09-34 推測
「そうかい、やっぱり事件が起こったんだね」
「ゴローさん、お手柄なのです」
「大変でしたね」
夕食時、ゴローは居残ったハカセ、ティルダ、ルナール、それにマリーに昼間の事件について説明した。
「だけど、今回はどうして姫様を狙ったのか。その理由がわからない」
「うーん……ゴロー、その犯人は人族だったんだろう?」
「ええ、ハカセ。間違いなく」
「だとすると、一概に姫様を狙った、と決めつけないほうがいいね」
「どうしてですか?」
「いや、『誤射』の可能性も考慮に入れて考えたほうがいいってだけさね」
「あ、そういうことですか」
方向からいって、狙われたのは『ローザンヌ王女』『サナ』『新型ヘリコプター』のどれかであることは間違いない。
鉛玉が『空気の壁』によって弾かれた位置で、狙われたのはローザンヌ王女だと判断したわけだが。
「そもそも、あんな丸い弾でどうやって数百メルの射程を得ているんでしょうね?」
ライフリング(銃身内の螺旋状の溝)もない銃なので、弾丸は真っ直ぐ飛ばない。
「魔法を併用している可能性があるねえ」
「え、そんな魔法があるんですか?」
鉄砲の弾を遠くまで飛ばす魔法があるとは、ゴローには思えなかったのだ。
「『風の矢』っていうのがあるね。風の矢というか、風の小さな塊を相手にぶつけるんだけどね」
「威力はなさそうですね」
「実際、目眩ましや嫌がらせに使える程度だからねえ」
「それを使うんですか?」
「これを、普通の弓矢と併用して使う者がいるんだよ」
「ああ、なるほど」
矢を遠くまで飛ばすためには追い風の時がいいが、そうそう都合よく吹いてくれない。
そこで、魔法で風の塊を飛ばし、その中に矢を包み込んでしまえば、より遠くまで矢を届かせることができる、というわけだ。
「銃の弾だと矢よりもずっと速いだろうから、かなり難しそうだけどね。不可能ではないと思うよ」
工夫すれば多分可能だろう、とハカセは言った。
「あたしだって出来るしねえ」
「出来るんですか……」
だが、これで狙撃のカラクリ、その一端が明らかになった。
さらにハカセは驚くことを言い出した。
「もしその『風の矢』を使っているとしたら、『空気の壁』に干渉されて狙いが微妙にずれた可能性もあるねえ」
もちろん狙いがずれていない可能性もあるので、どっちなのか判断することはできない、とハカセは言った。
「誤射なのかそうでないのか、もう少し情報がないとねえ。ゴロー、あとは何か気付いたことはないのかい?」
「そうですね……」
ゴローは当時のことを思い出してみる。が、特に取り立てて報告するようなことは思いつかなかった。
そこでハカセの方からゴローに質問をする。
「犯人が持っていた銃は、どんなのだった?」
「あ……ええと……紙に描いてみます」
ゴローは紙とペンを持ってきて、思い出せる限りを描いてみせた。
「ふむふむ……これ、アオキが作った銃じゃないねえ」
「え?」
「まあ、発展型なんだろうけどね」
ゴローの『謎知識』では『フリントロック式』『マスケット』という単語が出てきていた。
「俺が銃口を指で塞いだので、このあたりからバックファイアが起きて目をやられたんでしょうね」
「構造がよくないねえ」
『火口』……フリント(火打ち石)で起こした火花を銃内の火薬に伝えるための開口部は小さいが、銃の内部と外部を繋ぐ穴が確かに空いている。
そこから爆発した火薬の高温ガスが噴き出したのだろうとゴローは推測していた。
「暴発したらどうするかとか、整備性がどうだとかアオキの奴は言ってたねえ」
「これはそのアオキさんが開発した銃をベースにしつつ、威力を高めようとしたんですかねえ」
「結果的にうまくいっていないように見えるねえ」
そこから言えることは、アオキの関係者ではないだろうということだった。
つまりブルー工房はまったくの無関係なのだ。
「あたしには、正当な進化に見えないねえ」
「同感です」
が、解析はそこで止まる。
どこで、あるいは誰が、この銃を作ったのかまではわからなかったからだ。
「それじゃあ、別の観点から考えてみよう。姫さんじゃなく『新型ヘリコプター』を狙ったとするならどうだい?」
「その場合は、普通に……というか、これまでうちに来たりアーレンのところから自動車を盗み出したりした奴らと同じでないでしょうか?」
「そうなるね。その場合の目的は?」
「……エルフの国との友好の邪魔?」
「サナの言うとおりだろうね」
「人間至上主義、ですか」
「だろうねえ」
「馬鹿馬鹿しいですね」
「まったくだねえ」
ハカセがしみじみとした声で言い、ため息を吐いた。
ハカセは人族・エルフ族・ドワーフ族のハイブリッド。
どの人種が至上、などという思想とは無縁である。
「そもそも、今度来るっていうエルフの国は『バラージュ国』なんだろう?」
「そうでしたね」
「あそこの連中は元々人族を見下しているところがあるからねえ」
「だからこそ、『新型自動車』と『新型ヘリコプター』を見せつけて、それを贈ることで見直させようというんだろう?」
「まあ、平たくいえばそうなんでしょうね」
「ふん、だったらそれを阻止できてめでたしめでたし、なんだろうけど……気に入らないねえ」
不機嫌そうなハカセに、サナが尋ねた。
「ハカセ、何が気に入らないの?」
「え? うん、『新型自動車』も『新型ヘリコプター』も、純粋に人族の作とはいえないのにさ」
「ああ、確かに」
ゴローのアイデアをハカセが形にしたものが『新型ヘリコプター』。
『新型自動車』はハカセではなくアーレンだ。
アーレンは人族だが、あとの面々は違う。
ハカセはハイブリッド、ゴローとサナはそんなハカセが作った人造生命である。
少なくとも純粋な『人族製』とは言えないだろうなとゴローは思った。
「あたしゃ、それよりもゴロー、あんたの発想の方が凄いと思うよ」
「はい? ………………ああ!」
『空気の壁』を足場にして城壁を駆け上がったことを言っているようだとゴローは気付く。
「あれは『謎知識』が教えてくれたんですよ」
非常に不安定なので、もしも次があればもう少しうまく運用できるかもしれない、とゴロー。
「いやいやいや、あれだけの発想はちょっと無理だろう」
しかもバランス感覚が発達していないと、駆け上がるどころか転落してしまうだろう、とハカセ。
「空中に足場を作る……ふうん……」
何やら考え込み始めたハカセであった。
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次回更新は都合により4月24日(日)14:00の予定です。
20220419 修正
(誤)ゴローは紙とペンをも売ってきて、思い出せる限りを描いてみせた。
(正)ゴローは紙とペンを持ってきて、思い出せる限りを描いてみせた。
(誤)「サナがの言うとおりだろうね」
(正)「サナの言うとおりだろうね」
20221214 修正
(誤)鉛玉が『空気の・壁』によって弾かれた位置で
(正)鉛玉が『空気の壁』によって弾かれた位置で
(誤)「『風・矢』っていうのがあるね。
(正)「『風の矢』っていうのがあるね。
20240527 修正
(誤)空気の・壁
(正)空気の壁
(誤)風の矢
(正)風の矢
それぞれ1箇所修正。
(誤)「もしその『風矢』を使っているとしたら、
(正)「もしその『風の矢』を使っているとしたら、