10-08 探しに・・・
サナは庭園に出て、フロロの分体と話をしている。
「ねえ、サナちん、お願いがあるんだけど」
「うん、何?」
「あたしに、魔力をたくさん分けてくれない?」
「うん、わかった」
「ありがと。多分それであたしは独り立ちできると思う」
つまり『分体』ではなく、一人前の『木の精』になれる、と、そういうわけだ。
「それじゃあ……はい」
サナは『哲学者の石』の稼働率を上げる。およそ30パーセント。
「ああ、心地いい魔力。………………うん、ありがとう。もう、大丈夫」
サナの感覚で見て、存在感が少し薄かったフロロの分体だったが、今はフロロと同じくらいの存在感を放っていた。
「サナちん、ありがとう。もう、あたしは一人前。よかったら、名前を付けてちょうだい」
「うん、わかった。……それじゃあ『ルル』」
「ルル、ね。気に入ったわ。それじゃ、あたしは今からルルよ」
「うん。ルル、これからも、よろしく」
「まっかせなさい!」
こうしてフロロの分体はめでたく一人前の『木の精』として成長したのであった。
「それで、ルルにちょっと、聞いてみたいんだけど」
「ん? なに?」
「薬のこと、わかる?」
「薬かあ……多少はね」
「よかった。教えて」
「いいわよ」
フロロの分体だった頃の記憶もあるので、知識量としてはフロロと遜色ない。
サナは、参考になりそうな知識をルルから聞き出していくのであった。
* * *
ヴェルシアはハカセの研究室の一角に専用の作業スペースをもらい、薬作りに励んでいた。
といっても、使えそうな薬草類を集めるところからなので、まだ具体的な作業は始まっていない。
ゴローとハカセはそんなヴェルシアを見守っている。
「腹痛の薬と解熱薬か……」
ゴローは『謎知識』がなにか言ってこないかと心の耳を澄ます。
と、回答があった。
「ヤナギの一種に鎮痛解熱効果のあるものがあるみたいです」
中国でも歯の痛みには、ヤナギの小枝で歯間を擦って痛みを緩和していたようなのだ。
また、ヤナギの樹液を煎じて鎮痛解熱剤としていた時代もあったという。
「へえ……ああ、そういえば、歯が痛い時に柳の枝を噛むという氏族がいたねえ」
ハカセが昔を思い出し、ゴローの言葉を裏付けた。
「ヤナギ……ですか」
ヴェルシアはちょっと考え込んでから再度口を開いた。
「そういえば、南の方には、発熱によく効く樹皮が採れる木があると聞いた気がします」
「ほうほう。……南ねえ。あたしはあまり南方は知らないんだよねえ」
「南……」
その単語を聞いたゴローは、いやゴローの『謎知識』は、一つの可能性を示唆していた。
「もしかしたらキナの木かも」
キナの木はその樹皮から、マラリアの特効薬であるキニーネが抽出できる。
そのため、最初に発見されたペルーではキナの木が絶滅寸前まで追い込まれる。
その後、東南アジアでの栽培がなされ、やがて薬効成分のキニーネが単離され、クロロキンやヒドロキシクロロキンなどの化学物質が合成され、医薬品として使われるに至る。
そこへサナが戻ってきた。
「フロロの分体が独立して一人前になった。名前はルル」
「ほうほう、それは凄いねえめでたいねえ」
「で、少し薬のことを教えてもらってきた」
「でかしたよ、サナ。それで?」
「樹皮が解熱剤になる木と、お腹の薬になる木を教えてもらってきた」
「それはいいねえ。あとで聞かせておくれ」
「はい。……あ、解熱剤になる木は南に多い、って言ってた」
それを聞いたハカセは俄然やる気を出す。
「探しに行く価値はありそうだねえ」
ハカセの探求意欲がうずき出したようだ。
「明日あたり、南へ行ってみないかい? 日帰りでいいからさ」
「いいですけど……」
「『ALOUETTE』なら、夜のうちに飛んで朝には着けるだろうし。帰りはその逆でいけると思うんだよねえ」
「まあ、そうですね」
「ラジャイル王国へ行けば見つかるかねえ?」
「どうでしょうか……」
ラジャイル王国はルーペス王国首都シクトマから南へ40キルほど。
気候的には亜熱帯になりかけ、くらい(イメージ的には屋久島くらい)。
キナの木が自生するにはもう少し熱帯よりの方がよさそうであった。
「そうすると……『帝国』かねえ……」
『ドンロゴス帝国』。
ルーペス王国の南南東、ラジャイル王国の南東にある国である。首都はジュート。今の皇帝はやや好戦的という噂がある。
距離はシクトマから約500キル。
……ゴローたちが知っている情報はそれくらいであった。
だが。
「少しでしたら知ってます……」
ヴェルシアは『ドンロゴス帝国』へ行ったことがあるとのことであった。
「通貨は『帝国信用貨幣』ですが、シクロも使えます。その場合、価値が8割程度に落ちてしまいますが」
「なるほどね。いちいち両替している暇もないし、日帰りだから手弁当で行けばどうにでもなるかねえ」
「キナの木を探すなら、町中へは降りませんから、どのみちお金は使わないんじゃないでしょうか」
「それもそうか。まあ、万が一、だねえ」
どんどんと話が進んでいく。
「行くのはあたしとゴロー、サナ、ヴェルシアでいいかねえ?」
「そう……ですね。アーレンとラーナ、ルナール、ティルダには留守番を頼みましょうか」
「あ、私、行きたいのです」
留守番を頼もうかと思ったら、ティルダが行きたいと言う。
「南にはなにか珍しい宝石や鉱石があると聞いたのです。ええと……」
「私が知っているのはアメジストとラピスラズリですね」
「ラピスラズリ! 北の方とばかり思っていたのです!」
以前、商人のオズワルドからも産地は北方だと聞いた気がする、とティルダは言った。
「ええ、そうかも知れませんが、帝国でも採れているようですよ」
「それは、是非手に入れたいのです……」
「わかったよ。ティルダも一緒に行こう」
「はいなのです」
これで遠征のメンバーは決定したのである。
* * *
「それじゃあ、今夜出発しようかねえ」
「え、え!?」
「はは、気軽にお出かけ気分で大丈夫だよ」
今夜出発と聞いて慌てるヴェルシアだったが、ゴローがそれを宥めた。
『ALOUETTE』の巡航速度は時速250キル、2時間で着ける距離である。
「今夜8時に出発して、遅くとも深夜には向こうに到着。『ALOUETTE』の中で仮眠して、夜明けとともに探す。……どうだい?」
「いいと思いますよ。ただ、着陸できるような場所があるかどうかは行かなければわかりませんね」
「そこは仕方ないね」
「なら、あと用意するのはお弁当」
「だねえ」
ハカセとティルダ、ヴェルシアは食事と水が必要である。
向かう先が南国で、季節を考慮すると生ものは持ちそうもないので保存食系を用意する。
といってもパンではなくラスク、干し肉ではなくベーコン。それに甘味として純糖。
ドライフルーツも用意し、水筒も各自で携帯する。
「これでいいかな」
「うん」
サナも納得の品揃えとなった。
あとは植物採取用の袋や、鉱石を入れる袋、それにお金。
服装は、一応長袖をチョイスする。帽子と手袋も必携。
キナの木を探しに森や林に分け入る可能性があるからだ。
「フランクも連れて行ったほうがよさそうだね」
「そうですね」
フランクは自動人形、藪こぎも平気だし毒虫や毒蛇もものともしない。
ということで遠征の最終メンバーはハカセ、ゴロー、サナ、ティルダ、ヴェルシア、フランクということになったのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は7月21日(木)14:00の予定です。
20220714 修正
(誤)中国でも歯の痛みには、ヤナギの小枝で歯間を擦って痛みを閑話していたようなのだ。
(正)中国でも歯の痛みには、ヤナギの小枝で歯間を擦って痛みを緩和していたようなのだ。
(誤)また、ヤナギの樹液を煎じて鎮痛解熱としていた時代もあったという。
(正)また、ヤナギの樹液を煎じて鎮痛解熱剤としていた時代もあったという。