10-01 始まり
狙撃騒ぎから2日が経ち、騒ぎも沈静化した。
と同時に『バラージュ国』の使節が到着する。
ゴローたちはといえば、モーガンとローザンヌ王女に請われて屋敷にいた。
『自動車とヘリコプターに何かあったときは素早い対応をお願いする』というのがその理由。
そのため、早々に『研究所』へ避難しようというハカセの想いは叶わなかった。
* * *
朝食後、お茶を飲みながらハカセ、ゴロー、サナ、ティルダらは談笑していた。
『獣人』の執事見習いルナールは給仕役だ。
「あたしゃ絶対表には出ないからね」
「わかってますよ」
ハカセは相変わらず目立つことを嫌っている。
そしてサナはマイペースに、
「……ハカセ、エルフの薬ってそんなによく効くんですか?」
と質問をしていた。
「効くよ。そもそも、エルフの薬は『万能薬』じゃないんだよ」
「そうなんですか?」
「うん。例えば『解熱剤』『痛み止め』『下痢止め』みたいに、症状別に薬があるのさね」
「当然ですよね?」
怪訝そうな顔をするゴロー。
「え?」
「え?」
サナとハカセは、揃ってゴローの言葉に驚いたのだった。
ティルダとルナールは話の流れについてこられていないようで、無言のまま。
「……ゴロー、もしかして、あんたの『謎知識』では薬ってそういうものなのかい?」
「はい。解熱剤、鎮痛剤、腹痛の薬、足が攣ったときの薬、頭痛薬、睡眠薬……なんて感じですね」
「ほうほう、それじゃあエルフの薬と大差ないね」
「いえ、鎮痛剤1つとっても何種類もありますよ」
「そうなのかい。興味深いねえ」
「何が、違うの、ゴロー?」
小首を傾げてサナが尋ねた。
「前に話したろう? 『化学物質』だよ」
「うん、聞いた覚えは、ある」
「『化学物質』にはいろいろな種類が……それこそ無数にあって、違う物質が同じ効果を発揮することもあるんだ」
「なんとなく、わかるけど……」
まだ納得がいかないという顔のサナに、ゴローは別の例えで説明する。
「ほら、蜂蜜も甘い、砂糖も甘い、樹糖も甘いだろう? でも全部違うものじゃないか」
「あ……確かに。わかった」
蜂蜜の主成分は果糖とブドウ糖、白砂糖はほとんどがショ糖。
樹糖はショ糖が大半で果糖が少し。
もちろん、ミネラルやビタミンなど他の成分も含むので、甘さ以外の『味わい』が違うのだが。
とりあえず、サナが納得してくれたのでよしとするゴローと『謎知識』であった。
「うまい例えをしたねえ、ゴロー」
感心したように、ハカセが口を開いた。
「現に、解熱に役立つ薬草は何種類かあるしねえ」
魔術と錬金術の集大成である『哲学者の石』と『人造生命』を作り出したハカセには、その程度は常識だったようだ。
「ねえ、ハカセ」
「なんだい、サナ?」
「ハカセなら、そのエルフたちのものと同じ薬を作ること、できる?」
「同じものは作りたくないねえ」
「そう?」
意外そうな顔をするサナ。だがハカセは笑って続ける。
「どうせ作るなら、もっと効果の高いものを作りたいじゃないかね」
「やっぱりハカセですねえ」
「まあ、『研究所』に帰らないとほぼ何も作れないけどさ」
「それでも凄いですよ。さすがハカセです」
苦笑しつつもやっぱりハカセは世界一だ、と内心で喜んだゴローであった。
* * *
「そういえば、あの助司祭はどうしてるんだい?」
「ルナールによれば、大分落ち着いた……というか、憑き物が落ちたようだと言っています。な、ルナール?」
「はい。最初の夜とはえらい違いです。別人といっても通るでしょう」
「ほう、そんなにかい」
人族至上主義の『教会』関係者なので、獣人のルナールは差別対象である。
ゆえに最初の頃こそ憎悪と嫌悪の混じった目で睨んでいたのだが、今では穏やかな表情をしているという。
ゴローは(人造生命ではあるが)人族と思われているのでそうした視線の変化はわからないが、彼女の態度が変わってきたことは感じていた。
「この先、どうするつもりなんだい、ゴロー?」
「それなんですよねえ」
ハカセの質問に、困った顔をするゴロー。
「いきなり『どこへでも行け』というのも何だし」
「うん、それはわかる。でもずっとこの屋敷に閉じ込めておくわけにもいかないよ?」
「わかってますよ、ハカセ……だから困ってるんです」
ここで今まで黙っていたティルダが口を開いた。
「あの、ご本人のしたいようにさせてあげればいいのではないのです?」
「あ、そうだねえ」
「ああ、そうか」
「確かに、そう」
一人前の大人なのだから、正常な判断力が戻ったなら、今後の人生は自分で決めていくように勧めればいいとゴローたちは改めて思ったのであった。
「でも、それなら、エルフたちが帰ってから、がいいと思う」
「それはサナの言うとおりだろうねえ。『バラージュ国』の連中がいなくなってからがいいと思うよ」
「ですね」
それまではこの屋敷にいてもらうしかないか、とゴローをはじめ、皆思ったのだった。
だが、それを難しくするような厄介事がやって来るとは、この場の誰も想像することはできなかった。
* * *
ルーペス王国では、『バラージュ国』からの使者を盛大な式典で歓迎していた。
「遠路はるばるようこそいらっしゃった」
恭しく礼を行う宰相エドウィン・アボット。
それを使者たちは尊大な態度で見ている。
いかにも、『辺境の蛮地へわざわざ来てやった』という顔つきである。
『バラージュ国』からの使者は3名。正使1名、副使2名。それに護衛が5名。
正使は女性でイポメアー・サガ。イポメアーが名で、サガが氏族名である。
副使は2人とも男性でブラシカム・ラナとラミウムス・ノザ。それぞれラナ氏族とノザ氏族である。
護衛は3人が男性で2人が女性だ。
全員、淡い金髪と水色の目をし、長身痩躯。
女性でも身長は170セルを超える。
男性は180セル以上だ。
「こちらこそ、わざわざの出迎え、大儀であった」
身じろぎもせずに正使イポメアーが返答した。
「お疲れでしょうから、本日はどうぞごゆるりとお寛ぎください」
「うむ、そうしよう」
会話をすることも面倒だと言わんばかりの態度に、ルーペス王国の若い近衛騎士たちが少し殺気立つ。
だがそれを近衛騎士団長フレドリアス・ルドラファは無言で制していた。
両国の関係を好転させるため、今回の会談は是が非でも成功させねばならないのだから。
「こんな蛮地でどのようなもてなしをしてもらえるのか、期待せずに待っていますぞ」
そう言い残して8名のエルフたちは迎賓館へと送り届けられたのである。
* * *
エルフたちの姿が見えなくなった大広間では、若手騎士たちが不満を漏らしていた。
「チッ、何様だと思っていやがんだ」
「言うな。騎士団が使っている薬の大半は彼らの国からのものなのだ」
「……!」
ぎりりと歯を食いしばる若き騎士たち。
そんな彼らに騎士団長フレドリアスは告げる。
「よいか、今回の会談はなんとしても成功させねばならぬ。それが我らが使命と心得よ」
「……はっ」
「声が小さい!」
「はっ!」
「よろしい。諸君の奮闘を期待する」
こうして、ルーペス王国においてバラージュ国との会談が始まったのである。
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次回更新は6月2日(木)14:00の予定です。