09-18 錬成
木属性と雷属性に曝す。
その方法を考えてみろとハカセはゴローに言った。
「属性を加えるんじゃなくて曝す……か」
その辺にヒントが有るのではとゴローは考えを巡らせる。
雷に曝す、のはだいたい見当がつく。
金属なのだから導電体なわけで、雷は電気であるわけで。
「雷属性魔法を使って素材に電流を流せば……」
「そう、雷属性はそれでいいよ」
ハカセはゴローの答えを肯定した。
残るは木属性である。
「うーん……木の棒でかき回すとか、木の器に入れるとか……」
「違うねえ」
「うーん……木の特徴は他に……」
考え込むゴローに、ハカセがヒントをくれた。
「材木だけが木の特徴じゃないよ。それに木属性というのは樹木だけを含むわけじゃないしね」
「え……ああ、植物全部が木属性ということですね」
「そうそう」
「うーん……かといって、草や木の葉というわけにも……うーん……」
「難しかったかね? 降参するかい?」
「いえ、もうちょっと考えて見ます」
「そうかい。頑張りな」
ハカセは加熱中のるつぼに意識を集中した。
そして1時間。
「各属性に対し、均等に曝していくのが難しいんだよ」
どれかの属性に偏ってはいけない、とハカセはるつぼを見ながら呟くように説明した。
それを見極めるのは並大抵の熟練度ではできない、とも。
とはいえハカセはやすやすとそれをこなしている……ように見える。
それを見ながらゴローは考えている。
(……うーん……待てよ? 木属性の魔法って……何だ?)
そこに思い至ったゴローは、木属性の魔法をよく知らないことに気が付いた。
ここはもう、ハカセに質問をしてみるしかないと、ゴローは口を開いた。
「ハカセ、木属性の魔法って何があるんでしたっけ?」
「お、そこに気が付いたかい。いい線だねえ。……木属性の魔法を使ったことがなかったのかい?」
「はい……」
「それじゃあわからないか。……まずは『成長』だね。これは植物の成長を促す魔法だよ」
「じゃあ、それを……いや、だめか」
「だめだね」
属性を付加するのではなく曝す。その難しさを痛感するゴロー。
「もう1つ教えておこうかね。……このやり方に絶対の正解はないよ。なにせ、『真の哲学者の石』を作ることは誰にもできていないんだからね」
つまるところ、幾つかのやり方が存在し、それを用いて『疑似』哲学者の石を作れるに過ぎないのだから、とハカセは言った。
「冷やす水に、植物の樹液を混ぜておくというのはどうですか?」
「お、いいかもね。水属性と木属性、両方いっぺんに曝せるね。でも、あたしのやり方じゃないよ」
「そうですか……なら、木を燃やした煙を満たした箱に一定時間入れておくというのは?」
「うんうん、それでもできそうだね」
だがこれもハカセのやり方ではないということだった。『できそう』ということは、実績がない、ということになる。
ゴローは更に考えた。
「木の葉や草の中に埋める……?」
「そう! だいたい正解だよ。あたしは針葉樹の木屑の中に埋めるんだよ」
冷ます際に、しばらくそうやって保持することで木属性に曝すことができる、とハカセは言った。
「簡単なようだけど、思いつくまでが大変だったろう?」
「はい、それはもう」
「多くの先人が、ゴローのようにアイデアを出し、それを検証し、うまくいくものだけを後世に伝えて……今に至るのさ」
「はい」
「そしてあたしたちもまた、自分の成果を後世に伝えていく。そしていつの日にか、理想の到達点に至るんだよ」
「なんとなく、わかります」
「そうかい。……ゴローとサナは、あたしより何倍も長く生きられると思うから、いつかその到達点を目にすることができるかもしれない。……できるといいねえ」
ハカセはそう言って笑ったのだった。
* * *
そして3時間が過ぎた。
「ハカセ、型の準備はできてる」
サナが石膏で作った型を持って研究室へ入ってきた。
見かけないと思ったら、ハカセの指示で型を作っていたようだ。
石膏が固まるのに時間が掛かり、今になったらしいとゴローは推測した。
「お、サナ、いいタイミングだね。あと少しでこっちも終わるよ」
最後の30分ほどは、特に真剣な目でハカセはるつぼを見つめていた。
るつぼの中には赤熱し、どろどろに溶けた金属が蠢いている……ように見えた。
実際には送り込まれる風で波立っているだけなのだが。
ゴローは、この送り込まれる風に酸素が含まれていないことに今更ながら気が付いた。
(そうか、酸化を防ぐため、窒素だけの空気を吹き付けていたんだな)
そんなことを考えているゴローの目の前で、ハカセはるつぼをるつぼばさみで掴んで持ち上げた。
「これを水属性魔法で冷やす。……サナ、頼むよ」
「はい。……『冷やせ』」
「おお」
水で冷やすのではなく『冷やせ』を使うとは、ゴローは意表を突かれた気がした。
あっという間にるつぼは冷え、溶けた金属も固まる。
「さあ、これを今度は『基材』に吸収させるよ」
「はい、用意はできています」
アーレン・ブルーが『第一質料』を吸収したはずのパラジウムを持ってやって来た。
「よしよし、いいタイミングだよ」
ハカセは固まった金属を天秤ばかりで重さを計り、それと同じだけの『基材』……『第一質料』を吸収したはずのパラジウムを用意する。
「重さも合わせるんですね」
「そうさ。慎重にね」
『基材』の方が少し重かったので、ゴローのナイフで削り取り、同じ重さにした。
「ゴローのナイフは便利だねえ」
ヤスリやタガネで削り取るよりずっと楽だとハカセは言った。
「この『基材』と、さっき作った合金を新しいるつぼに入れる」
さっき使ったるつぼは使わない。熱で劣化しているからだという。
そしてコンロに掛けた。
金と水銀の合金は融点が低いので、すぐに液体になる。
そしてまだ固体のままの『基材』……パラジウムに吸収されていったのである。
「へえ……」
普通なら、このような現象は起こらないはずなので、ゴローはこれがハカセの妙技か、と思いながらそれを見つめた。
「よし」
満足そうにハカセは頷き、るつぼをコンロから下ろした。
中身は固体のパラジウム……のように見える。
「これを木屑の中に入れてゆっくりと冷却すれば、ほぼできあがっているはずだよ」
「どのくらいで冷えますか?」
「まあ1時間くらいだねえ」
そこへルナールがやってきた。
「いつでもお食事ができるようになっています」
「お、いいねえ。それじゃあ、冷やしている間に遅いお昼を食べてしまおうかね」
「はい」
というわけで一同は食堂へ移動。
そして途中経過をよく知らないアーレン・ブルーやラーナに手順を話して聞かせるハカセであった。
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次回更新は2月17日(木)14:00の予定です。
20220216 修正
(旧)「さあ、これをこんどは『基材』に吸収させるよ」
(新)「さあ、これを今度は『基材』に吸収させるよ」