09-35 新たな可能性
なにやら考え込んでいるハカセはそっとしておくに限る。と、ゴローとサナはティルダとルナールをそっと手招きし、食堂を離れた。
向かったのはリビング。
そこであらためてお茶を淹れてもらい、再び寛ぐ。
だが、自然と話題は昼間の事件に。
「明日、どうなるんでしょう」
「わからないな……」
ルナールの言葉に、ゴローも曖昧な答えを返すことしかできない。
「捕まえた犯人から何らかの情報が得られればいいんだが」
「ですねえ……」
ここで、今まで黙っていたティルダが口を開いた。
「ゴローさん、もし、もしもですよ? 納めた自動車とヘリコプターを、その、エルフの人が気に入らなかったらどうなるです?」
「え……そうだなあ……うーん……まあ……何が、どこが気に入らないか聞いて、そこを気に入るように修正しようとするんじゃないかなあ……?」
「それって、うちに差し戻されるってことです?」
「どうだろう? 外観だったら王城内の工房でできるだろうし、性能的なことは……まあ、戻されても無理だな」
性能を落とすのはできるだろうが、上げるのは無理だとゴローは言った。
「ゴローの言うとおりだろうねえ」
「あ、ハカセ」
いつの間にかハカセがリビングに入ってきていた。
「気が付いたらみんながいないからびっくりしたよ」
「済みません。考えの邪魔をしちゃいけないと思って……」
「まあそれはいんだけどね」
「……で、考えはまとまりましたか?」
「まだ不十分だけどね、構想はまあまあかねえ」
「聞かせてください」
「そうだね。あんたたちの意見も聞きたいからね」
そこでハカセは、考えていたことを説明し始めた。
「まあ、要するに『飛行機』を飛ばすのに『空気の壁』を使えないか、ということさね」
「ああ、なるほど……『空気の壁』の上に飛行機の翼を乗せる、ということですね?」
「察しがいいね、ゴローは。そういうことさ」
「それができれば、普通の飛行機もVTOL(垂直離着陸機)になりますね」
「いや、そこさ」
「は?」
「基本的に『空気の壁』は術者から移動させられないんだよ」
『空気の壁』は、それを発生させた術者との位置関係は変えられないとハカセは言った。
つまり、飛行機の主翼を『空気の壁』で支えて持ち上げる、ということはできないわけだ。
「あれ、でも俺……」
「そう。だからこそ、ゴローの使い方はおかしい」
「確かに。私も、なんとなく違和感があった、けどハカセの指摘でそれがなにかはっきりした」
そもそも『空気の壁』は防御用の魔法であるから、術者に対して停止しているのだそうだ。
移動できる、させられるものだと『防御』には向かないと言えよう。
衝撃を受けたら後退して術者にぶつかってしまうようではまずいのだから。
「でも、ゴローは、それを足場にした」
「そうなんだよ。それがおかしいのさね」
「俺が悪いんですか?」
「いや、悪くはないよ。どうしてそんなことができたのか不思議でねえ。そこんところを考えていたんだよ」
「ゴロー、心当たりは?」
「いや……サナに教わったようにやっただけだ」
「うん……詠唱は問題ない。なら、何が?」
「それをあたしゃ考えていたのさ。で、結論として、『イメージ』しかないということになったんだよ」
「イメージ……ですか」
「そう、イメージ」
魔法の発動で最も大事なのが魔力で、その次がイメージだ、とハカセ。
「魔力がなきゃ発動しないからね。誰でも使えるわけじゃないよ。で、その次に大事なのがイメージさ」
イメージがしっかりしていさえすれば、詠唱は短縮できるんだから、とハカセは言った。
「無詠唱、というのは難しいけどね。不可能じゃあない。でも、やっぱり魔法名くらいは唱えないと、イメージが固まらないからねえ」
「そういうものですか」
「そういうものさね。……で、ゴロー、あんたの『空気の壁』のイメージは?」
「空気を思った場所で思った形に固める、ということですね」
「ふむ……ちょっと使ってみてくれるかい? そうだね、その上に立てるような『台』のイメージで」
「わかりました。……『空気の壁』」
そしてゴローはその上に飛び乗ってみせた。
「ほう……」
「あ、あわわ……う、浮いているのです」
「ゴ、ゴロー様、凄いです……」
ハカセは感心し、ティルダは狼狽し、ルナールは驚愕した。
サナは1度見ているので当然、といった顔をしている。
「ふうん……やはりねえ」
「何かわかりましたか?」
「一応はね」
ハカセは類稀なその才能により、ゴローの魔力の流れを追い、発動までの流れを一瞬で把握したのである。
それによると……。
「どうやら、『空気の壁』を発生させるための『基準』が、普通は『術者』、つまり自分なんだが、ゴローの場合は外部になっているみたいだね」
「外部……確かに俺、『あそこに』というようなイメージをします」
「なるほどねえ。単純なことだったんだねえ……」
「ハカセ?」
「……普通はねえ、『自分の1メル前方に』とか『自分の周囲に、半径2メルで』とかイメージするんだよ」
「そうなのか? サナ」
「うん、そう。……ゴローに伝えたつもりだった、けど」
「俺はそう捉えなかった。ってことか……」
どうやらそれが、新たな『空気の壁』の可能性を切り拓いたらしい。
「本腰を入れて研究すれば、新しい魔法として確立させられるかもしれないね」
「それは凄いですね、ハカセ」
ゴローの物言いに、ハカセは少し呆れた。
「何を言っているのさ。あんたにも手伝ってもらうよ。というかあんたが主役だよ」
「ええ!?」
「まあ、このごたごたが終わってから、になると思うけどね」
「ああ、そうでしたね……」
今、最も問題なのは『王女殿下狙撃』である。
「今頃あの犯人、尋問されているんだろうな……」
* * *
王城の地下にある尋問室。
別に『拷問』を行って白状させる、というようなことをするわけではない。
王城には腕のいい『尋問官』がおり、例外なく『精神系』の魔法を使えるのだ。
「『白状しろ』」
「は……い……」
意思を希薄にし、こちらの言うことを聞かせる魔法である。
なお、この魔法が使えるものは厳重に管理されており、王からの勅命がなければ行使できない決まりになっている。
その精神系魔法を使い、尋問が続けられていく。
それによると……。
1.犯人の名前はゲキ・ソンハ。
2.『教会』の『司祭』である。
3.『人族至上主義』を掲げる。
4.ローザンヌ王女を狙ったのではなく、その後ろの『新型ヘリコプター』を狙った。
5.盗まれた『新型自動車』については知らない。
6.彼に狙撃の指示を出したのは『大司教』。
ということがわかった。
そして、尋問はまだ続いている……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は4月28日(木)14:00の予定です。
20220424 修正
(誤)普通は『術者』、つまい自分なんだが、ゴローの場合は外部になっているみたいだね」
(正)普通は『術者』、つまり自分なんだが、ゴローの場合は外部になっているみたいだね」
(誤)意思を希薄にし、こちらの言うことを聞かせる魔王である。
(正)意思を希薄にし、こちらの言うことを聞かせる魔法である。
20240527 修正
(誤)空気の・壁
(正)空気の壁
10箇所修正。