09-31 そして、朝
『空気の壁』。それは弓矢を防ぐことのできる防御魔法である。
「サナはできるはずだから、ゴローも習っておきな」
「あ、はい」
「その間にあたしは、『空気の壁』を発動できる魔導具を作っておくよ」
「お願いします」
ハカセにとって、そうした魔導具を作るのは片手間のようだ。
そしてゴローは、サナから猛特訓を受けていた。
「違う。それはただ風を起こさないだけ。空気を固定するのとは違う」
「もうちょっと具体的にだな……」
「そうはいっても、こればかりは感覚でつかんでもらわないと困る」
「……もう一度使って見せてくれ」
「うん。……『空気の壁』」
「もう一度」
「『空気の壁』」
「もう一度」
「『空気の壁』……どう?」
「うーん、なんとなくわかってきた。こうか? 『空気の壁』」
ゴローの正面の空気が揺らめいた。
「そう。だいたいそれでいい。あとはそれを自分の好きな形に展開する練習」
「わかった。……『空気の壁』」
そんな練習を経て、ゴローはなんとか『空気の壁』をものにしたのであった。
* * *
朝飯前、というより晩飯後、ハカセは『空気の壁』を作り出す魔導具を皆に披露してくれた。
「ただ問題はね、これを発動すると自動車はともかくヘリコプターは飛べなくなるよ」
「ああ、それもそうですね」
空気を魔力で固定する、という魔法らしいので、風すらも起きなくなるわけだ。
空気分子が停止したら温度が絶対零度まで下がるんじゃないかなあ、とゴローの『謎知識』が囁いているが、それは口に出さないゴロー。
魔法のある世界の物理法則が『謎知識』と一致する保証はないからだ。
閑話休題。
「それでしたら、ヘリコプターは一気に高度を取り、高高度で王城に向かいましょう」
ゴローが言った。
「なるほど、そうすれば着陸時は衆人環視の中だろうから、狙撃されてもこちらの責任にはならないねえ」
リスクがあるとすればここを出発する時だろう、とハカセ。
「なら、『アルエット』で釣り上げたら?」
「え?」
「『アルエット』は魔法で浮いているから、『空気の壁』とは無関係」
「ああ、高度を取ったらローターを回せばいいねえ」
「やってみる価値はありそうですが、ワイヤーを引っ掛ける場所がローター軸しかないですよ」
「そうなるとローターを空転させるわけにもいかないか」
「はい」
その場合、ローターが静止した状態で『アルエット』から切り離すことになり、大急ぎでローターを起動してもいくばくかの落下は免れない。
しかもローターの回転が不十分なので安定性も悪い。
どんな危険があるか想像もつかなかった。
「そのアイデアは没だねえ」
「残念」
ハカセにも言われ、サナはすっぱりと諦めた。
「じゃあ、飛び立つ時は周りに『空気の壁』を作ればいい」
「……サナならできるかもねえ……うん? ああ、そうか……」
「ハカセ? どうしました?」
なにか思いついたらしいハカセに、ゴローが尋ねると、ハカセは説明してくれた。
「そうさ、何も『空気の壁』で全部を覆わなくてもいいんだよ」
「はい?」
「あたしは『空気の壁』でヘリコプターを全部覆うつもりだったのさ。でも、考えてごらん。上から銃で撃たれるはずはないだろう?」
「あ、それは確かに」
「で、真下からも、まずない」
そんなことをしたら目立つからだ。また、ダウンウォッシュ(吹き下ろしの風)で真下には居づらいだろうと思われる。
狙撃であれば遠方からなので、側面に『空気の壁』を展開していれば高い確率で防げるだろう、というわけである。
「だから、周囲を円筒状にぐるっと覆えばなんとかなるんじゃないかねえ」
「そうですね……ローター直径よりも大きな円筒状に、なら」
「うん、ちょっと作り直してくる」
ハカセはまた奥へ引っ込んだ。
そして20分ほどで戻ってくる。
「できたよ」
「早いですね」
「さっきのを改造しただけだからね」
スイッチの切り替えで球状と円筒状の切り替えもできる、とハカセ。
「すごいですね……これ、一般公開しないほうがいいですよ」
アーレン・ブルーは感心するとともに、この魔導具がもたらす影響の大きさに少し危惧を抱いていた。
「戦争に利用されたら嫌ですから」
アーレン・ブルーはきっぱりと言った。
「銃もそうでした。広めないほうがいい技術というものも確かにあるんですよ」
「アーレン、あんたもやっぱりアオキの子孫だねえ。言うことがよく似ているよ」
「そ、そうですか?」
「そうさ。あいつも、人を傷つけるような技術は大嫌いだったからね」
「そうなんですね。……ありがとうございます」
思いがけなく遠い先祖の話を聞けたアーレン・ブルーは、ハカセに礼を言ったのだった。
* * *
「それじゃあ、この円筒状の方を起動して休むとしようかね」
「そうですね」
「もしかしたら今夜も、侵入者があるかもしれませんしね」
人間の突進くらいなら妨害できる、とハカセは言った。
それで、自動車とヘリコプター両方を包み込む大きさで『空気の壁』を展開し、一同休むことにする。
30人の兵士による警護と、『空気の壁』、それにフロロ、マリーの守護。
これだけ手を打っていればまず大丈夫だろう。
ハカセもゴローもサナもティルダもアーレンもルナールも、安心して床についたのであった。
* * *
そして、これだけの準備をして待ち構えて(?)いたためか、何ごともなくその夜は過ぎていったのである。
* * *
翌朝。
「何もなかったわよー」
「何ごともありませんでした」
早起きしたゴローとサナは、フロロとマリーから報告を受けていた。
「まあ、何ごともないのが一番だ」
「うん」
「だけど、そう思って安心した隙をついて……ということもあるから、納品まで油断しては駄目だぞ」
「わかった」
『謎知識』が『油断大敵』だの『フラグ』だのとゴローに囁いていた。
「あとは……ティルダ、ルナール、ハカセ、今日の午前中は外出しないでくださいね?」
「うん? 何かあるのかい? まああたしゃ外出なんてしないけどさ」
「いえ、パターンの1つとして『人質を取る』というのがあるんですよ」
「人質に取って納品させないよう脅迫するってのかい?」
「はい」
「それも『謎知識』かい? よくまあ、そんなことを思いつくねえ」
ハカセは感心するやら呆れるやら。
「でもまあ、わかったよ。ティルダ、ルナール、午前中は屋敷にいること。いいね?」
「はいなのです」
「はい、わかりました」
『謎知識』に基づいた忠告もし、ゴローたちは納品の準備をする。
『新型ヘリコプター』は空から、『自動車』は道路を走って王城前広場へ向かうのだ。
ゴローが『新型ヘリコプター』を操縦。『空気の壁』はハカセが作った魔導具が受け持つ。
そしてアーレンが自動車を運転し、サナが助手席で『空気の壁』を展開していくことになっている。
「自動車は走らせて行っていいのかな……」
「今更何を言ってるんだい」
ゴローの呟きをハカセが聞き咎めた。
「いえ、新車の納品って、専用の台車に載せて引っ張っていくといいかなと思って」
「引っ張るのも自動車かい?」
「ええ、まあ」
「なるほどね。今回は無理だけど、それなら守りやすいねえ」
とはいえ今回は無理。
「それじゃあ、アーレンとサナが先に出発してくれ」
「わかりました」
「うん」
速度の差があるので、自動車が先に出発することになる。
その10分後にゴローも出発する。
「何ごともありませんように……」
見送ったティルダにできることは、ただ無事の納品を祈るだけだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は4月10日(日)14:00の予定です。
20220407 修正
(誤)「あたしは『空気の・壁』でヘルコプターを全部覆うつもりだったのさ
(正)「あたしは『空気の・壁』でヘリコプターを全部覆うつもりだったのさ
20220707 修正
(旧)『空気の・壁』
(新)『空気の壁』
18箇所修正。