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10-14 完成、そして次へ

 ハカセとヴェルシアは『薬』の研究をしていた。

 主にヴェルシアがアイデアや知識を披露し、それをハカセが実行する、といった連携である。


「ええと、この皮をアルコールに浸して、成分を溶け出させたものはとても苦いんです」

「ほうほう」

「でも、胃を元気にしてくれる薬になります」

「なるほどねえ」


 現代日本で『キナチンキ』と呼ばれるものに近い……のかもしれない。

 キナの皮をアルコールに浸して製した赤色の液で、苦味があり、健胃薬に用いられたというものだ。


「でもそれじゃあ、本来の解熱鎮痛薬にはならないね」

「はい」

「あ、クレーネーさんのお水で溶いたらどうでしょうか」

「やってみる価値はあるねえ」


 そういうわけでハカセはゴローに相談する。


「どうかねえ、ゴロー」

「ええ、聞いてみましょう」


 ゴローとハカセは水を入れる瓶を持って心字池へ向かった。


「クレーネー、出てきてくれるか?」

「はいですの」


 ゴローが呼びかけると、すぐにクレーネーが顔を出した


「悪いんだけど、この瓶に『癒やしの水』をくれないか?」

「わかりましたですの」


 ゴローが水辺へ瓶を持っていくと、クレーネーは瓶の口に手をかざし、水を注いでくれる。


「……今日はこれで精一杯ですの」


 見れば、1リル(リットル)に少し足りないくらいだ。


「ありがとう、クレーネー。魔力、いるかい?」

「はい、いただけるなら嬉しいですの」

「よっしゃ」


 ゴローはクレーネーに魔力を分け与えた。


「ああ、心地いいですの。ゴロー様、ありがとうございましたですの」

「こっちこそ、ありがとうな」


 そしてクレーネーは水底に消えていった。

 ゴローの手には、1リル(リットル)弱の水が入った瓶。


「うんうん、これだけあれば実験には十分だねえ」

「では、戻りますか」


*   *   *


 研究室に戻ったハカセは、『癒やしの水』を0.1リル(リットル)ほどコップに移し、それを口にした。


「ハカセ!」


 慌てるゴローとヴェルシア。だがハカセは平然としている。


「何を慌てているんだい。あたしは大丈夫だよ。そもそもこれは『癒やしの水』なんだろう? なら飲んだって大丈夫さね」

「それはそうですが、いきなりご自分の身体で試すような真似はよしてください……」


 寿命が縮まります、とゴローは言った。人造生命(ホムンクルス)の寿命がどのくらいかは知らないが。


「とにかくおいしい水だよ。スッキリするし、これは効きそうだね」

「……」


 きっとハカセは昔からこうやって研究を続けてきたんだろうなと、小さく溜め息をいたゴローであった。


*   *   *


「この『癒やしの水』に、細かくした『キナの皮』を浸けてみようかね」

「いいかもしれません」


 有効成分を抽出する方法として、水やアルコールなどの液体にひたす方法はこの世界にもある。

 アルコールに生薬を浸したものは『チンキ』または『ティンクチャー』と呼ばれる。

 ヨードチンキや赤チンはその仲間だ。

 また、酒にけたものは薬用酒になる。

 梅酒やマムシ酒はその一種。

 また、西洋ではトニックウォーターと呼ばれる清涼飲料水もある。


 今回ハカセとヴェルシアが試みているものはこのトニックウォーターに近いだろう。

 2人は乾燥させたキナの皮を、乳鉢ですり潰した。量は10グム(グラム)くらい。


「これを100ミリル(ミリリットル)の『癒やしの水』に浸けてみようかね」

「少しずつ入れていったほうがいいかもしれません」

「そうだね。じゃあまず10分の1くらいから」


 まずは1グム(グラム)を、薬用さじを使って『癒やしの水』にハカセは入れてみた。


「おお、きれいな桃色だねえ」


 すると有効成分が溶け出したのか、水は桃色に色づいた。


「もう1グム(グラム)入れてみましょう」


 するとさらに水の色は濃くなり、桃色から赤に近い色となる。


「では、あと1グム(グラム)


 今度は鮮やかな赤に変わった。


「このくらいかと思います」


 血液よりも明るい赤色の液体ができあがっていた。

 それを清潔な布で濾し取れば、一応の完成だ。


「きれいな色だねえ」

「……随分と早く抽出できましたね……普通は1週間くらい掛かるんですけどね……」

「そこはほら、『癒やしの水』だから?」

「……はあ、そういうことにしておきましょう」


「効果を試してみたいけどねえ」

「……ハカセ、ご自分で飲んじゃ駄目ですからね?」

「でも、試さないと」

「駄目ですよ?」

「ちょっとだけなら?」

「駄目です」

「……」


 そんなところは子供みたいだ、と思いながら、ヴェルシアは考えた。


「『水の妖精(ナーイアス)』のクレーネーさんに見てもらいましょうよ」

「……まあ、それが無難かねえ……」


 少し口をとがらせながらもハカセは頷いたのだった。


*   *   *


「で、どうだい、クレーネー?」


 ゴローとサナに声をかけ、ハカセとヴェルシアは心字池のほとりにやって来た。

 そしてゴロー経由でクレーネーに『薬』を見てもらったのだ。


「はい、これは立派なお薬ですの。10リル(リットル)くらい大量に飲まなければ害はないですの」

「それはよかった」


 水だって10リル(リットル)も飲んだら身体に悪いことは皆想像がつく。

 つまり、この『薬』は水並みに安全だということだ。


「ありがとうな、クレーネー」

「どういたしまして、ですの」


「ああ、それから、これって保存は利くのかねえ?」

「『癒やしの水』をお使いですので、日の当たる場所や暑い部屋に放置でもしない限り、傷まないはずですの」

「それは凄いねえ。……クレーネー、改めてありがとうよ」

「はいですの。それでは、ですの」


 クレーネーは水の中へと沈んでいった。


*   *   *


「とりあえず『解熱鎮痛剤』だっけ? できたということだねえ」

「おめでとうございます、ハカセ」

「ありがとうよ、ゴロー」


 とりあえず0.8リル(リットル)分の『解熱鎮痛剤』を作ったハカセとヴェルシアである。

 キナの皮はまだ残っているので、乾燥させて冷暗所に保管しておくことにしたのである。


 一息ついた後。

 3時のお茶を飲みながら、ヴェルシアが言った。


「あとはお腹の薬ですね」

「そうだねえ」


 どうやらハカセとヴェルシアの間ではそういう予定ができあがっているらしい。


「お腹の薬も、木の皮を使います」

「また帝国領へいくのかい?」

「いえ、こっちの森にも生えているはずですよ」

「どんな木なんだい?」

「木の皮を剥がすと黄色いんです」


 それを聞いて、ゴローの『謎知識』が1つの植物を想起させた。


(キハダかな?)


 キハダは『黄肌』『黄膚』とも書き、その名のとおり、内皮が鮮やかな黄色なのでこの名がある。


「それから『パウノキ』の皮もいいです」

「パウノキ?」

「はい。大きな葉っぱで、食べ物を包んだりすることもあるので包む、という古代語か何かからパウノキ、というらしいですよ」


(ホオノキかな?)


 ホオノキの皮は『厚朴こうぼく』と呼ばれる生薬になる、と『謎知識』がゴローにささやいた。

 ホオノキの葉にも抗菌作用があるので、古来、山野での包み紙の代わりや皿の代わりに使われたりもしている。


「あとは……確か『ロウソクソウ』ですね」

「ロウソクソウ?」

「はい。果実がロウソクを立てたみたいなのでそう呼ばれるようです」


(……ゲンノショウコだな)


 ゲンノショウコは『現の証拠』というくらいに効き目があると言われる『民間薬』(医師・薬師ではない庶民の間で使われてきた薬)である。

 その果実は細長く、上を向いてできるので『ロウソク』に見立てたものと思われる。

 効き目のよさを表す異名として、イシャイラズ(医者いらず)、イシャゴロシ(医者殺し)、テキメンソウ(覿面草)などとも呼ばれているようだ。


「似たような毒草もあるんですが、花が咲いていれば間違えようはありません」

「なるほど」


 葉の様子がトリカブトにちょっと似ているのだ、と『謎知識』がゴローに言っていた。


「そうした薬草を集めて乾燥し、すりつぶせば多分お腹の薬ができます」

「わかったよ。それじゃあ明日は近所の森にそうした原料を探しに行こう」


 そういうことになったのである。


 それにしても、ヴェルシアの薬学知識はすごいな、と感心したゴローであった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は9月1日(木)14:00の予定です。


 20220825 修正

(誤)人造生命(ホムンクルス)の寿命がどのくらいはは知らないが。

(正)人造生命(ホムンクルス)の寿命がどのくらいかは知らないが。


 2220907 修正

(誤)「ああ、それから、これって保存は効くのかねえ?」

(正)「ああ、それから、これって保存は利くのかねえ?」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 民間療法や生薬に詳しいなら、食い合わせとかについても知ってたり?
[一言] > 現代日本で『キナチンキ』と呼ばれるものに近い……のかもしれない。 えーと……『チキンなk o...どんな木だr...rz ゴ「アナグラムじゃない#」 >「悪いんだけど、この瓶に『癒やし…
[一言] 遂にヴェルシア作の薬第一号の完成ですねー! エルフをギャフンと言わせる薬第一号にもなってくれるかなあ
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