09-28 守護者たち
ゴローたちがハカセの研究所で必死になって自動車の再製作をしていた頃、つまり真夜中。
王都の片隅では不穏な囁きが交わされていた。
(……この屋敷か?)
(そうだ)
(……今度は盗み出さなくていいんだろう?)
(うむ。適当にぶち壊せばいいらしい)
(楽だな)
(ああ。『無音』を使えば、音は漏れないからな)
(それは任せてもらおう)
そんな会話が交わされた場所は、王都の北西の隅。
つまりゴローたちの屋敷である。
会話をしていたのは黒装束に身を包んだ3つの影だった。
(古い屋敷だな)
(それだけに作りもしっかりしているな。これは、正面からでなく城壁側から回り込むのが得策だろう)
(賛成だ)
(よし)
手短にそんな相談がなされ、3つの影は城壁へと登っていった。
* * *
城塞都市である王都の城壁の上は、一般人立入禁止である。
ゆえに定期的な兵士の巡回がある。
また、城壁の8箇所……北西、北東、南東、南西の4隅と、東西南北の城門の上には監視櫓があって常に兵士が駐留している。
余談だが、最外周の屋敷は、それなりに家の格が高い家、あるいは古くからの住民が多く、王都の守りの一部を任されている。
ゴローの屋敷も例外ではなく、元近衛騎士隊隊長、現隠密騎士中隊長であるモーガンが見込んだから住むことができているともいえる。
そんな屋敷なので王族も出入りしているわけだ。
さらに言えば隠し通路があるのも、そうした家柄の者が住んでいた屋敷だからである。
閑話休題。
3つの影……3人の黒装束は城壁の上を伝い、ゴローの屋敷の裏手へと向かった。
事前に調べてあるので、兵士の巡回と巡回の隙間を縫うようにして行動している。
(よし、ここから下りよう)
(うむ)
城壁に面した敷地内は鬱蒼と茂る森となっており、下りてしまえば城壁の上から見つかることはない。
3人の黒装束は城壁の外壁に仮固定したロープを使ってゴローの屋敷の北側に下り立った。
そして身軽な動作で木々の間を抜け、屋敷へ迫る……はずだった。
「何だ!?」
思わず声に出してしまうほど、3人は意外な状況に出っくわしたのである。
それは、淡く光る『何か』。
大きさは大人の拳くらいで、明るさはロウソクくらい。
色は赤・黄・緑・青・紫・白など千差万別で、ふわふわと漂うように木々の間を飛び回っている。
日本人なら『人魂だ』とでも言ったかもしれないが、この世界にはそういった概念はない。
「な、なんだ、これは……?」
「わからん……」
息を潜めるのも止め、声に出しての会話。
淡い光は3人の黒装束の周りをふよふよと飛び回っていた。
「くそっ、鬱陶しい!」
1人がその光に手のひらを叩きつけた。
ほとんど手応えはなかったものの、その光は吹き飛んでいく。
すると、残った光の玉はぱあっと蜘蛛の子を散らす様に四方へ飛び去っていったのだった。
(……何だったんだ……)
(わからん)
(魔物……でもなさそうだったしな)
(王都の屋敷に魔物が出てたまるか)
(いや、わからんぞ。王都の中といっても、ここは北西の外れ、外と大差ない)
(まあそうだが)
そんな囁きを交わしながらも3人の黒装束は森の中を抜けていく。
と、不意に声が掛けられた。
「あんたたち、誰?」
「え!?」
声の主を探そうときょろきょろと周囲を見回す3人。
だが人影は見当たらない。
「返事しなさいよ。……さては泥棒ね?」
「ええ!?」
「だ、誰だ! どこにいる!!」
「馬鹿やめろ。こっちの居場所がバレちまう」
「もうとっくにバレているわよ」
「なに!?」
「お前はいったい誰なんだ!?」
「それはこっちのセリフなんだけどなー」
そして声の主が姿を現わす……。
「あたしはフロロ。この庭を守る者」
その姿は成人女性。
だが、黄緑色の肌をし、木の葉を身体にまとい、深緑の髪はボサボサで、赤く熟れた木の実のような目をしており、口は耳まで裂けていた。
しかも、真っ暗闇のはずなのに、その姿がはっきりと見えるのだ。
ひと目で人間ではないとわかる。
「う、うわああああああああ!」
「ば、化け物だああああああ!」
「に、逃げろおおおおおおお!」
3人は驚き慌て、声をひそめるのも忘れて絶叫しながら逃げ出したのだった。
「あーらら、逃げてっちゃった。意気地なしねえ」
配下のピクシーから『不審者がいる』と報告された『木の精』のフロロは、わざと不気味な姿に化けて侵入者を驚かしたのだった。
夜中は『陰の気』が強く、精霊の力が増すのでこうした悪戯もできるのだ。
「あとはマリーに任せようかしらね」
* * *
「はあ、はあ、はあ」
「ぜい、ぜい、ぜい」
「ふう、ふう、ふう」
3人は木の根に躓き、枝に顔をぶつけ、茂みに服を引っ掛けながらも森を抜け、屋敷にたどり着いた。
(い、一体何だったんだ?)
(わからん……)
(……古い屋敷だから、化け物が住み着いているのかもな)
(嫌なことを言うな)
(だが、もうここまで来た)
(ああ。あと少しで礼金いただきだぜ)
そして3人の黒装束は、屋敷の壁づたいにゆっくりと進んでいく。
目的地は工房であろう。
(しかし、その製作している何やらを壊せばいいのだろう?)
(そう聞いている)
(壊すだけで礼金がもらえるんだ、ちょろいもんだぜ)
そして3人の黒装束は工房らしき場所にたどり着いた。
(ここらしい)
(この中にヘリなんとかがあるのか?)
(事前の情報ではな)
(よし、とにかく中を確認しよう)
ということで、3人の黒装束の1人が工房の扉の鍵を開ける試みを行う。
元々複雑な鍵を取り付けてあるわけではないので、1分ほどで解錠は成功した。
(いいぞ。中を見てみようではないか)
(おう)
そして『無音』を使いながら扉を開けた。
「おお」
「これは……」
そこには広い空間はあれど、ヘリコプターの影も形もなかったのである。
その代わりに……。
「いらっしゃいませ」
「!!??」
侍女服姿の少女が3人を出迎えたのである。
彼女が何者であろうと、秘密裏に忍び込む、という3人の行動は失敗している。
いや、それ以上に『見つかった』事実が3人を焦らせていた。
「逃げるぞ」
「わかった」
「急ごう」
顔の大半は黒い布で覆っているので人相を見られるおそれはなかったが、発見された時点でこの作戦は失敗である。
3人の黒装束は大急ぎで工房を出ようとしたのだが……。
「で、出られない!?」
「扉が開かない!」
「くっそ、どうなってやがるんだ!?」
焦る3人。
だが、閉ざされた窓も扉も開けることができなかったのである。
「そんなにお急ぎにならず、どうぞゆっくりなさっていってください」
「こ、こいつは何だ!?」
「そういえば、聞いたことがあるぞ。この屋敷には『屋敷妖精』が棲み着いているって」
「そ、それじゃああの女は……」
「私がなにか?」
「うわあああ!!」
いきなり後ろから声を掛けられ、黒装束の1人は飛び上がらんばかりに驚いた。
「仰るとおり、私は『屋敷妖精』です。このお屋敷を守る存在です」
「と、扉が開かねえ」
「あなた方の目的は窃盗ですか? それとも破壊ですか?」
「くそっ! 完全に失敗だ!」
「あなた方に依頼したのは誰ですか?」
「今夜中に帰れるかどうか怪しいな」
「……質問に答えてくださいませんか?」
3人の黒装束には、急に室内の温度が下がったような気がしたのであった……。
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次回更新は都合により3月29日(火)14:00の予定です。