあ、ここの地面を深さ1メル、広さは縦10メル、横20メルくらいを掘り起こしてくれ」
「わかりました。『ゴーレム』、今の指示どおりに地面を掘れ」
アーレンの言葉に従い、ゴーレムは動き出した。
そして力強く地面を掘り返していく。
鋼鉄の両腕は力強く、どんどん地面が掘れていった。
そこへフランクが山から採ってきた腐葉土を入れ、ゴローが骨粉と石灰を撒く。
あっという間に畑ができてしまった。
「おお、いいねえ」
「ゴーレム、止まれ」
ゴーレムは停止した。
「動力源は? 『魔力充填装置』付きかい?」
「はい。胴体が大きいので、肺に相当する場所に『魔力充填装置』を2基。『魔力庫』は胃の部分に2基」
「なるほどねえ。それなら、このくらいの動作なら十分だろうね」
「はい。大岩をどかす、みたいなフルパワーを要求されると、さすがに消費が供給を上回りそうですが」
「そうだろうね。でも十分実用的だよ。さすがだ」
「ありがとうございます!」
ハカセに認められ、アーレンは嬉しそうに微笑んだ。
「だけど、あんたも少し目の下にクマができているよ。ちゃんとお休み」
「あ、はい……」
最近のハカセは規則正しい生活のおかげでますます健康になっており、その言葉には説得力があった。
* * *
畑ができたので、いよいよ薬草園づくりだ。
「さて、それじゃあ薬草を植えるか」
「うん。……ルル」
「はいはーい」
サナが呼ぶと、すぐに『木の精』のルルが現れた。
「ここに薬草畑を作ろうと思うんだけど、どう?」
「んー……いいんじゃない? 土もできあがっているし……あ、そうだ」
ルルは土の中に手を差し込み、何やら力を流した。
「なんとなく、悪いカビみたいなのがいたから退治しておいたわ。いいキノコはエサソンに任せればいいし」
要するに土壌の殺菌消毒……都合よく悪玉菌のみ取捨選択……ができるというのは凄いな、とゴローは感心していた。
「これでいいわ。さ、好きなの植えてちょうだい。あとはあたしが見ていてあげるから」
「ありがとう」
「……」
「ヴェル?」
「あ、す、すみません。びっくりしちゃって」
「慣れて」
「はい……」
そういうわけで、ゴローとサナ、ヴェルシアは『薬草畑』を作り始めた。
サンシュ(サンショウ)、ロウソクソウ(ゲンノショウコ)、ニガクサ(センブリ)。
「あとはまた探してこよう」
「うん。……『カツ』はどう?」
「え?『カツ』? それって、蔓になるマメの仲間よね?」
サナの言葉を聞いたルルが慌てたように尋ねてきた。
「うん」
「やめておいたほうがいいわ。『カツ』は伸び放題に伸びて他の植物に絡みついて枯らしたりするから」
「そうなの? なら、やめておく」
その話を聞いたゴロー(の謎知識)は、やっぱり『カツ』って葛だよなあ、と思ったのである。
そこで、
「でも、その根っこは薬になるし、お菓子の材料にもなるぞ」
と、言ってみる。
「え?」
案の定、サナが聞きつけた。
「お菓子、って、それ、甘いの?」
「うーん、葛粉自体は甘くないが、砂糖で甘くできるし、なによりプルプルの食感がいい」
「ぷるぷる……」
サナは僅かな時間考え込んで、
「ルル、食べてみたい」
とおねだりをした。
「あー……サナちんに頼まれちゃあ嫌と言えないわね……いいわ、あたしが繁り過ぎないように管理してあげる」
「ルル、ありがとう」
『木の精』に管理してもらえば、伸び過ぎや繁茂しすぎということもなく、質のいい葛根を得られそうだ、とゴローは少しワクワクしたのである。
* * *
そしてお昼となった。
寝ていたラーナも起きてきて、黙々と昼食を食べている。アーレンも一緒だ。
2人とも、まだ目の下のクマが消えていないので、ゴローは特別に蜂蜜を垂らしたホットミルクを作ってやった。
「あ、甘いですね」
「ほっとします……」
「それを飲んだら3時ころまで昼寝しなよ。夕方まで寝ると今度は夜寝られなくなるから程々にな」
「あ、はい」
「はい」
そんな一幕もあり、なんとなくのんびりした空気の流れる午後。
「絵の具、作ってみようかねえ」
と、ハカセが言い出した。
「顔料のことですか?」
「そうそう。ちょっと面白そうだから、うちにある素材でできそうなものだけね。あ、毒性の強そうなものは使わないよ」
「……手伝います」
「そうかい、ゴロー? すまないねえ」
心配性のゴローであった。
「ヴェル、使えそうなものがないか倉庫を見ておくれ」
「あ、はい」
「ゴロー、案内してやっておくれ」
「はい」
ハカセに頼まれ、ゴローはヴェルシアを案内して鉱石倉庫へ向かった。
こちらはまだ、ヴェルシアは訪れていなかったようで、興味津々である。
「あ、『孔雀石』がありますね。これで青緑が作れます」
「それじゃあ、それを使おう」
『孔雀石』は『マラカイト』ともいって、炭酸水酸化銅 Cu2CO3(OH)2でできている。
銅のサビ、緑青と同じ成分である。
石の表面に、孔雀の羽を思わせる模様があるのでこの名がある。
モース硬度は3.5から4くらいで軟らかい鉱物なので宝石にはならない。
これから作られる緑は『岩緑青』と言われ、また『青丹』ともいう。『青丹よし 奈良の都は 咲く花の……』のあの『青丹』である。
古代エジプト王朝最後の女王クレオパトラ(最後の王はクレオパトラの子)がアイシャドーに使っていたともいわれる。
「あとは何かあるかい?」
「そうですね……あ。『カッライス』がありました」
「え?」
なんだ、その発音しにくい名前の石は……と思ってゴローが見てみると、どうやら『ターコイズ(トルコ石)』らしい。
「これは硬いので粉砕しにくいですが、空色の顔料になります」
「じゃあ、それも持っていこう」
で、あまり多くても仕方ないので、今回はマラカイトとカッライスの2つを試してみることになったのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は9月22日(木)14:00の予定です。
20220915 修正
(旧)広さは10メルの20メルくらいくらい掘り起こしてくれ」
(新)広さは縦10メル、横20メルくらいを掘り起こしてくれ」