09-26 対策
「あとは……ハカセとフランクに手伝ってもらったらなんとかならないかな」
「なんとかなるかもですね」
「自動車用の標準部品は、ブルー工房にまだあるんだろう?」
「ええ。タイヤとか、ハンドルとか、ペダルとか、座席とか」
「それなら多少楽になるな」
細かな付属部品、アクセサリー類を一から製作するのは意外と時間と手間が掛かるものだ。
そうした物が既にあるなら、再製作するにしても楽になる。
「そうしたら、一番問題なのはエンジンか?」
「そうなりますね。あと『魔力充填装置』とか『外魔素取得機』とか」
「ああ、そっちは一品生産だっけ」
「そうなんです」
「そっちはハカセに頼んだほうが早そうだな……」
万が一にダブついたとしても無駄にはならない重要部品である。
「今夜、一緒に研究所へ行こう」
「お願いします」
「あとは、『新型ヘリコプター』は間に合うだろうから、自動車の方はもう1日待ってもらうという交渉もありだな」
と、ここでゴローははたと気が付いた。
「犯人の目的が何かわからないが、こっちにも来る可能性があるな」
「あ、そうですね!」
ヘリコプターも盗まれる可能性があるというわけだ。
「……アーレン、今から外板を付けてくれないか? 今夜は『新型ヘリコプター』も研究所に持っていこう」
「わかりました。その方が安心ですね」
そういうわけでアーレンは『新型ヘリコプター』に外板を取り付け始めた。
これができてしまえば、長距離の飛行も可能になるというもの。
研究所に持っていってしまえば、盗まれる心配はなくなるといっていいだろう。
もっとも、ゴローの屋敷のセキュリティは非常に高いのだが。……主に『屋敷妖精』のマリーがいてくれるから。
* * *
「どうやったら盗み出せるか、考えてみよう」
外板を張り終え夕食を待つ間、ゴローが犯人の立場になって考えてみよう、と提案した。
「どうやったら盗めるか、ですか」
「そう。同じことを自分がやるとしたら、を考えてみたら、何か手掛かりが掴めるかもしれない」
「なるほど……」
アーレンも納得し、考え始めた。
「……まず、昼食の時間が30分くらいあることや、その時には組み立て工場がほぼ無人になることを知らないと実行できませんね」
「うん、なるほど」
「工房の職人なら皆それを知っていますが、僕も一緒に昼食を食べていたので、全員がいました」
「なるほど。つまり組み立て職人は完全にアリバイがある、と」
「ありばい?」
「アリバイっていうのは、犯行に関わっていないことを証明する事実……かな。現場不在証明、ともいうな」
『謎知識』から用語を引っ張り出して説明するゴロー。
「あ、なるほど。確かに職人さんたち全員にその『アリバイ』があります」
「あとは、アーレンと一緒に昼食を食べていなかった人はどのくらいいる?」
「秘書のラーナとか、他の仕事をしていた人とか……10人くらいはいますね」
「組み立て工場がその時間に無人になることを知っているような部外者は?」
「素材を納品に来る業者なら知っているかも」
「うーん……」
探偵ではないので、そうした人物がいると聞いただけではなんとも判断ができないなとゴローは内心で苦笑した。
「……じゃあ、次だ。不在の30分に自動車を持ち出すのはどうすればいい?」
現場をよく知っているアーレンに考えてほしい、とゴローは言った。
「そうですね……」
「物音については無視してみてもいいぞ」
音に関しては、以前ハカセが『音を遮る結界』があるようなことを言っていたことを思い出したのである。
「あ、それなら、だいぶ楽になります。組み立て工場には人間用の出入り口の他に、大物を運び出すための扉がありますから」
その扉は工房の敷地内から通りに向けて作られているということだった。
「ですがそっちは常時鍵が掛けてあるんですよねえ。盗まれた後も確認しましたが、ちゃんと中から施錠されていました」
「そうか……」
だが、これで少し道が見えてきた……ような気がするゴローである。
「じゃあ、『音がしないように』扉を開けて、『音を立てないように』自動車を通りに出して、『音がしないように』扉を締めて、『中から』施錠すればこの犯罪は可能ということになる」
「それはそうですけど……それなら、通りを見慣れない自動車が走っていったのを見た人がいるんじゃないでしょうか」
「ありえるな。聞き込みをしてみる必要もあるだろう」
「ですが、それを一般人がするには……」
「……そうだな。こういう時は……」
「モーガンさんに、相談する?」
ずっと黙っていたサナが口を開いた。
「そうだな。モーガンさんには事情を話したほうがいいな」
「うん」
「そうですね……」
隠し通せるものでもなし、時間をおけばおくほど打ち明けるのが気まずくなる、とゴローは言った。
「確かにそうですね」
「だから、これから行ってくる」
夕食にはまだ時間があるので、ゴローはモーガンに説明してくる、と言って出掛けたのだった。
* * *
「な、なんだと!?」
モーガンに事情を話すと、案の定驚き、
「どこの不埒者だ! 王家が依頼した製品を盗み出すとは!!」
と、激怒した。
「そのことでご相談したく……」
怒りの収まらないモーガンに、ゴローは考えを述べていく。
最初のうちは表情に怒りをにじませていたモーガンだったが、ゴローの話を聞くうちに冷静さを取り戻してきた。
「ふむ、なるほど、聞き込みか。確かにそれは民間人にはできないな。わかった、すぐに取り掛かろう」
「ありがとうございます」
「ブルー工房周辺で、昼過ぎに自動車を見なかったか確認すればいいんだな?」
「はい」
ゴローが頷くと、モーガンは、
「うーむ……」
と、考え始めた。
「どうしました?」
「うむ、聞いて回るなら、自動車だけでなく、不審な荷車や馬車も含めたほうがいいと思ってな」
「あ、積んでいった可能性ですか?」
「そうだ。それに、自動車に偽装を施して馬車に見せかける、ということも考えられる」
「確かにそうですね」
さすがモーガン、現隠密騎士中隊長だ、とゴローは感心した。
「それでお願いします」
「うむ。……殿下にはどう伝えるべきかな?」
「そうですね……」
ローザンヌ王女が聞いたら、モーガン以上に激怒しそうである。
しかし、伝えないわけにはいかないだろうし、後になればなるほど事態はまずい方向に進むのではないかとゴローには思われた。
「早めにお伝えしていただいたほうがいいのでは」
「うむ。私もそう思う。しかしそうすると十中八九……いやほぼ確実に、ブルー工房ないしゴローの家に突撃なさるぞ」
「そうでしょうね……」
王女の性格を考えれば当然のこと。
「でしたらいっそ、俺のところにいらしていただければ」
ブルー工房に王女殿下が駆けつけたら大騒ぎになりそうだとゴローは想像した。
その点、ゴローのところなら多少穏やかに対応できるのではないかと考えたわけだ。
「うむ、そうだろうな。済まんが頼む」
「はい。……それに、戻ってこないことも考えて、なんとか1日遅れくらいで間に合わせられないか、検討中です」
「なんと、そこまで考慮していたか。わかった。そちらは頼む。捜索の方は任せてくれ」
「はい」
こうして、モーガンに捜索を依頼したゴローは大急ぎで屋敷へ戻ったのだった。
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次回更新は3月20日(日)14:00の予定です。