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01-21 交渉いろいろ

 行商人アントニオの父でマッツァ商会の主人、オズワルド・マッツァに奥へと招かれたゴローとサナ。

 そこは小部屋で、座り心地のいい椅子と、シンプルだが趣味のいいテーブルが置かれていた。

「どうぞ、お掛けください」

 うながされてゴローとサナは椅子に腰掛けた。

 そこへ女性店員がお茶を運んでくる。

 それをまずオズワルドは一口飲んでからゴローとサナに勧めた。

「あ、美味しい」

「……これは……麦茶ですか?」

 ゴローが尋ねると、オズワルドは驚いた顔をした。

「驚きましたな。このお茶は最近我が商会で作り始めたもので、まだアントニオには扱わせていないのですが……」

「そ、そうですか」

 ゴローは少し慌てた、まさか『謎知識』のおかげでわかりました、とは言えない。

「……大麦をったのですか?」

「こ、これは驚きましたな! まさにそのとおりです。あなたはいったい……」

「ええと、たまたま、少し前に麦を炒って食べようとして、お湯で煮たことがあったんですよ」

 仕方ないのでゴローは、それらしいことを言って誤魔化すことにした。

「ああ、なるほど……それは、うちがこの麦茶を偶然見つけた時と似ておりますね」

 オズワルドは納得したようにうんうんと何度も頷いた。


「おかわりください」

 空気を読まずにサナが言うと、女性店員は手にしたポットから麦茶を注いだ。

「ありがとう」

 サナは美味しそうにそれを飲む。

 ゴローがそんな彼女を横目で見ながら、

「それで、お話とはなんですか? 麦茶のことではないですよね?」

 と尋ね返すと、オズワルドは少し苦笑して、

「いや、そのとおりですな。ゴローさんの仰るとおりだ」

 と言い、コホンと一つ咳払いして話を続けた。

「カーン村からいらっしゃったあなた方を見込んでお訪ねしたい。『金緑石』の入手先をご存じありませんか?」

「金緑石ですか……大きさは?」

「できれば大きいものがいいですね。いや、大きければ大きいほどいいですね」

 ここでゴローは、確認することを思い付く。

「ええと、標準的な金緑石ってどのくらいの大きさなんですか?」

「そうですね、親指の先くらいあったら『大きめ』と言えましょう」

 聞いてよかった、とゴローは思った。

「もう一つ、理由をお聞きしても?」

「もちろんですとも。多くの者が知って……ああ、あなた方は旅の方なのでご存じないのですね」

 失礼しました、と言って、オズワルドは大きな金緑石を探している、そのわけを教えてくれた。


「我がルーペス王国の王女殿下のお誕生日祝いですよ」


 ルーペス王国国王には王子2人王女3人がいて、末の王女が今年13歳になり、社交界デビューするため、その誕生石である金緑石を探しているそうだ。……王家が。


「普通の大きさのものはネックレスに、小さいものは指輪やイヤリングに。そして大きなものは『守護石』として『お守り(アミュレット)』を作るそうです」

 お守り(アミュレット)とは、誕生石やパワーストーンをあしらったアクセサリーのことである。貴族の子女への贈り物として喜ばれる。


「そういうことでしたか」

「そうなんです。それで、王家ではプレミアを付けてまでも、そうした石を探しているんですよ」

「わかりました。……心当たりはあります」

「本当ですか!!」

 座っていた椅子を蹴飛ばす勢いで、オズワルドはゴローに迫った。

「ど、どこ、いや、誰が持っているのですか!!??」

 ゴローは苦笑した。冷静な商人だと思っていたが、さすがにこの情報には落ち着いてはいられなかったようだ。

「落ち着いてください」

 とゴローに言われ、オズワルドは苦笑をし、頭を掻きながら座り直した。

「これは失礼しました。……これが成功したなら、近年にない大きな取引になるもので」

「そうでしたか。……それでですね、『ティルダ』というドワーフ少女の工房をご存じですか?」

「ティルダ……おお、知っています。最近店を構えた所ですね」

 さすがの情報通であった。

「はい。そこで、このくらいの『金緑石』を加工してもらっているところです」

 ゴローはそう言って両手の親指と人差し指を使って丸を作って見せた。

「な、な、なんと!」

「品質は保証しますよ。昼の日光と夜の明かりで色が変わります」

「そ、それは素晴らしい!」


 太陽光と室内光で見た目の色が変わる金緑石を、『アレキサンドライト』と呼ぶ。

 太陽光ではエメラルドのような青緑に、そして夜、人工照明(灯火や白熱電灯)の下では赤く見える。(なので蛍光灯の光では青緑)

 これは光に含まれるスペクトル分布によるものらしい。

 地球では産出量が少なく、非常に高価である。


(この世界でも高価なんだな……)

「色が変わる金緑石! しかもそんな大きな! ううむ……あ、その石の買い手は見つかっているんでしょうか?」

「いいえ」

「おお! でしたら、是非我がマッツァ商会で購入させていただきたいです! ……ゴローさんとサナさんの持ち物なのですよね?」

「ええ、そうです。お売りしてもいいですよ」

 むしろ、ティルダの借金を返すには好都合だ、とゴローは思った。

「今日中にカットを仕上げてくれると言ってました」

「おお! それでは夕方行ってみますかな」

 オズワルドは上機嫌である。


 その時ゴローは、ここで物価の勉強をするのもいいかと思い付く。

「オズワルドさん、幾つか見ていただいていいでしょうか?」

 と言って、肩掛けのバッグをテーブルに置いた。そして、中に入っていた素材を取り出す。

「こ、これは!?」

 それを見たオズワルドの目が見開かれた。

「く、草入りの水晶!? それにこっちは見事なヒスイ! あ、あ、縞瑪瑙しまめのうまで!」

 どれも小さめのものだったが、オズワルドは大興奮である。

「……売ってください!」

「……いいですけど」

 その勢いにちょっと引くゴロー。

 サナは4杯目の麦茶を飲んでいる。その横では女性店員がポットを持って立っていた。

(この人、冷静だな……)

 女性店員の落ち着き様を見て少し感心したゴローであった。


*   *   *


 興奮の冷めたオズワルドによる鑑定を経て、ゴローは2500万シクロを手に入れた。

「それでは、これを」

 2000万シクロ分は『晶貨』というもので支払われた。

 透明な宝石で作られた貨幣で、1枚が100万シクロ。これは一般の店では使えず、両替屋などの金融機関でのみ両替できる。

 大金を持ち運ぶ際に金貨では重すぎるのと、黄金が足りなくなるのを防ぐためらしい。

 500万シクロ分は金貨と銀貨で受け取った。


「いやあ、いい取引ができました」

 にこにこ顔のオズワルド。

「また、素材が手に入りましたらお越しください」

 実はまだ素材を持っているが、それは黙っておこうとゴローは思った。

 これ以上見せてもトラブルの元になると判断したのだ。


 そして最後に、ゴローは質問をする。

「ええと、両替商、っていうんでしょうか、シャロッコってご存じですか?」

「シャロッコ? シャロッコ・トロッタですな?」

「そう……ですね」

 確かそんな名前だった、とゴローは頷いた。

「あの店は評判よくないですな。ただの両替商ではなく、高利貸しもしていますから。ただでさえ金貸しは嫌われるのに」


 オズワルドの話によれば、シャロッコ・トロッタは両替商であると同時に金貸しでもあるという。

 それも『高利貸し』。おおよそ10日で1割から2割の利子を取るという。

「評判は悪いですよ。ですが、借りずにはいられない、という者も多いんですよ」

「……」

 というのは、通常の金貸しは、貸す相手に払い能力があることを確認し、無理のない範囲でしか金を貸さないのだそうだ。

「それはそうでしょう。貸した金を返してもらわなくてはやっていけませんからね」

 だがシャロッコはそういう事前審査をほとんどせずに金を貸しているのだという。

 ただし、その場合の担保は『本人』だ。

 これはティルダから聞いた話とも一致する。


「緊急にお金が必要な場合は便利ですよね」

 まともな金貸しなら、金額にもよるが、借りに行って即貸してくれることはない。審査に1日か2日掛かるのだ。

 それをシャロッコ・トロッタは、15分ほどで貸してくれるというのだから、一定数の利用客はいる。

 本当に一時的に金が足りなくて借りるならいいのだが、アテがないのに借りてしまえば、待っているのは地獄。

 それで身を持ち崩した者も大勢いると言うことだった。

(サラ金みたいなものかな……?)

 謎知識で想像するゴロー。


「ここだけの話、裏社会の組織とも繋がりがあるとかないとか」

 それを聞いたゴローは、ティルダの危うさをあらためて感じたのだった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は8月27日(火)14:00の予定です。


 20190825 修正

(誤)「評判は悪いですよ。です、借りずにはいられない、という者も多いんですよ」

(正)「評判は悪いですよ。ですが、借りずにはいられない、という者も多いんですよ」


 20250707 修正

(誤)ルーペス王国国王には王子3人王女2人がいて

(正)ルーペス王国国王には王子2人王女3人がいて

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