01-18 蛍光鉱物
放射線の検知、ということで、色々魔法を考えていたが、いい考えが浮かばなかったゴローとサナは、一旦ティルダの工房に戻った。
すると、
「あ、どこへ行っていたのです? もう晩ご飯ができているのです」
とティルダに言われてしまった。
そこで有り難く夕食をごちそうになることにする。
「これは……凄いな」
手先の器用なドワーフらしく、夕食はなかなか手が込んでいた。
買ってきたパンは、2セルほどの厚さに切って、チーズをたっぷり載せ、フライパンで焼いた。
「こうすると、外はカリッと、中はふわっとなるのですよ」
そしてチーズが軟らかくなって美味しさが増すのだ、とティルダは言った。
そして小麦粉と鶏肉、植物油とくれば『唐揚げ』である。
(唐揚げ、あるんだな……)
と、ゴローは半ば感心し、半ば残念に思った。
野菜は少量の鶏肉を加えて煮込む。出汁は鶏の骨があるのでそれを使った、とティルダ。
「こっちへ来て覚えた料理なのです」
どうやらこの町周辺で食べられているレシピらしい、とゴローは思った。
「これ、おいしい」
「あ、こら」
サナがさっそく唐揚げにかぶりついていた。
「ふふ、いいのです。少し遅くなってしまったのでお腹空いたと思うので。私たちも食べるのです」
「うん。いただきます」
「……それ、どこかの地方の食事の挨拶なのです?」
「うん、まあ、そうだが」
「そう言って食べ始めた人、ゴローさんの他に1人いたのです」
「えっ!?」
ゴローは驚き、そして尋ねる。
「ど、どこで会ったんだ!?」
自分が何者かわからない彼は、出自の手掛かりになるかも知れないと思ったのだ。
その剣幕に少し引きながらもティルダは答えた。
「シ、シクトマの町……なのです」
「そうか! それで、どんな人だった?」
そして少し冷静になったゴローは、自分がティルダに詰め寄っていたことに気が付く。
「あ、ごめん」
謝られたティルダは、首を横に振った。
「いいのです。何か事情があるのですよね?」
「う、うん、まあな」
「でしたら、無理もないのです。……ええと、その人は20歳くらいの人で、黒い髪に黒い目をしていたのですよ」
「そうか」
「名前はわからないのです。たまたま入った食堂で、そう唱えて食べ始めた人がいた、というだけなのですから」
「わかった。ありがとう」
自分が何者か探す旅、その目的が1つ見つかった、とゴローは少し嬉しくなった。
そして唐揚げを食べようとして……。
「ん?」
10個あった唐揚げが2つしか残っていないことに気付く。
「はむはむ」
8個はサナのお腹の中……のようだった。
「気に入っていただけてよかったのです……」
唐揚げは、1個はゴロー、もう1個はティルダが食べたのである。
パンとスープも美味しかったので、サナはどちらもお代わりをしていた。
* * *
「ところでゴローさんは、夕食前、何を慌てていたのです?」
食後のお茶を飲みながら、ティルダが尋ねてきた。
「うーん……」
ここは、ティルダの知恵も貸してもらったほうがいいかもしれない、とゴローは判断。簡単に説明することにした。
「ええと、あの『蓄光石』だけどな」
「はい、あれがどうかしたのです?」
「うん。……ああして光る石の中には、危険な光を出すものがあってさ」
「そうなのです? 危険というのは、どんな?」
「長い時間浴びていると、身体に不調が起きる、というような危険……かな。しかもそれは容易な手段では治らない」
「ふえええ!?」
ティルダの顔色が変わった。
「そ、そ、それは大変なのです!」
今にも椅子を蹴って飛び出して行きそうなので、ゴローは彼女を宥めた。
「落ち着いてくれ。必ずしもそうと決まったわけじゃない。だからこそそれを調べたいんだけど、いい方法が見つからないんだ」
その言葉を聞いて、ティルダは少しだけ落ち着いた。
「……で、どうやって調べるのです?」
「それなんだよなあ……」
ゴローは、その危険な光を遮る結界はあるが、それだけでは足りないんだ、と説明する。
「光源をその結界で遮って、危険な光が出なくなったかを調べる方法がない」
もちろん、遮る前にも危険な光が出ていないのが一番いい、とゴローは言った。
「つまり、その危険な光を感知する方法がほしいのですね」
「そうなんだよ」
「……難しいのです」
ティルダも交えて、3人は考えに考えた。
「そもそも、人が受けちゃ駄目な光、他のモノはどうなのです?」
当然の疑問であった。
「生き物はみんな害されると思うな」
ゴローが答える。
「木とか石は?」
「木も元は生き物だから何か影響がある……のかな? よくわからん。石は……石?」
「ど、どうしたのです?」
急に考え込んだゴローに驚くティルダ。だが、サナは冷静に告げる。
「いつものこと。そのうち戻ってくる」
その言葉どおり、すぐにゴローは口を開いた。
「……そうか、蛍光物質だ」
「……ほら。わけのわからないこと言い出した」
「わけのわからないことって……酷いな」
ゴローは不満を口にした。
「細かいこと、いちいち気にしない。で、何思い付いたの?」
細かくない気がするな……とぶつぶつ言いながら、ゴローは説明を始めた。
「ええと、石の中には、ある波長……特殊な色の光を当てると、発光する石があるんだよ。それを使えばわかるかも」
蛍光とは、高エネルギー短波長の光を照射することにより生じる発光のことで、一般には紫外線で光るものが多い。
光とは電磁波であるから、同じ電磁波である放射線でも蛍光を発する物質は多い。
それを利用したのが、一時問題になった『蓄光塗料』である。
特に、初期の『夜光塗料』はラジウムを使っていたため、作業者が被爆したことで知られる(ラジウム・ガール)。
そして、有名な蛍光鉱物である『蛍石』を加工して作られた放射線検出結晶というものもあるのだ。
その他にも、ジルコンや石英(水晶)なども放射線の影響を受けやすいという。
「水晶ならあるのです」
小さな結晶が引き出しから取り出された。
「これが光るの?」
「……わからん」
ゴローの謎知識はあくまでも『知識』であって、『経験』『実体験』を伴っていないのである。
「光れば危険だと言えるけど、光らないと安全とは言いきれないしなあ」
「……頼りない」
サナがぼそっと呟いた。
「そう言うなよ」
とりあえずそれを持って街灯へ向かうゴロー。サナとティルダも付いてきた。
街灯の光に水晶をかざす。何も起こらない。
『人造生命』であるゴローとサナの目で見ても、水晶は発光していなかった。
「……一応、安心なのかな?」
人造生命には破壊されるDNAはないので、被爆による健康被害はほとんどないと思われるのだが、友人となったティルダが心配だったのだ。
「よし、蛍光鉱物を片っ端から試してみよう」
ゴローはそう結論づけたのであった。
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次回更新は8月20日(火)14:00の予定です。