10-07 一時避難
午後10時を少し回った頃、ルナールが戻ってきた。
一緒に来たのはアーレン・ブルーとラーナ。
やっぱりな、とゴローたちは思ったのである。
それよりも問題は……。
「ヴェルシアはどうするんだい?」
「連れていくしかないと思うんですが」
ハカセの疑問にゴローが答えた。
「まあそうなるよねえ。……いいよ、連れて行こう」
「いいんですか?」
「うん。ここ数日で、いい子だってわかってきたしねえ」
『研究所』はハカセの所有物である。そのハカセがいいと言うなら、ゴローにはもう言うことはない。
「よし、荷物は?」
「できております」
使う機体は『レイブン改』。
パワーアップしている今なら、ハカセ、ゴロー、サナ、ティルダ、ルナール、アーレン、ラーナ、そしてヴェルシアを乗せてもなんとか飛んでくれる。
「え、ええと、これは?」
「まあ乗ってくれ。話はそれからだ」
「は、はい……」
グズグズしているのもまずかろうと、ゴローはヴェルシアを急かし、『レイブン改』に押し込んだ。
「よし、行くぞ」
「ゴロー、いいよ」
「はい!」
ゴローの操縦で、『レイブン改』はゆっくりと浮き上がった。
「え? え? え?」
ヴェルシアは戸惑った声を出している。が、ゴローは構わず高度200メートルまで機体を上昇させた。
そして魔導ロケットエンジンに点火。
『レイブン改』は王都を後に、夜空を突き進んでいく。
「ええええ? と、飛んでるんですか!?」
「そうだよ。これは秘密の技術でねえ……」
わたわたしているヴェルシアに、ハカセは簡単な説明を行う。
「高慢ちきなエルフどもに最新技術をくれてやったりするもんかね」
「は、はあ……」
ヴェルシアは説明の半分も理解できなかったかもしれないが、ハカセたちが最先端以上の技術力を持っていることを悟ったのだった。
そして、
「大司教の言っていることはまったくのでたらめといいますか、意味のないことだったんですね……」
と、改めて『教会』で教えられたこと……『人族こそが至上の存在』などという教義……は事実無根であったことを改めて悟ったのである。
「そうさ、種族を比べるなんて意味のないことさね。みんな違って、それぞれの得意分野があるんだよ。そしてこの世は協力しあって生きていくところなのさ」
「……仰ること、身にしみます」
ハカセがヴェルシアにそんな説明をしている中、サナは『フロロの分体』『マリーの分体』『エサソンのミューがいる鉢植え』を気遣っていた。
「フロロ、大丈夫?」
「へっちゃらよ!」
「マリーは?」
「大丈夫ですよ、もう慣れました」
「ミューは?」
「平気……です」
「そう、ならよかった」
3体とも、こうした移動は慣れたものだった。
「あの、ミューさんって……」
「ミューはエサソン。キノコ類をいろいろ提供してくれる」
「え、えええ……?」
フロロとマリーには慣れていたヴェルシアであったが、エサソンは初めてなのでびっくりしていた。
そしてアーレンとラーナは、ヴェルシアについての説明をルナールから聞いていたのであった。
* * *
3時間ほど掛けて『レイブン改』は研究所に到着した。
真っ暗なのでヴェルシアにはどういう場所に着いたのかよくわかっていない。
そしてもう深夜なので、明日の(正確にはもう今日だが)朝、詳しい説明をすることを約束し、その夜は眠ることにしたのであった。
* * *
翌朝……正確にはその日の朝だが……まずは腹ごしらえと、ゴローとルナールで朝食を用意した。
朝粥、野菜スープ、ベーコンエッグ、野菜サラダ、それにフルーツジュース。
「うん、美味しいねえ」
朝粥好きなハカセはご満悦だった。
「美味しいです……」
ヴェルシアもまた、素直に朝食を味わっている。
洗脳はすっかり解けたようだ。
「今日はどうします?」
「あたしゃ、少しのんびりするよ。みんなそうするがいいさ」
珍しくハカセがそんなことを言いだした。
が、どうせハカセのことだから長続きするわけがないとも思っていた。
「それじゃあ俺は、ヴェルシアにここを少し案内しておきます。それから『クレーネー』にも声を掛けてやらないと」
「うん、私も」
というわけでゴロー、サナ、ヴェルシアらは庭園へと向かった。
「うわあ、素敵ですね」
ヴェルシアは一目見てここの庭園が気に入ったようだ。
「あそこにフロロの分体がいて、こっちの一画にエサソンのミューが住んでるんだ」
「はい」
「そしてここに……おーい、『クレーネー』!」
『心字池』の深くなった場所で、ゴローは『水の妖精』のクレーネーを呼んだ。
「はいですの」
すぐにクレーネーが姿を見せる。
「やあ、元気だったか?」
「はいですの。ゴローさん、サナさん、お久しぶりですの」
「そうだな。……あのな、今度からこの『ヴェルシア』も仲間になったから、覚えておいてくれ」
「はいですの。……ヴェルシアさん、よろしくですの」
「え、あ、はい、よ、よろしく」
と、これでヴェルシアもクレーネーに認めてもらったことになる。
「ゴローさん、ここもすごい場所なんですね。『水の妖精』が棲み着いているなんて」
「まあなあ。偶然だったけど」
「偶然で『水の妖精』は棲み着きませんよ。何か条件が揃ったためです。ですから意図せぬ必然です」
「なるほどな」
とはいえ議論を続けるような内容ではない。
ゴローとサナはヴェルシアとともに研究所へと戻ったのであった。
* * *
「で、ヴェルシアは何をやりたい?」
ハカセが尋ねた。
「はい?」
「いや、ここは『研究所』だし、何かやりたいことがあったらと思ってさ。ほら、薬とか」
「ああ、そうですね。では、薬の研究をしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、いいともさ」
こうして、ヴェルシアは薬の研究を行うことになった。
それでゴローは、先日王城で見た『薬』を思い出してみる。
「腹痛の薬と解熱剤を作れるかい?」
「ええと、需要の多そうな薬ですね。やってみます」
ということで、ヴェルシアの研究テーマも決まったのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は7月14日(木)14:00の予定です。
20220707 修正
(誤)午前10時を少し回った頃、ルナールが戻ってきた。
(正)午後10時を少し回った頃、ルナールが戻ってきた。
(旧)一緒にきたのはアーレン・ブルーとラーナ。
(新)一緒に来たのはアーレン・ブルーとラーナ。