09-25 トラブル
午前中に、『新型ヘリコプター』の9割ができあがった。
まだ外板は取り付けていないので、シースルーあるいはスケルトンモデルのようだ。
「ゴローさん、この状態で飛べますか?」
アーレン・ブルーがゴローに尋ねた。
納期まで日数がないため、試運転は外板を張る前に行いたいというわけだ。
「できなくはないが……」
キャビンもコックピットも骨組み状態なので、おそらくもろにローターブレードからの風を受けるだろう。
それは、完成形にくらべ、空力的にも条件が違いすぎるはずだ。
「ああ、そうか……」
「せめて、居住空間だけは覆ってくれ」
「わかりました」
ゴローの説得に納得したアーレン・ブルーは、必要最低限の外板を取り付けに掛かった。
* * *
屋敷の庭にて。
昼食を挟んで、『新型ヘリコプター』の試運転が行われる。
操縦系統、制御系統、安全装置などは全て取り付け終わっているので、その点は安心である。
「外板がないから、音の響き方も多分変わっていると思うけどな」
「ですね。……きちんと音の大きさを測定できるといいですね」
「そうだな」
今のところ『騒音計』『音圧計』といった測定器はない。
なのでヘリコプターの発する音の変化はサナの『聴覚』に頼っているのだ。
サナの感覚器官はゆらぎが少なく、それを受け取る脳も人間とは比較にならないほど強固で安定している。
なので測定器たりうるのだ。
〈エンジン始動〉
念話でゴローがサナに伝える。
ヘリコプターの轟音と、短距離にせよ飛び上がってしまえば、肉声は届かなくなるので、最初から『念話』を使っているのだ。
〈うん、気を付けて〉
そう『念話』を交わした直後、ローターが回転を始めた。
滑らかに回転数が上がっていく。
〈うん、十分音は小さい〉
〈そっか〉
『雷鳴』での実験は何度も行っているが、『新型ヘリコプター』の運転は初めてなので、効果ありと言われてゴローはほっとした。
そしてさらに回転数を上げると、『新型ヘリコプター』はふわりと空中に浮かび上がった。
〈お、やった〉
〈どんな感じ?〉
〈『雷鳴』より若干スムーズだな〉
元々最大で6人乗りプラスアルファだった『雷鳴』。それを4人乗りとしたため、出力に余裕ができた。
が、ローターブレードの下面に『亜竜の翼膜』を貼って浮力を増すという『裏技』は使わないのでその点はほぼ相殺される。
その他に、回転部分の軸受けがより洗練されたことで、2パーセントほどだが最高回転数と出力が向上している。
とはいえ、安全性を高めるため、『雷鳴』の80パーセント程度までというデチューンがなされているが。
このデチューンはまた、静音化にも一役買っている。
〈操縦性は少しいい感じだな〉
〈それは朗報〉
〈安定性に関しては、外板がまだ完全じゃないからなんともいえない〉
〈うん、わかる〉
〈とりあえず下りるぞ〉
〈ごくろうさま〉
わずか2分ほどの試験飛行だったが、『新型ヘリコプター』はまずまず成功していると確信できたのだった。
* * *
「ゴローさん、それじゃあ外板を付けてしまいますね!」
「おう」
アーレン・ブルーは手際よく外板を取り付けていき、午後3時頃にはほぼ完成。
少し早いが、お茶を飲んだアーレンはブルー工房へと帰っていったのだった。
「順調だな」
「うん」
「ハカセのおかげでもあるな」
「そうだけど、今回のやり方もよかった」
基本は『雷鳴』で、そこに改良を加えたものというコンセプトのため、作業がやりやすかったというのは大きい。
「あとは自動車の方か」
「そっちは、あまり心配してない」
「だな」
* * *
だが。
「ゴローさん!」
帰ったはずのアーレンが、再びゴローたちのところへ戻ってきたのだ。
「助けてください!」
「ど、どうしたんだ?」
「じ、自動車が……」
「自動車が?」
「盗まれました!」
「ええっ!?」
「ど、どうしたらいいんでしょう……」
「とにかく落ち着け」
パニックを起こしかけているアーレン・ブルーを落ち着かせるため、ゴローはコップに水を汲んで差し出した。
アーレンはそれを一気に飲み干すと、ふう、と深い溜め息を1つ。
「……ちょっとだけ、落ち着きました」
「よし。もう少し詳しく話してくれ」
「はい……」
アーレン・ブルーによると、自動車の製作は順調だったという。
そう、今朝までは……。
「エンジンも取り付け終えて、僕が帰ったら試運転をしてみることになっていたんですよ。それが……」
「帰ったら盗まれていた、と」
「はい」
「犯人は?」
「それが、まるきりわからないんです」
「何で? 真っ昼間だろう?」
「そうなんですが……」
工房での証言を聞くと、昼休みを終えて組み立て工場に戻ってみると、ほぼ完成していた自動車が忽然と消えていたというのだ。
昼休みなので職人も技術者も全員留守にしていた隙に盗まれたらしい。
「といっても30分くらいなんですよね。ただ鍵は掛けていなかったそうです」
そもそもブルー工房の敷地内なので、夜以外鍵は掛けないのが普通だという。
「うーん……」
事情を聞けば聞くほど、不可解な事件だ、とゴローは感じた。
「考えなければいけないことは3つ。盗まれた自動車を取り戻すこと、犯人を捜すことと、見つからなかったらどうするかということだ」
盗まれましたので納期には間に合いませんでした、では通らないだろう、とゴローは言った。
「そうですね。ブルー工房は取り潰されるでしょうね……」
「……なら、犯人はブルー工房を疎んじてる者? それがわかれば自動車も取り戻せる?」
サナが思い付きを口にした。
犯人捜しと自動車を取り戻すことは、同時にできる可能性もある。
「そうだな。……しかし、犯人はどうやって自動車を持ち出したんだ?」
「そうなんですよ。元々工房の敷地内ですから、部外者は入ってこられないでしょうし、自動車に乗って出ていったとしても工房の者が誰もそれを見ていないというのも不自然です」
「……つまり、組み立て工場の中で消えた、ということ?」
「サナさんの言うとおり、それしか考えられません……」
「……つまり、転送された?」
「え?」
「え?」
『転送』という言葉を聞き、ゴローとアーレンはサナの顔を見た。
「サナ、なんでそんな発想に?」
「なんでもなにも、それしか自動車を運び出す方法がないから」
「いや、それはわかる。だけど、そんなことができるのか?」
「それはわからない。でも、そう考えて動かないと、いつまでたっても動けない」
「確かにな……」
「だから、転移で自動車が運び出されたと仮定して、それを見つけられるか、どうか」
「……無理だろ」
「無理ですね」
「うん、無理」
3人の意見は、『転移で持ち出されたものの追跡は無理』という結論になった。
これでは袋小路である。
「うーん……なんとか今日と明日で自動車を作れないかな?」
見つけるのが無理なら、もう1つの手段……納品を間に合わせるにはどうしたらいいか、という話になる。
「さすがに無理ですよ!」
「いや、1から作ったらそうだろうが、なんとか転用できないかな?」
「転用ですか……」
「最悪、うちの自動車を改造してもいい」
「それはできませんよ」
レア素材を使いまくっていることを知っているだけに、製品として世に出すわけには行かない、とアーレンは言った。
「そうか……」
問題は山積みである。
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次回更新は3月17日(木)14:00の予定です。