09-30 納品前の警備
自動車とヘリコプターは翌日の朝8時に王城前広場へ運ぶということに決まった。
その間、盗まれたり破壊工作を仕掛けたりされないよう、王城から兵士がゴローの屋敷の周りを警護することとなったのである。
「完成報告を受け、それを認めた以上、今後のトラブルは王家の責任になるからな」
とはローザンヌ王女の言葉。
一方モーガンは黒装束3人を連行していった。
「お茶でも出してくれぬか、ゴロー」
「あ、気が付きませんで。マリー、頼むよ」
「はい、ゴロー様」
王女は警備の兵士がやって来るまでゴローの屋敷に留まっているのだ。モーガンもおらず、付いてきた2人の兵士では頼りないためである。
「いや、ご苦労だった。が、ゴロー、自動車を作り直したということは、予算をオーバーしたのではないのか?」
「まあ……それはこちらの不手際ですから」
「うむ、『職人の誇り』とかいうやつだな!」
「そう……なんでしょうか」
「そうだとも! だから誇ってよいぞ」
「ありがとうございます」
「うむ」
ローザンヌ王女はゴローの返事に満足し、ちょうど今マリーが淹れてくれたお茶を口にした。
「うむ、いつもマリーのお茶は美味いな」
「おそれいります」
「それで、どうしてここまで早く出来たのだ?」
「頑張った……他に、『標準部品』があったからですね」
「標準部品?」
「はい。タイヤ、ハンドル、シート、ペダルなどは標準化され、自動車同士で共通化されていますので」
「なるほど、一から作る必要がなかったわけだな」
「そうです」
ローザンヌ王女の理解は早かった。
「うむ、ゴローよ、その考え、王城の工房にも教えてよいか?」
「もちろんです。というか、王家が率先して『標準化』に動いていただけると助かります」
ゴローは工業製品の基本部品が標準化された場合の利点を説明した。
「なるほどな。ネジ、釘も標準化の対象なのか……」
「そうです。各工房や工場で勝手な規格を使うより、統一したほうが国の、国民の利益に繋がります」
工房からの反発はあるかもしれないけれど、とゴローは言った。
「そうだな。私から働きかけてみよう」
「お願いします」
短期的な反発や混乱はあっても、中長期的に見たら大きなメリットがあるはずなのだから。
工業化の初期に標準化ができれば、以後の発展にも大いに寄与するだろうと思われた。
「うむ、任せておけ」
頼もしきローザンヌ王女であった。
* * *
ゴローのラスクを食べながらマリーのお茶を飲む。
のんびりとした時間……のはずなのだが。
「あの3人、どうやって捕まえたのだ?」
「ええと、それはフロロとマリーのおかげというか……」
多少物騒な話になるのは致し方ない。
「ほう。やはりこの屋敷は凄いな。王城よりも安全なのではないか?」
「さすがにそれはないと思います」
単純な数の暴力には敵わないだろうとゴローは思っている。
だが、それでもハカセならなんとかしてしまいそうだが、それは黙っていた。
「……だが、不埒な奴らだ。王家が依頼した自動車を盗み、ヘリコプターを壊そうとするとは」
「それは、本当にそう思います」
「うむ。何としても黒幕……依頼主を見つけねばな」
そのためにはあの3人が重要だろう、とローザンヌ王女は言った。
「……あいつら、尋問されるんだろうな」
「うん。でも、私が聞いたこと以上のことは知らないと、思う」
「そうか、サナも奴らを問いただしたのだったな?」
「はい」
「その、3人は金で雇われたらしいです」
そこから糸を手繰れるのではないかとゴローは言った。
「ほう。……どうなのだ、サナ?」
「……難しいのでは、と思います」
「なぜだ?」
「直接顔を合わせていないようなのです。声も発しないで、筆談だけで指示を出した、と」
「慎重な奴なのだな」
「はい」
だが、モーガンたちの所には、そうした尋問の専門家がいるはずだから、サナができなかったような方法でもう少し情報を引き出せるのではないかと王女は言った。
「一見関係ない質問からも、情報を得ることはできる……らしいぞ?」
「そうなのですね」
サナは尋問については素人なので、専門家に劣るのは致し方ない。
尋問の得意なサナなんて嫌だ、とゴローは思ったのだった。もちろん口には出さなかったが。
* * *
モーガンは30分後に戻ってきた。
配下に3人を任せてきたのであろう。
「姫様、お待たせしました」
「うむ」
そしてモーガンは兵士30名も連れてきた。
「よいか、明日までこの屋敷に何人たりとも侵入させてはならんぞ!」
「はっ!」
ローザンヌ王女自ら兵士たちに指示を与え、屋敷の周りに展開させたのだった。
「ではな、ゴロー、サナ。明日の納品、楽しみにしておるぞ」
「はい、殿下」
そしてローザンヌ王女はモーガンと共に帰っていったのである。
* * *
「やれやれ、明日になれば、この心労ともおさらばか」
「……ゴロー、今夜も油断できない」
「やっぱりそう思うか?」
「え? どういうことです?」
夕食の時間、ゴローの呟きにサナが応じ、ティルダが疑問を口にした。
「いや、あの3人が失敗したことを知ったなら、次の手を講じてくるんじゃないかということさ」
「そ、それは困るのです」
「だよなあ。……いっそ、ヘリコプターは一晩中飛ばしておこうか?」
そうすれば大抵の攻撃は届かないだろうとゴロー。
「近所迷惑、かも」
「それはそうだが……あ、じゃあ、『アルエット』で釣り上げておこうか?」
「うん、それなら。でも、自動車は?」
「そうだなあ……」
重量的に、ヘリコプターと自動車の両方を釣り上げるのは『アルエット』といえど無理であった。
「ここはみんなで交代して、寝ずの番をするというのはどうでしょう?」
アーレン・ブルーが提案した。
「それだろうな」
「うん。あと、フロロとマリーにも協力してもらう」
「だなあ」
実際のところ、ゴローとサナは眠る必要がないので寝ずの番には最適なのだが、そのことはまだ秘密である。
なので交代制にしておき、休んでいる時間帯にも警戒を怠らない、とゴローとサナは『念話』で密かに打ち合わせていた。
* * *
「まっかせなさーい!」
フロロは喜んで引き受けてくれたし、
「はい、お任せください。侵入者は決して許しません」
とマリーもやる気を見せている。
「あの3人は城壁の上から来たんだったな」
「そうよー」
「……今夜は城壁の上にも兵士が目を光らせているわけだが」
「うん、来ないかも」
「そうするとさ、明日運ぶ際に何かしてくる可能性もあるわけだ」
「うん」
「銃撃……とかさ」
以前ゴローは銃で狙撃されたことがあった。
距離があった上丸い弾だったため、人造生命であるゴローには効かなかったが。
「そんなことがあったって言ってたねえ。……なら、『空気の壁』を掛けておくかねえ」
ハカセが言った。
「それなら、弱い弾くらいなら防げるよ」
「そうですね、お願いします」
「任せときな」
こうして、徹夜で番をするとともに、翌日の運搬時に狙撃をされる可能性も考慮し、できるだけの手を打たんとするゴローたちであった。
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次回更新は4月7日(木)14:00の予定です。
20220403 修正
(誤)モーガンもおらず、付いてきた2人兵士では頼りないためである。
(正)モーガンもおらず、付いてきた2人の兵士では頼りないためである。
(誤)「そうです。各工房や工場で勝手な企画を使うより
(正)「そうです。各工房や工場で勝手な規格を使うより
(誤) ローザンヌ王女自ら兵士たちに支持を与え、屋敷に周りに展開させたのだった。
(正) ローザンヌ王女自ら兵士たちに指示を与え、屋敷に周りに展開させたのだった。
20220707 修正
(旧)『空気の・壁』
(新)『空気の壁』
20220715 修正
(誤)ローザンヌ王女自ら兵士たちに指示を与え、屋敷に周りに展開させたのだった。
(正)ローザンヌ王女自ら兵士たちに指示を与え、屋敷の周りに展開させたのだった。