01-19 一日の終わり
蛍光鉱物と言えば、まず『蛍石』。
『方解石』『オパール』『ジルコン』も、含まれる微量元素によって蛍光を発するものがある。
それにルビーもそうだ。
ルビーはちょっと特殊で、ざっくり言えば、受けた光を赤い光に変えてしまうという特徴がある。
例えば紫外線を受けても赤く光るし、緑色の光を受けても赤く光るのだ。
その性質を生かしたのがルビーレーザーである。
閑話休題。
「蛍石があるじゃないか」
ティルダの工房を隅から隅まで物色していたゴローは、炉のそばに蛍石の破片が転がっているのを見つけた。
「もしかして、鉄を溶かす時に混ぜたのかな?」
と言うと、
「そ、それをどうしてゴローさんが!? ……ドワーフ族の秘奥義なのですよ!?」
と、ティルダは仰天している。
実際に蛍石は製鉄時に鉄鉱石と一緒に投入され、溶融鉄の流動性を増したりスラグ(鉱滓)を排出しやすくするのに使われている。
英名『フローライト(フルオライト)』は、流動性を増すという特徴から付けられたという。
なお、溶融した蛍石は強アルカリで、しかも高温で水に触れると猛毒のフッ酸を生成する危険物質でもある。
取り扱いは要注意だ。
このあたりが秘奥義とされる所以かも知れない。
「蛍石なら確認できそうだ」
たくさんの蛍石……この場合破片でも問題ない……を用意して光に当て、蛍光を発しなければとりあえず危険はないと判断していいだろうとゴローは思った。
そこでさっそく蛍石を適当な籠に入れ、再び街灯へ。
「……うん、大丈夫そうだな」
結界アリでもなしでも、蛍光は発しなかった。
つまり街灯から出る光は可視光、それも黄色〜緑〜青系の、ということになる。
「……水晶があるならプリズム作ればよかったかも」
そして、今更ながらこんなことを言いだしたゴローであった。
つまり、プリズムで分光させ、可視光以外にも電磁波が出ているのか確認すればよかった……と気付いたのである。
このあたりが、基礎知識だけしか持っていない者の限界であった。
* * *
「さて、随分と寄り道してしまったわけだが」
「いえ、ゴローさんは私の健康を案じてくださったんですから、お気になさらないでほしいのです」
ティルダの工房に戻り、改めてお茶を飲む3人。
「明日で研磨は終わるんだよな?」
「はいです」
「じゃあ、明日は少しこの町を見てきたいから、お勧めとかここは是非行ってみてくれ、とか、そういう場所や店があったら教えてくれないか?」
「わかったのです。まずは中央公園がお勧めです。この町の中心部にあって、四季折々の花が咲く憩いの場なのです。軽食のお店も周りにたくさんあるのですよ」
「おおいいな、そこ」
町の中心部ということで場所もわかりやすそうだ、とゴローは思った。
「はいです。そこからだと町のどこへ向かうにしても便利なのです」
簡単な地図も掲げられているという親切設備だとティルダは説明した。
「あとはいろいろなお店が並んでいる商店街です」
「お、それは見てみたいな」
買う買わない以前に、今の文化を知るのは大事だとゴローは思っている。
「それに工房街もありますです」
「けっこう見て回るところは多そうだな」
その他にもお勧めの店やエリアを2、3説明したティルダは、大きくあくびをした。
「ああ、疲れているよな。悪かった。もう休んでくれ」
「ありがとうなのです……ゴローさんとサナさんは、2階の部屋を使ってくださいなのです……」
いくらドワーフが頑丈な身体を持っているとはいえ、シャリバテで倒れていたところを助けてからこっち、ずっと働きづめだったティルダ。
ゴローとサナはこれくらいでは疲れたりしないのでうっかりしていたのだ。
「なあ、風呂ってないのか?」
「お風呂ですか? うちにはないのです。共同浴場ならあるのですよ」
「そうか……」
ゴローはちょっと考えてから工房へ向かった。
「ゴローさん?」
ティルダが声を掛けたので、ゴローは工房から手招きをする。
「はい?」
ゴローは工房奥に鎮座する、金属冷却用の水槽の前にいた。
水槽の大きさは小さめの浴槽くらいある。
中は綺麗に掃除されていたので、
「これなら使えるな」
と、ゴローは水属性魔法を使った。
「『水』『しずく』『熱い』」
お湯を出す魔法である。『水』『しずく』と同じで『熱い』という形容が加わっていることだけが違う。
これで出されたお湯は、魔力が水の形を取っているので、魔力がなくなれば霧散してしまう。
だが、水であったときの効果は残るので、洗い物には重宝するな、と思っているゴローなのだ。
そして今回は洗い物ではなく『風呂』を作っていた。
人間の魔導士なら『オド』を使い果たしてしまうほどの長時間でも、人造生命であるゴローなら何のことはない。
その心臓部にある『哲学者の石』は無尽蔵の魔力を生み出してくれるのだ。
10分ほどで水槽はお湯で一杯になった。
ゴローは手を入れてみて、その温度が風呂として適温なのを確認する。
「さあティルダ、どうぞ」
ゴローは、ぽかんと口を開けて自分のすることを見ていたティルダに声を掛けた。
「はっ……ゴ、ゴローさん、なんなんですか、これはあ!!」
「何って、風呂だよ」
「お、お風呂!? た、確かに……」
「あのな、このお湯、俺が気を抜くと消えてしまうから、早く入ってくれ」
するとティルダは顔を真っ赤に染めた。
「は、入れと言われても、困るのです……」
「あ、ああ、そうか……ごめん」
さすがにゴローが見ている前で入浴しろというのは無茶だったと悟り、
「後ろ向いてるから」
と言ったのだが、
「それでも無理なのです!」
と断られてしまった。
そうやって押し問答をしているうちに、ゴローがふっと気を抜き、お湯は魔力に戻ってしまう。
「ああ……」
「ご、ごめんなさいなのです。でも、男の人の前でお風呂には入れないのです……」
「そうだよな……ごめん」
「なに、やってるの?」
と、そこにサナがやってくる。ゴローは、
「ティルダ、サナの前でならいいか?」
「ええ!?」
ティルダは少し驚いてサナを見る。
「?」
サナは何が何だかわかっていないようだ。
「え、ええと、サナさんなら、まあ……」
「よし」
そこでゴローは、サナに風呂を作る話をした。
「俺たちはともかく、ティルダは風呂で身体を休めれば、明日も元気に仕事ができると思うんだ」
と言えば、サナも納得してくれた。
そして、
「『水』『しずく』『熱い』」
ゴローと同様に、水槽にお湯を満たしていく。
10分後、
「はわわ〜……いい気持ちなのです……」
とろけそうな顔で入浴するティルダの姿があったのである。
そして、入浴によって疲れも抜けたティルダは、自分の寝床で夢も見ずに朝までぐっすりと眠れたのだった。
「これでよかったの?」
「ああ。仕事を依頼した側としては、ベストの状態で仕事をしてもらったほうがいいわけだからな」
「確かに、理に適ってる」
ゴローとサナは、すやすやと眠るティルダの隣の部屋で夜通し語り合うのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は8月22日(木)14;00の予定です。
20191212 修正
(誤)このあたりが、知識として持っているだけの限界であった。
(正)このあたりが、基礎知識だけしか持っていない者の限界であった。




