10-02 2日目、午前
『バラージュ国』の使節がやって来てから一夜が明けた。
若い騎士たちの不満を強引に抑え込んだ近衛騎士団長フレドリアス・ルドラファは一人懊悩していた。
昨日の、若い騎士たちへの命令である。
本来なら理由を説明し、納得させてから命令を行う彼なのだが、今回は間が悪かった。
(あの時点では、まだエルフ共が近くにいたからな)
そうでなければ詳しい説明をし、全員を納得させたのに……という悔しさが拭いきれなかった。
(まあ、今からでも遅くはないか)
そこで近衛騎士団長フレドリアスは、手が空いている部下たちを呼び集めたのである。
* * *
一方、ゴローの屋敷にはモーガンがやって来ていた。
エルフの使節の様子を教えてくれる。
「尊大な連中だったがな、『自動車』と『ヘリコプター』を見てかなり驚いていたぞ。あれは愉快だった」
「そうでしたか」
「ああ。普段偉そうな顔をしている奴らにあの顔をさせることができたのだ。少し溜飲が下がったぞ」
「それなんですがね」
「うん?」
「聞けば聞くほど、そんな国と国交しなくてもいいんじゃないかと思えるんですが……」
「同感」
「いや、そうもいかんのだ」
そんなゴローとサナに、モーガンは過去の因縁を語って聞かせた……。
「私も直接は知らんのだがな」
と前置いて説明がなされた。
「120年前くらいのことだ。王都とその周辺に『流行り病』が蔓延した」
「え……」
「被害を受けたのは王都を中心に、北はギーノ町くらいまでだった」
「どんな症状が出るのですか?」
「まずは高熱だ。続いて食欲不振となる。結果、数日で見る陰もなくやせ衰えてしまう」
「他に特徴は?」
「顔や背中に赤い発疹が出るな。致死率も高めで、一時は滅亡を覚悟したと言われている」
「ははあ……」
「それを『エルフの薬』が治してくれたのだ」
「……と、いうことが過去にあったのだよ。ちなみに、当時の王家には10人の王子と王女がいたが、よりにもよって末の王女殿下が罹患してな」
「…………」
「もう駄目かと覚悟を決めた矢先、『バラージュ国』から救いの手が差し伸べられたのだ」
「つまり、薬が送られてきたのですね?」
「そういうことだ。さすがに王女殿下で薬を試してみるわけにはいかず、まずは城下の住民で試してみたところ、劇的な効果をもたらしたという」
「なるほど……」
「それ以来、この国は『バラージュ国』に対し頭が上がらくなってしまったのだよ」
「わかり、ました」
「そういう過去があったんですね」
ゴローとサナが思った以上に事態は根が深かった。
「それじゃあおいそれと国交を断絶、なんて言えませんね」
「おお、そのとおりだとも。恩知らずな国、と思われたくないからな」
「そう、でしょうねえ……」
「そういうわけで、王家は、その時の恩義を忘れていないのだよ。人族は恩知らずではないのだ」
* * *
近衛騎士団長フレドリアス・ルドラファもまた、モーガンと似たような話を若手騎士たちに説明をしていた。
「……と、そういうわけだ」
「そんなことがあったのですか」
「知りませんでした、では済まないかもしれませんが、近衛騎士としてふさわしくあれるよう精進します」
「自分も」
「同じく、自分も」
その様子を見た近衛騎士団長フレドリアス・ルドラファは満足げに頷いたのであった。
* * *
一方、モーガンの説明は続いている。
「……そんなエルフたちだがな」
モーガンは思い出し笑いを噛み殺しながら説明をしていく。
「自動車とヘリコプターを見せて、説明した時の驚いた顔と言ったら……くくく」
「そんなに面白いことがあったんですか?」
「おう。……開いた口が塞がらない、というのはああいうのを言うのかな」
ポカーンとしたあと、顎が外れそうなくらい口を開けていたとモーガンは言った。
「さすがのエルフたちも、『馬なしで走る馬車』と『空を飛ぶ乗り物』には驚いたようだったぞ」
その後、自動車とヘリコプターのごくごく短いデモンストレーションが行われたが、それが終わるまでエルフたちの開いた口は塞がらなかった、とモーガンは言って笑った。
「つまり、こちらの技術を見直させるという意図は見事に果たしてくれたというわけだ」
「それを聞いてほっとしました」
自動車とヘリコプターを見て『時代遅れ』とか言い出さなかったんだな、と少しズレた感慨も持つゴローであった。
* * *
そして、エルフたち。
「馬なし馬車……『自動車』と言いましたか」
「そのようだ」
「それに『ヘリコプター』? ……空を飛ぶ乗り物」
「ああ」
『バラージュ国』からの使節は仲間内で話し合っていた。
「いずれも魔法技術で作られたもので、生物に依存していない、ということでしたよね」
「そうだ。正使殿」
「こんな辺境の蛮族があんな技術を持っていたなんて。これだから人族は侮れないのです」
「同感だな」
「まあおそらくは私たちに認められたい、という想いの現れなんでしょう。いじらしいではないですか」
あくまでも上から目線のエルフたち。
「とはいえ、作り出した技術は無視できんぞ」
「そのとおりだ」
「では、最終日にでも製作者の顔を見せてもらうことにしましょうか」
「それはいいな」
「気に入ったなら国へ連れ帰るか?」
「それもまた一興」
「我らの作り出す薬品に勝るものはない。我らの要求は何でも呑むだろう」
不穏な相談がなされていることを、ゴローたちはまだ知らない……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は都合により6月9日(木)14:00の予定です。
20220602 修正
(誤)「そううわけで、王家は、その時の恩義を忘れていないのだよ。人族は恩知らずではないのだ」
(正)「そういうわけで、王家は、その時の恩義を忘れていないのだよ。人族は恩知らずではないのだ」
(誤) 自動車とヘリコプターを見て『時代遅れ』とか言い出さなかったんだな、と少しズレた感慨も持つ仁であった。
(正) 自動車とヘリコプターを見て『時代遅れ』とか言い出さなかったんだな、と少しズレた感慨も持つゴローであった。
20220608 修正
(旧)当時の王家には10人の王子と王女がいたが、よりにも寄って末の王女殿下が罹患してな」
(新)当時の王家には10人の王子と王女がいたが、よりにもよって末の王女殿下が罹患してな」
20220707 修正
(誤)「聞けば聞くほど、そんな国と国交しなくてもいいんじゃなかと思えるんですが……」
(正)「聞けば聞くほど、そんな国と国交しなくてもいいんじゃないかと思えるんですが……」