09-37 問答
静かになった助司祭。どうやら気を失っているようだ。
「『催眠』」
仕方がないので抱き起こし、一旦解いたあと再度椅子に縛り付ける。先程よりは緩めに。
ちなみに抱き起こすのも縛り付けるのもサナが行った。
そして5分ほど経つと、女助司祭は目を覚ました。
「うう……な、何か邪悪な手段であたしを眠らせたわね? 卑怯な!」
「あれ?」
「……何も変わっていないみたいだねえ」
ハカセも首を傾げている。
「解きなさい! 解きなさいったら!」
「……だとするとハカセ、こいつのこの態度や思想は催眠術みたいに押し付けられたものじゃないのでは?」
「そうだねえ……ゴローの言うとおりかもねえ……でも魔法を使わずにこんなことをやれるのかね?」
「うーん…………『謎知識』によりますと……」
「うんうん」
「聞こえないのかしら? 縄を解け、って言ってるのよ!?」
「まず……」
1.狭い部屋に閉じ込め、逃げられなくする。
2.食事は1日1回、睡眠時間は2時間。
3.恫喝し、強制的な儀式への参加。
4.教え込んだ動作を少しでも間違えたら罵倒して劣等感を植え付ける。
5.教義の刷り込み。
6.刷り込んだことを覚えたところで少し褒める。
7.以上を3ヵ月から半年繰り返す。
「……といったことらしいです」
「…………なんだいそりゃあ?」
「じ、地獄なのです!?」
「…………奴隷より、ひどい。ゴロー、鬼畜生?」
「いや、『謎知識』がそうやって地道に洗脳する方法があると言ってるだけで……」
サナにドン引かれたのでゴローは釈明をした。
ハカセは考え込んでいる。
そして助司祭の女性は怒鳴り続けている。ゴローたちは誰も耳を貸さないが。
「あたしをどうする気!?」
「ふうむ……魔法を使わずに洗脳……そんな方法が……人間って残酷だねえ……でもその場合は逆に……」
「ちょっと! 聞いているの?」
考え込んでいたハカセは、もう一度魔法を助司祭に向けて放った。
「『催眠』」
「……!」
助司祭はびくんとなって再び気を失った。
「は、ハカセ、何を!?」
「うん、なんというか……この子に、偽りではあるけれど『幸せな記憶』を少し与えたんだよ」
「幸せな記憶……ですか」
「そう。どうやら相当凄惨な体験をしてきているみたいだからねえ。その記憶を少しだけ薄れさせてやったのさね」
「そうだったんですか」
さすがハカセだ、とゴローは感心した。
「だけど、ゴローの言ったような仕打ちを受けていたとしたら、その呪縛を完全に解くのは大変だよ」
「そうでしょうねえ」
「……要するに、辛い目に合わせて心を折り、そこにつけ込んで洗脳する、ということなのです?」
ティルダがうまいことまとめてくれた。
「そんな感じだろうなあ」
「そうやって絶対的な忠誠を誓わせるんだろうねえ」
「ですね」
「……ひどいのです」
ティルダは身を震わせた。
それを見たゴローは、ティルダに尋ねる。
「ドワーフって、宗教はどうなんだ?」
「ええと、土と火の大精霊を崇めているのです」
「そうだよ。そういう意味では宗教未満、と言えるだろうねえ」
ハカセが補足してくれた。
ついでとばかり、ゴローはハカセにも尋ねる。
「エルフはどうなんですか?」
「そうだねえ、『バラージュ』はどうかよく知らないけど、『シナージュ』も大精霊を崇めるし、自然崇拝って言っていいんじゃないかねえ」
「そうなんですね。……この前会ったダークエルフもそんな感じでしたし、ジャンガル王国も似たようなものでした。……『教会』なんてものが幅を利かせているのは人族の国だけみたいですね」
「そう言っていいかもねえ」
「……宗教って、本来なら人を救うためのものじゃないんでしょうか」
「ゴローの意見にあたしも賛成だね。少なくとも権力を振りかざしたり、金儲けに走ったりというのは本道から外れていると言わざるを得ないね」
「うん、わかる」
サナもまた頷き、ゴローとハカセの意見に賛成した。
「……う……」
と、その時、助司祭が再び気がついたようだ。
「……やっぱり、夢じゃなかったようね」
ゆっくりと周囲を見回す助司祭の女性。
「あたしをどうする気かしら?」
口調からすると、先程よりは落ち着いているように感じられた。
「ちょっとは落ち着いたかい?」
ハカセがゆっくりとした口調で助司祭に話し掛けた。
「……まあ……不法侵入は悪かったかな、と、思うわよ……」
「そうかい。で、なんでこの屋敷に来たんだい?」
「……司教様から聞いていたから。『町の北西』にある屋敷では『エルフへの貢物が作られている』って」
「貢物?」
「ええ。馬がなくても走る馬車とか、大きな音を立てて空を飛ぶ乗り物とか、神を冒涜するようなものがね」
とりあえず、質問したことには答えてくれるようになったようだ、と、横で聞いているゴローは感じた。同時に、ハカセの魔法はすごい、とも。
「それが神様を冒涜するのかい?」
ハカセが助司祭に再度質問を行う。
助司祭も落ち着いた声で返答した。
「ええ。自然の摂理、すなわち神の御業を否定する行いですから。これを冒涜と言わずしてなんと言いましょう」
「君たちの教義では、魔法も自然の摂理に反するのかねえ?」
「いいえ、魔法は『選ばれた者』に神より与えられた力ですから、摂理には反しません」
「そうかい。なら尋ねるけどねえ、『自動車』も『ヘリコプター』も、その『神様から与えられた』魔法を応用しているんだけどねえ?」
「…………」
「あんたのところの司祭だかが使っていた『銃』ね、あれは摂理とやらに反しないのかい?」
「…………」
「それに……」
と、ここで、ハカセの言葉を遮って、助司祭が叫ぶように言った。
「屁理屈はもうたくさんです! 大司教様が認めたものはすなわち神が認めたもの。大司教様が排除せよと仰るなら、それは悪なのです」
「ああ、こりゃ駄目だ」
ここで、ゴローは思わず声を出してしまった。
「ゴロー?」
「典型的な思考放棄ですよ」
「なんですって!?」
「……確かに楽だよな。自分で判断することをせず、誰かの言いなりに動くって。行動に責任を負う必要はないし、悩むこともない。だけど、それでいいのか?」
黙っていられなくなったゴローは、ハカセに代わって助司祭と問答を始めた。
「あんたの人生だからあんたの好きにすればいいんだけどさ。今のあんたは自分の意思で生きていないんじゃないか?」
「何を言うのですか……」
少し口ごもる助司祭。
その様子を見て、ハカセはゴローに問答をさせておこうと決め、今度は傍観者になる。
「なあ、あんたの神様って、どんな神様だ?」
「最上神は『アグノス様』です、その下に木火土金水の五天使がいらっしゃいます」
「ああ、いや、そうじゃなくて。……その『アグノス様』って、何をしてくれるのかということさ」
「何を……? 神はすべてを超越した存在です。人のために存在するのではありません」
「うん、それで?」
「神に何かを期待するのではなく、我々が神のために何をなすのか、を考えること。それが大事なのです」
「ふうん……だとするとさ、『教会』ってなんのために存在するんだ?」
「端的に言って、神を崇めるためです」
「崇めてどうなる?」
「え……?」
ここでゴローの鋭いツッコミ。
「神イコール自然の摂理とするならさ、崇めようが貶めようが、何も変わりはしないと思うんだ。自然の摂理に人の意思は介入する余地はないもんな」
「そ、それはそのとおりですが……」
「なら何もしなくても人々の暮らしは何も変わらないんじゃないのか?」
ゴロー対助司祭の問答はまだ続いていく……。
お読みいただきありがとうございます。
今月は色々忙しく、
次回更新は5月12日(木)14:00の予定です。
20220506 修正
(誤)そして5分ほど経つと、女司祭は目を覚ました。
(正)そして5分ほど経つと、助司祭は目を覚ました。
(誤)とりあえず、質問したたことには答えてくれるようになったようだ、と、
(正)とりあえず、質問したことには答えてくれるようになったようだ、と、