10-13 クレーネー
午前8時半、少し遅めの朝食を済ませたあと、ハカセはヴェルシアとともに『薬』の研究を始めた。
ティルダは採ってきた原石の仕分けである。
ゴローは保存食作りを行っている。
そしてサナは、庭園に出ていた。
晴れて一人前となった『木の精』のルルが宿る木を見に行ったのである。
アーロンは『ALOUETTE』の整備。
ラーナは『研究所』の中を、フランクに案内してもらって見学中だ。
のんびり(一部忙しそうではあったが)した午前中であった。
* * *
だが、それは午後になると一変する。
フランクが大慌て(に見える状態)でゴローのいる厨房に駆け込んできたのだ。
「ゴロー様、大至急心字池にいらしてください」
「フランク、どうした?」
「クレーネー殿がゴロー様にすぐ来てほしい、と仰ってます」
「え? わかった。すぐ行こう」
クレーネーは『水の妖精』である。
研究所の庭園に心字池を作った際、どこからかやって来てこの場所を気に入り、棲み着いたのである。
フロロ(の分体)によると、『生まれたばかりのはぐれ水の妖精』だった。
それがゴローに名付けられて格が上がり、会話ができるようになっていた。
そんなクレーネーに、何があったというのか……。
ゴローは大急ぎで『心字池』へやって来た。
「クレーネー、どうした?」
「あ、ゴロー様、ご足労おかけしますですの」
見たところ、変わっていない。
何かトラブルがあったわけではなさそうだ、とゴローはほっとした。
「あのですの。……少し魔力を分けていただきたいですの」
「それは構わないけど、なにかあったのかい?」
「実は、もう少しで『格』が上がりそうなのですの」
「え、そうなのかい?」
「はいですの。『格』が上がれば、もっとお役に立てるはずですの」
そういうことならまったくもって否やはない。
早速ゴローはクレーネーに魔力を分けてやった。
(蛇足だが、ここでいう『魔力』とは『オドの流れ』のことである。『電荷の流れ』が『電流』であるようなもの。)
「………………ありがとうございますですの」
「お? 少し成長したかい?」
魔力を与え終わったゴローがクレーネーを見ると、なんとなく『存在感が濃くなった』ような感じがした。
「はいですの。今の私は、『癒やしの水』『呪いの水』両方を生成することができますですの。……量は少ないですが」
「呪いの……って、怖いな」
「ゴロー様やここの池を害するような相手にしか使いませんですの」
「それならまあ安心か。……『癒やしの水』ていうのは?」
「人族をはじめとする人間が飲めば、体調が少しよくなるくらいですの」
まだ病気を治すには『格』が足りない、とクレーネーは言った。
「その『格』って、どうすれば上がるんだい?」
「うーんと、よくわからないですの。なんとなく、そろそろ上がりそうだな、というのはわかるのですが」
「そうか。ああ、無理に『格』を上げようとしなくていいからな?」
「はいですの」
「それじゃあ、もういいかな?」
「ゴロー様、ありがとうございましたですの」
そしてクレーネーは池に沈み、ゴローは厨房へと戻ったのである。
* * *
夕食時、全員が揃った時にその話をすると、ハカセとサナとアーレンは『ふーん、そうかい、よかったね』くらいの反応だったが、ラーナとルナール、ヴェルシアは驚き呆れていた。
「ゴローさん、少しとはいえ『癒やしの水』を出してくれる『水の妖精』がすぐそばにいるなんて、普通じゃ考えられないことですよ?」
「ヴェルシア、そうなのか?」
「そうなのかじゃないですよ! ……はあ、そもそも『水の妖精』がいるような水辺が敷地内にあることが普通じゃないんですけどね……」
「そんなこと言ったってな……どこかからついてきちゃったらしいしなあ」
「え?」
その言葉を聞いて、ヴェルシアが固まった。
「あれ? ……おーい」
「……どうしたの?」
隣りに座っていたサナが、ヴェルシアの頬をぺちぺち叩く。
十何回目かでようやく再起動するヴェルシア。
「……あの、『水の妖精』って、どっかからついてきちゃうものなんですか?」
「うーん…………マリー、どうなんだ?」
考えてもわからないので、ゴローはマリー(の分体)に助けを求めた。
すぐにその声に応じて、マリー(の分体)が姿を現す。
「私もよくは存じませんが、以前フロロ様に、『魔力スポット』の近くだと、精霊や妖精は生まれやすいのだと伺いました」
「ふうん……その『魔力スポット』ってのは?」
「大地には血管のように『魔力脈』が通っております。人によっては『龍脈』とか『気脈』などとも言ったりします。……その『魔力脈』が集まった所が『魔力スポット』となります。そこは魔力……『マナ』が濃く、神秘的存在にとって居心地がいいのだとか」
「うんうん、聞いたことがあるよ」
興味深そうにハカセが頷いた。
「……で、王都のお屋敷もその上に建っておりますし、この研究所のある台地も『魔力スポット』です」
「へえ、そうなんだねえ」
「それで、『水の妖精』も、生まれたばかりの時は『ピクシー』のような、自分の意思を持たないような無力な妖精なんだそうです」
「ほうほう」
「それがゴロー様の魔力に惹かれてついてきた、ということだと思います」
「なるほどねえ。で、ついてきてみたら『魔力スポット』があったんで棲み着いた、と」
「はい、そういうことでしょう」
「よくわかったよ。マリー、ありがとうな」
「それでは失礼致します」
マリー(の分体)は消えていった。
皆、その説明で納得していたが、1人だけそうではなかった。
「……あの、ハカセ、普通は『魔力スポット』なんてめったにお目にかかれないんですけど」
少し困ったような顔でヴェルシアが言う。
「なのに、皆さんの拠点は2箇所とも『魔力スポット』の上にあるんです……なんでですか?」
「なんでですか、って言われてもねえ……たまたま?」
「ですよね、ハカセ」
「うん。偶然」
「……はあ、わかりました」
一人慌てている自分がおかしいみたいです、と言ってヴェルシアは溜め息を一つ吐いた。
「……それで、話を戻します。『水の妖精』がくれる『癒やしの水』を使って薬を作る、あるいは薬を飲むと、効き目が増強されると言われています」
「へえ?」
「あ、解熱剤を飲んだら熱が下がりすぎる、みたいに危険のあるような増強ではないですよ?」
今の例なら、半分の量で十分効く、とか3回飲む必要があるのに1回で済むとかである、とヴェルシアは強調した。
「とにかく、お薬の関係者だったら、『水の妖精』の恩恵を受けられると知ったら涙を流して喜ぶでしょう」
「そんなにかい……」
「『水の妖精』、すごい」
「クレーネーってそういう妖精だったんだな」
「いやあ。この研究所もすごい場所にあるんですね」
「こうしてお仕えできることが奇跡です」
ようやくハカセたちも、この偶然が凄いことだと認識したようであった。
「もしもできることでしたら、ハカセと研究しているお薬を練る際に、そのクレーネーさんのお水を少しいただけたら、と思います」
そうすれば薬のランクが1段上がるだろう、とヴェルシアは言った。
「わかった、その時はもらって来てやるよ」
「お願いします!」
こうして、『水の妖精』のクレーネーについて、また少し理解が深まったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は8月25日(木)14:00の予定です。
20230908 修正
(誤)「クレーネー殿がゴロー様にすく来てほしい、と仰ってます」
(正)「クレーネー殿がゴロー様にすぐ来てほしい、と仰ってます」