09-16 3日間
『魔導炉』を作り始めて3日が経った。
その間、ゴローたちが何をしていたかというと……。
1日目……。
ハカセによる『魔術講座』初歩の初歩。
庭の整備。
『樹糖』を使ったラスク作り。
そして、なぜか集まってきたピクシーをフロロ(の分体)が手懐ける、という一幕も。
集まってきたピクシーは22体。
どうやら『ミツヒ村』近くで『粉樹糖』を食べさせた連中らしい。
「この子たち、他の個体より魔力が強いみたい。ほんの少しだけど」
とはフロロ(の分体)のセリフ。
「だからこの距離を移動できたんでしょうね」
ピクシーたちをどうするのか、とゴローが聞くと、
「ここに住まわせていいんじゃない?」
との答えが返ってきた。
「そんなんでいいのか?」
「いいのいいの。ここは地脈の力も強めだし、時々甘いものを食べさせてあげれば、いろいろ役に立ってくれるわよ?」
「そういうものか」
「そういうものよ」
というやり取りがあったりする。
そういうわけで、新たに22体のピクシーが研究所の住民に加わったのである。
* * *
2日目……。
午前中はハカセによる『魔術講座』の初歩の初歩、午後が自由時間である。
「そういえば、こっちのフロロは、まだ分体なのか?」
ちょっと気になったゴローはフロロ(の分体)に尋ねてみた。
「うん。その方が都合がいいから」
「都合?」
「そ。向こうとやり取りしやすいから」
「ああ、そういうことか」
根付いて別個体になると、これまでのような『意識の共有』ができなくなるのだ。
「それって、どうにかすることはできないのか?」
「うーん、そうねえ……こっちの私……つまり分体が、本体と同じくらいの力を持てればなんとかなるわ」
「……普通に育ったら、どのくらい掛かる?」
「まあ100年ってところかしら」
「そりゃ無理だ」
ゴローはがっかりした。
しかし。
「あ、ダークエルフの『成長魔法』を掛けてもらえれば10年くらいに短縮するかも」
「それでも10年か……」
「あとはねえ……とんでもない魔力を吸収できれば、あるいは」
「俺やサナのオドじゃ駄目か?」
ミツヒ村で、フロロ(の分体)が一晩で芽吹いたことを思い出しながらゴローは言った。
「うーん……それでもまだ無理ね」
「そっか」
「あんまり自然の摂理に反することをすると反動が怖いのよね」
「なんとなくわかるな」
「だから、あんまり無理はしたくないの」
「わかったよ」
次にゴローは池に向かい、
「クレーネー、いるかい?」
と呼んでみた。
クレーネーは生まれたばかりの『水の妖精』で、どこからかゴローについて来てここの池に住み着いたのだ。
ゴローと契約したため『格』が上がり、意思疎通ができるようになっている。
「はいですの。ゴロー様、お久しぶりですの」
「やあ。何か不都合はないかい?」
「大丈夫ですの。ここは住み心地がとってもいいですの」
「それはよかった。何か要望があったら教えてくれ」
「はいですの」
クレーネーはまた水底へ沈んでいった。
その次は『庭園』の隅へ。
「ミュー、いるかい?」
「はい、ゴロー様」
ヤブコウジの葉の下から、『エサソン』のミューが現れた。
エサソンは小妖精で、林のジメジメした木々の根元で暮している。またフェアリー・バターという名の黄色い汁を出す菌類を主食としている、などという伝承がある。
「ここの住み心地はどうだい?」
「悪くないです。できれば、もうちょっと石灰石を増やしていただけると」
「なるほど?」
古い木の根や石灰石の割れ目に群生する毒キノコも好むという伝承があるので、石灰石を欲しがるのかもしれない……と思いつつ、ゴローは持ってくることを約束した。
石灰石ならハカセの倉庫にたくさんあるからだ。
両手にいっぱい持ってきて、付近にばらまいてやるとミューは喜んだ。
「ありがとうございます」
「これでいいかい?」
「はい、十分です」
「それじゃあ、また何か要望があったら教えてくれ」
「はい、ゴロー様」
ミューは植え込みの奥へと潜っていった。
それが2日目のこと。
* * *
3日目。
とりあえず、ハカセによる『魔術講座』初歩の初歩はこの日で終わりである。
「まあ本当に簡単なことを教えただけだからね、何か質問はあるかい?」
「明日から『魔導炉』を作り始める、ということですよね」
「そうだよ」
「で、三日三晩、ということは、明日の朝まで掛かるんですよね?」
「そういうことだね」
「その、数字……『3』に意味はあるんですか?」
「それがあるんだね。……『呪術』的な意味でねえ」
「呪術……ですか」
「そうなんだよ。そっちはまだ話していなかったねえ。それじゃあ、簡単に教えておこうか」
ハカセは説明を始めた。
「魔術の一分野が呪術と言っていいね。ジンクスとか、厄払いとか、護符なんかも呪術の範疇だね」
「なるほど、そうなんですね」
「魔法でも魔術でも『言霊』というものは重要視してね。数字はその中でもポピュラーな要素だね」
ハカセは例として『魔法陣』を挙げる。
その初歩の初歩の初歩として、『方陣』と『円陣』があるとハカセは言った。
「方陣は正方形、円陣は円形だね」
「ええと、縦横斜め、どう足しても同じ値になるってやつですか?」
「そうそう。よく知ってるじゃないか」
ゴローの『謎知識』は数学パズルとしての魔『方』陣は知っていたのだ。
「あれは微小な表現なのに安定した世界を意味していると言われていてね。護符に刻んだり器物に刻んだりするのさね」
だが、効果は限定的なので、そこが初歩の初歩の初歩たるところだとハカセは説明した。
「一番簡単なのが3掛ける3の魔方陣だね。4・9・2、3・5・7、8・1・6というのがそれさ」
4 9 2
3 5 7
8 1 6
これは縦・横・斜め、それぞれの3つの数の合計がすべて15になるものである。
地球では『土星の魔方陣』と呼ばれている。
似たようなものに、『アブラ・カタブラ』というものもある。
A B R A C A T A B R A
A B R A C A T A B R
A B R A C A T A B
A B R A C A T A
A B R A C A T
A B R A C A
A B R A C
A B R A
A B R
A B
A
これは悪いもの(病気など)を消滅させる護符として用いられたようだ。
これらのイメージはゴローの『謎知識』が教えたものである。
「これらを踏まえて、魔『法』陣へと発展させていくんだよ」
「……奥が深いですね」
「そうだよ、ゴロー。あたしだって20年くらい掛けて学んだからねえ」
「ハカセでも……」
ハカセがこれまでいかに努力し、学んできたのか。
その年月を思うと、頭が下がる思いのするゴローであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2月10日(木)14:00の予定です。
20220206 修正
(誤)『魔導炉』を作り初めて3日が経った。
(正)『魔導炉』を作り始めて3日が経った。