10-15 生薬採取行
予定していた9月1日の更新ができませんでした。申し訳ございません。
翌日、ゴロー、サナ、ハカセ、ヴェルシア、フランク、そしてルナールは『ALOUETTE』で北の山へ薬の原料、生薬を探しに出かけた。
前回の失敗を踏まえて、今回はサナと共に『木の精』の『ルル』の『分体』にも来てもらっている。
『ルル』は、木の枝をサナの髪に挿しておくことで、長時間の別行動が可能になるようだ。
そして『ALOUETTE』のセキュリティとしても付近にいた『ピクシー』を呼んでくれたので安心である(ピクシーへのお礼は樹糖)。
フランクは荷物持ち兼藪こぎ要員である。
この季節、森や林の中は蔓が伸び、灌木が茂って歩きづらいのだ。
また、ルナールは、こうした藪山を歩くコツというか、経験があるというので連れてきた。
『たまには外でお役に立ちたい』と言われたこともある。
確かに、獣人ならこうした森の中は得意かもしれないと思い、皆参加を認めたのである。
そしてそれは確かだった。
「ああ、俺たちは、熱が出た時にこの木の皮をかじるんですよ」
「へえ……」
「ヤナギの木、ですね。確かにそういう薬効があると聞いたことがあります」
(……ヤナギ……サリチル酸が発見されるきっかけになったんだな)
その場の周辺には、ヤナギが10本ほど生えていた。
皆で手分けして皮を剥いでいく。やりすぎると木が枯れてしまうから要注意だ。
ちなみにここで言う『ヤナギ』は『枝垂れ柳』の類ではなく、『楊柳』の『楊』の方のヤナギなので枝垂れてはいない。
日本でも、ヤナギの鎮痛作用を知っており、歯が痛いときにこれで作ったつまようじを使う、という療法があったという。『楊枝』と書くのはその名残りである。
実際に、ヤナギの樹皮からの抽出エキスからサリシンという物質が。そしてサリシンからサリチル酸が、さらにサリチル酸からアセチルサリチル酸が合成されたのである。
……と、『謎知識』も肯定しているので、適当にヤナギの樹皮も採取していくゴローたちであった。
* * *
「ルルがいてくれると虫が寄ってこなくて助かるねえ」
「前回は酷い目にあいましたからね」
「ふふん、あたしくらいになると、虫なんかへっちゃらだからね!」
普通は逆で、植物は虫に喰われる側なのだが、『木の精』ともなれば虫に勝てるのである。
まあ、蚊取り線香の原料である(だった)『除虫菊』も植物であるし、一部の虫が嫌うミントやハッカも植物であるから、不思議はない……のかもしれない。
ヤナギの樹皮は十分すぎるくらい手に入ったが、『キハダ』がなかなか見つからない。
「ヤナギは成長が早い植物なので開けた場所に多いのかもしれません。なのでもう少し奥の方にあるかも」
『謎知識』によってゴローがアドバイスをした。
「わかりました、それでは、そうしてみましょう」
『獣人』のルナールが先導し、『奥』……森の中心部へと向かった。
「さすがに藪がきついな」
「初夏ですから、どんどん伸びますしね」
ルナールが先頭になって、少しでも藪の薄いところを選んで歩いてはいるのだが、いかんせん体力のないメンバーが2人。
もちろんハカセとヴェルシアである。
森の中の厄介さは藪だけではない。足元もだ。
草に隠れて石が転がっていたり、穴が空いていたりする。
そうなると足首をくじく可能性が出てくるのだ。こればかりはルルがいてもどうにもならない。
ルナールは、できるだけそういう場所を避けてはくれているが、まったくないとはいえない。
「私が2番手を行きましょう」
そこでフランクが2番手を行き、石や穴を警告してくれる。
これでルナールは進むことに専念できる。
日も差さないような森の中、方向を見失わないことも大切だ。
そうして進むこと15分、ルナールの歩みが止まった。
「パウノキがありました」
見上げるように大きな、灰色の樹皮の木だ。葉は大きく、確かに物を包むのに使えそうである。
早速、木が枯れない程度に適度に皮を剥ぐ。
周辺に2本ほどパウノキがあったので、それなりに樹皮が集まった。
その上、キハダも見つかったのである。
* * *
「結構集まったねえ」
開けた場所で昼食の焼きおにぎりを食べながらハカセが言った。
「あとは『ロウソクソウ』が見つかるといいんですが」
そちらは草なので、森の中ではなく草原にありそうだとヴェルシアは言う。
「じゃあ、一度『ALOUETTE』に戻ってから、移動してみるか」
「それがよさそうですね」
戻る道順は、フランクが覚えてくれている。
ルル(の分体)もいるので安心だ。
と、ヴェルシアが立ち止まった。
「どうした?」
「サンシュの木があります」
ヴェルシアは、そばに生えている低木を指差した。
小さな葉がまとまっていて、棘がある。
ところどころには青い実も生っていた。
(サンショウかな?)
「この木の実は香辛料になりますし、確か薬にもなったはずです」
「へえ、いいじゃないか。でもまだ熟していないね」
ここでルルが発言。
「ああ、庭園へ持って帰ったらなんとかなるかも」
「それはいいな」
そういうわけで、青い実が付いている『サンシュ』をそっと掘り起こした。
周囲に3本見つかったのでそれも2本を掘り起こす。
そして一行は『ALOUETTE』に戻った。
次は草原へ向かうのである。
* * *
草原へは特に問題なく移動できた。
ちなみに、3本のサンシュの木はコンテナに仮植えし、枯れないよう、水も与えてある。
「ここならありそうです」
山の山腹に広がる、なだらかな斜面。
目指す『ロウソクソウ』だけでなく、他の薬草も見つかりそうだ、とヴェルシアは言った。
そしてそれは的中する。
「ロウソクソウがありました」
探しはじめてすぐにロウソクソウは見つかった。1株見つかれば、次々に発見される。
これはルルの功績が大きい。
植物の種類が分かれば、どのへんに同族が生えているか教えてくれるのだから。
とはいえ、そんなルルでも、サンプルがなければ何を探せばいいのかはわからない。
それでヴェルシアとルナールは、その知識を生かしてもらうため、採取ではなく探索を担当してもらうことになった。
「あ、『カツ』があります」
「え?」
早速ヴェルシアが見つけたのは、長大なつる植物。ゴローにはマメ科に見えた。
「これの根っこを薬にするんですが、収穫適期は秋なんですよね」
「じゃあ今回は見送りか」
「はい」
次に見つけたのはルナール。
「こちらにニガクサがありました」
「ニガクサ?」
「はい。胃がもたれた時に噛むといいんです。とても苦いのでニガクサと言っています」
(……センブリかな?)
ゴローの『謎知識』はセンブリと似ていると教えている。
(センブリなら苦いよなあ)
千回煎じてもまだ苦味が残る、という意味で『千振』。
まあそれは大袈裟だが、煎じた液はとても苦い。
漢方には使われないが、民間薬として古くから使われている。
「それじゃあ、これも少し持っていこうかね」
「ハカセ、いっそのこと研究所か屋敷に、『薬草園』を作りませんか?」
「ああ、いいねえ」
「研究所はルル、屋敷はフロロに面倒を見てもらえば、きっといい薬草が、できる」
「うんうん、まっかせなさい!」
サナに頼られたルルは大乗り気だった。
こうして、生薬採取行は大成功だったわけである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は9月8日(木)14:00の予定です。
20220902 修正
(誤)『ルル』は、木の枝をサナの髪に刺しておくことで、長時間の別行動が可能になるようだ。
(正)『ルル』は、木の枝をサナの髪に挿しておくことで、長時間の別行動が可能になるようだ。
(誤)フランクは荷物持ち兼藪こぎ要因である。
(正)フランクは荷物持ち兼藪こぎ要員である。
(誤)そしてサリシンからサリチル酸がさらにサリチル酸からアセチルサリチル酸が合成されたのである。
(正)そしてサリシンからサリチル酸が、さらにサリチル酸からアセチルサリチル酸が合成されたのである。
20230907 修正
(誤)ちなみに、3本のサンシュの木はコンテナに仮り植えし、枯れないよう、水も与えてある。
(正)ちなみに、3本のサンシュの木はコンテナに仮植えし、枯れないよう、水も与えてある。