10-04 呼出し
「さあ、できた。……ゴロー、サナ、ちょっと飲んでみておくれ」
ハカセから声が掛かった。
元助司祭……ヴェルシア・サン・ドラクと朝からやっていた『体を温める飲み物』……『クズ・ショウガ湯』ができあがったのだ。
「あ、美味しい」
「うん、優しい味だな」
甘党のサナが美味しいという仕上がり。
ゴローも、これはいけると思った。
「うんうん、なら、これでいいね」
配合も決まり、ハカセお勧めの『クズ・ショウガ湯』のレシピが完成した。
「まだ時間があるね。何か作ろうか」
じっとしているのが嫌いなハカセ。こんな『民間薬』でも、作るのは楽しいようだ。
「あの、お風呂に桃の葉を入れるといいと聞いたことがあるんですが」
「ああ、確かにね。汗疹とか皮膚病にもいいよ」
実際、桃の葉の成分を含有するローションが現代日本でも市販されているし、かつては子供の汗疹の治療に桃の葉を入れたお湯で行水をさせることもあったという。
「だけど、この辺には桃の葉が採れるところはないね……」
「残念です」
フロロは梅の木の精であり、梅の葉はそこまでの薬効はない。その代わり花や実が有用である。
「じゃあ、梅シロップと梅ジャムと梅酒と梅干しを作りましょうか」
ゴローが提案。
折からフロロの梅の木も収穫時を迎えていた。
「じゃあ、私がフロロに頼んでくる」
「サナに任せるよ」
「うん」
ということでサナはいそいそと庭の奥へ向かった。
サナとしては、『梅シロップ』が飲みたかったのかもしれない……。
* * *
「ゴロー、こんなに採れた」
10分後、『屋敷妖精』のマリーと一緒に戻ってきたサナ。
山のように梅の実を持っている。マリーは梅の実を宙に浮かして運んできた。
あれって多分、『騒霊』が使う『念動』と同種の力なんだろうな……とゴローは思ったのだった。
「な、ななな……!」
ティルダもルナールも見慣れているが、1人だけ見慣れていない者がおり、目をまん丸に見開いていた。
言わずと知れたヴェルシアである。
「マリーは『屋敷妖精』だから家事は得意なんだよ」
「得意という表現でいいんでしょうか……」
「まあ、慣れてくれ」
「慣れるものなんですか?」
「多分な」
「多分って……」
「そうとしか言えないだろう」
「……」
その後、総出で梅シロップと梅ジャムと梅酒と梅干しを仕込んだのだった。
* * *
そんなのんびりした日々にピリオドが打たれる。
午後、モーガンがやって来たのだ。
「お邪魔するぞ」
「いらっしゃい、モーガンさん」
「いらっしゃいませ」
「ゴロー、サナちゃん、しばらくだな」
「お忙しそうですね」
「うむ」
モーガンを出迎えたのはゴローとサナ、そしてルナール。
ハカセとヴェルシアは家の奥に避難している。
ティルダは工房でアクセサリー作りだ。
「今日はどうしたんです?」
「うむ……それがな……」
いつもは豪快なモーガンなのに、今日はいやに歯切れが悪いな、とゴローは感じた。
「モーガンさん、何かあったんですか?」
「うむ……実はな……」
言いづらそうなモーガンをゴローが促すと、ようやくゆっくりと話し始める。
「今、来ている『バラージュ国』のエルフがな……」
「どうしたんですか?」
「自動車とヘリコプターを作った技術者に会わせろ、というのだ」
「ははあ……」
そうくる可能性も考えなかったわけではないが、『バラージュ国』のエルフ連中は、どれほど我儘なんだ、と思わずにはいられないゴローであった。
「……それでな、すまんがゴローに来て欲しいと思ってな」
「仕方ないですね」
正直行きたくはなかったが、モーガンの萎れてしまった顔を見ていると、仕方ないな、という気になったゴローであった。
「本当にすまん」
「で、もしかして、ブルー工房にも?」
「ああ。使者が行っている。アーレン・ブルーが呼び出されているはずだ」
「そうですか……」
アーレン1人に貧乏くじを押し付けるわけにもいかないと、不承不承ながらゴローは登城を承知したのであった。
* * *
「それでは明日の朝、迎えをよこす」
「はい」
「すまんな」
何度も謝りながらモーガンは帰っていった。
「……ゴロー、行くの?」
「ああ、行かざるを得ないな」
行きたくないけど、と言ってゴローは苦笑した。
そこはハカセもやって来る。
「ゴロー、苦労掛けるねえ」
「しょうがないですよ。アーレンも呼ばれているようだし」
「何かあたしにできることがあればねえ……一緒に行くのは別として」
「お気持ちだけで十分ですよ」
そう言ったゴローだったが、1つ思いついたことがある。
「ハカセ、長距離での通信ってできませんかね?」
「え? ……うんうん、それがあればゴローも心強いだろうね。考えてみようか」
「是非お願いします」
「持ち運びできる大きさで……できればポケットに入るくらいがいいね……そうすると……」
早速考え出すハカセ。
が、飛行機製作時にも通信方法は検討しており、おいそれとアイデアが出てくるものでもない。
「やっぱり、フロロ通信?」
サナが提案をする。
フロロ通信とは、『木の精』であるフロロに協力してもらい、樹木を中継点として遠くまで魔力を飛ばすやり方だ。
途中に森や林があればかなり遠くまで通信可能になるのだが、砂漠や荒野、海の上などでは無力。
また、超高空も無理である。
「『バラージュ国』限定ならできそうだね。小さく作るには……うーん……」
早速考えこむハカセ。
「……高品質の『魔晶石』を使えばなんとかなるかもねえ……」
「魔晶石なら、ある」
話を聞いていたサナが言った。
「ハカセがこっちでも研究したくなった時のためと言って、4つ、持ってきた」
「ああ、そうだったそうだった。確かに持ってきたよ」
どうやらハカセはころっと忘れていたらしいなとゴローは思ったが、これは無理はないな、とも思う。
なにしろ最後にこっちへ来てから、いろいろな出来事や事件がありすぎたから……。
今は『魔晶石』があったことを素直に喜ぼうと思ったゴローである。
「明日までには間に合わせるからね。期待しておいで」
「フロロへのお願いは、私が」
「サナ、頼むよ。ハカセ、お願いします」
こうしてサナは庭へ。
そして久しぶりにやる気を見せたハカセは工房へと駆け込んだのであった。
* * *
そして翌日……ではなく、その夜。
「できたよ、ゴロー」
「え、もうですか?」
「ああ。基本構成は『フロロレーダー』なんかでできあがっていたからねえ」
いずれにせよ、早くできあがって悪いことはない。
『フロロ通信機』の外見は2つ折りのケータイのような感じ。
普段は折り畳んでおき、通話時には開けば受話器と送話器がそれぞれ耳と口のあたりに来る。
2つ1組で、通話先の変更はできない。
このあたりは『電話』というより『トランシーバー』である。
「ちょっと試してみるかい?」
「そうですね……」
いざ使おうとして使えなかったら目も当てられない、とゴローは思った。
そこで『レイブン改』を使い、1時間ほど全力飛行しつつ、通話を試みる。
もちろん途中でも時々通話していた。
それによると……。
「うーん、通話距離は十分だねえ」
「ですね。ただ、タイムラグが少しありますね」
という結果になった。
途中にある樹木の僅かな『オド』を経由しているため、100キロ離れると2秒くらいのタイムラグが生じるのだ。
「でも、通話できるだけでありがたいですよ」
『…………そうだね。ゴロー、もう帰っておいで』
「はい」
そういうわけで、『フロロ通信機』はまずまずの成功だったわけである。
お読みいただきありがとうございます。
都合によりまして、次回更新は6月23日(木)14:00の予定です。
20220616 修正
(誤)その後、総出で梅シロップ馬ジャムと梅酒と梅干しを仕込んだのだった。
(正)その後、総出で梅シロップと梅ジャムと梅酒と梅干しを仕込んだのだった。
orz