09-39 ひとまずの結末
昼前、予想どおり、モーガンがやって来た。
「よう、ゴロー」
「モーガンさん、いらっしゃい。……昨日の件ですよね?」
「おう、そうだ」
「では、こちらへどうぞ」
ゴローはモーガンを応接室に通した。そこにはサナも待っている。
「おお、サナちゃん、こんちは」
「こんにちは、モーガンさん」
そしてモーガンが席に着くと、すぐにルナールが冷たいお茶を持って来る。
「お、すまんな。……うむ、この季節、冷たいお茶は美味いな。すまんがおかわりをくれるか?」
「はい、かしこまりました」
ルナールはワゴンに載せておいた魔法瓶から冷たいお茶のお代わりをモーガンのコップに注いだ。
「お、ありがとな」
そしてもう1口、冷たいお茶を飲むと、モーガンは要件を語りだした。
「例の犯人だがな、吐いたぞ」
「そうですか。で、なんて?」
「待て待て。話すことがありすぎてな。まずどこから話したらいいものやら……そうだ、ゴロー、サナちゃん、君たちが聞きたいことを挙げてくれ、私はそれに答えていこう」
系統立てて話すのが苦手なのか面倒なのか、モーガンはゴローたちの質問に答える形で昨日の報告をしようと考えたようである。
「……えっと、じゃあ、まず、犯人の身元はわかったんですか?」
「うむ。……『教会』の『司祭』で、ゲキ・ソンハという男だった」
「え? 本当に『教会』の人だったんですか? 化けていたんではなく?」
「そうなのだ。だから本格的に『教会』への捜査が行われた」
「そ、それで?」
「『大司教』だけが逃げおおせた」
「だ、大司教って、一番偉い人なんじゃ?」
「まあ、だいたいはそうだな」
昨夜、マリーが探ってきたとおりであった。
その大司教が逃げた、ということで『教会』という組織は真っ黒だということが内外に知れ渡ったわけだ。
「……それじゃあ、狙撃の目的……は?」
サナが尋ねた。
「うむ、狙ったのは姫様ではなく後ろの『新型ヘリコプター』だったそうだ」
「それは本当なんですか?」
「ベテランの尋問官が魔法を使って聞き出した情報だから、まず間違ってはいないと思うぞ」
「……だとしたら角度がまずかったですよね」
「うむ、ゴローの言うとおりだ。単純に『新型ヘリコプター』だけを狙っていたなら、ここまでの大騒ぎにはならなかっただろう」
王族を危険に晒した、ということが問題視されているのである。
今や完全に『教会』は王国の敵に認定されていた。
「この先、『教会』はどうなるのでしょう?」
「少なくとも王国内ではもうやっていけないだろうな」
「他国へ行く、ということですか」
「うむ。南の『ラジャイル王国』は同盟国だから無理として、もっと南にある『ドンロゴス帝国』へ拠点を移すことも考えられる。あの国も『人族』至上主義だからな」
「なるほど」
「他にはないか?」
モーガンが尋ねる。
「あ、『教会』の関係者はどうなってるんですか?」
「ああ、司教以上の者は全員逮捕した。司祭もほぼ全員逮捕だな」
「それ以下の人は?」
「一般信者と助司祭ということになるが……その時々だな」
「どういうことです?」
「『教会』に固執するようなら一旦拘束。改宗もしくは改心するようなら叱責後放免だ。まあ、要注意リストに名前は載るだろうが」
「全員逮捕じゃないんですね」
ゴローがそう言うと、モーガンは笑った。
「おいおい、信者がどれだけいると思っているんだ。全員逮捕したら牢が足りないぞ」
「それもそうでしょうね」
「今回逮捕し、投獄したのは全部で108人だ」
「えっ」
そんなにいたのか、とゴローは驚き呆れたのだった。
「まあ、下っ端は洗脳に近いことをされていたから、10日くらい牢屋に入れておけば目が覚めるとは思うがな」
「そ、そうなんですね……」
うちにも助司祭が1人います、とは言えないゴローであった。
「もうないのか?」
「あ、それでしたら、奴が使っていた『銃』について、何か教えてもらえませんか? どこで作ったとか、『教会』が何丁所持していたとか」
「うーむ……機密事項もあるが、ゴローにならいいだろう。何しろ捕らえてくれた殊勲者だしな」
そう前置いてモーガンはゴローに『銃』について話してくれた。
「作ったのはこの国でだな。ただし、40年ほど昔のようだ。『教会』お抱えの鍛冶職人に作らせたらしい」
「そんな昔の物でしたか」
「おう。で、『教会』は全部で5丁持っていた。全部没収したがな」
「では、俺が捕まえた奴は司祭だったそうですが、それって偽装ではなく?」
「残念ながらな」
「うわあ……」
それを聞いたゴローは呆れるしかなかった。
「もう、『教会』の皮を被った別の何かですね」
「まったくだ」
「はっきり言って、今後関わりたくないです」
「そうだろうな。……まあ、我が国内ではもう布教……というより洗脳に近いと思うが、とにかく活動はできんだろう」
「そう願いますよ」
心の底からそう思ったゴローであった。
「まあ、今回の発端は『バラージュ国』からの使節を迎える、という行事というか式典というか、それが気に入らなかったのだろうがな」
「ああ、そういえば、『バラージュ国』ってどんな国なんですか?」
「私も、知りたい」
「そうか、ゴローたちは知らないか。私も詳しくはないが、エルフの国の1つだな。我が国からみて東にある」
モーガンは『バラージュ国』についても説明してくれた。
「まあ、あの国は首長制の町が集まった合議制だから王国ではないし、やって来るのもどんな立場の者かよくわからん」
「そうなんですね」
「で、高慢というか態度がでかい」
「ははあ……」
「私は好かんな」
「……でも国交を結んでいるんでしょう?」
「まあな」
渋々といった顔でモーガンは頷いた。
「あの国は細工物が得意でな。我が国の王冠も、100年ほど前にあそこで作られたものだそうだ」
「なるほど」
「細工物に関してだけは、ティルダちゃんのようなドワーフも及ばないようなものを作る」
「へえ……」
「だがなあ……」
「何か問題が?」
「納期がやたら長い。1年掛かるなんてこともざらだ」
げっそりしたような顔でモーガンは言った。
「物によっては2年3年なんてこともな」
「それはちょっと……」
「ああ。その点では仕事が早いゴローたちは大したものだ」
「えーっと、恐れ入ります?」
「それにな」
「まだ何か?」
「やたら吹っかけてくる」
「ああ……」
他に外貨を獲得する手段がないからか、とにかく高価なのだそうだ。
「それも困りますね」
「うむ。それに……」
「それに?」
「こちらが本命だが、あそこの薬はとにかくよく効く」
「ああ……なるほど」
エルフが薬学に詳しい、ということには頷けるゴローであった。
「あの国から薬が買えなくなると、重病人の半数以上が危なくなる」
「それは大変なことですね」
「おう。だから国交断絶、というのはまずい」
「わかりました」
「そして、少しでも我が国を見直させるために……」
「自動車とヘリコプターが必要だった、と」
「そういうことだな」
少しでもルーペス王国を見直させ、彼らの態度を変えてやりたい、というような意図があった、ということだ。
もちろんそれのみではなく、国家間の友好のためでもある。
「まあ、そちらはもうゴローたちの手を離れ、国の外交問題となっているがな」
「うまくいくといいですね」
「おう」
その後も、モーガンから細々とした話を聞かせてもらったゴローたちであった。
その中で、最も興味深かったのは、『バラージュ国』からの使節が到着するのは2日後である、ということであった……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新はいろいろと都合により、5月29日(日)14:00の予定です。
申し訳ございません。
20220519 修正
(旧)
その大司教が逃げた、ということで『教会』という組織は真っ黒だということがわかったわけだ。
(新)
昨夜、マリーが探ってきたとおりであった。
その大司教が逃げた、ということで『教会』という組織は真っ黒だということが内外に知れ渡ったわけだ。