09-15 魔法と魔術
パラジウムの分離はうまくいった。
手持ちの『白金』2キムほどから、およそ400グムのパラジウムを取り出すことができたのである。
パラジウムの比重は12なので、33立方セル程しかないが。
ちなみにこれは単1電池より小さく、単2電池より大きい(単1はおよそ56.5立方センチ、単2はおよそ27立方センチ)。
「これだけあれば3つか4つくらいは作れそうだね」
パラジウムを手のひらに載せ、ハカセが言った。
「でも、こういうものじゃなかったねえ」
「何がですか?」
「ゴローたちの『哲学者の石』を作ったときの『基材』さね」
その際には、金属ではなく鉱物のようなものを使ったとハカセは言った。
「エルフの里に伝わる秘宝の1つだったんだよねえ」
「よくそんなものを使えましたね」
「たまたま目についたんで族長に言ってもらってきたんだよ」
その頃のことを色々聞いてみたいゴローではあったが、今は『魔導炉』の製造が先だ。
「あとは何をすれば?」
「ここに『第一質料』を染み込ませて、なじませる。それから先はいろいろ複雑で、一言では説明できないねえ」
「そうですか……では、その『第一質料』は?」
「世界のいたる所にあるよ」
「そうなんですか?」
「なんといっても、『世界が始まった時から存在していた物質』だからねえ」
やっぱりそれは水素なんじゃないのかな、と思ったゴローである。
「ハカセ、それを集めるにはどうすればいいのです?」
ここで、ずっと無言で話を聞いていたティルダが口を開いた。
「ああ、それはアーレンに頼んであるよ」
「あ、そういえばここにいないのです」
ハカセの話に圧倒されていたティルダは、今更ながらアーレン・ブルーがこの場にいないことに気が付いたようだ。
そしてラーナも、アーレンと一緒に作業をしているという。
ルナールはこうした魔法技術の基礎が全くできていないので、もとより参加しておらず、マリー(の分体)と共に家事に勤しんでいた。
* * *
「『第一質料』というのは、『四大』から成り立っていると言われているのさね。それは、四大の性質を兼ね備えているからなんだよ」
四大、すなわち地・水・火・風である。
ゴローは、仮に『第一質料』が水素だと仮定したら、風属性=気体、と考えていた。
そして火属性は酸素と反応したときの燃焼。
さらに炭素と結合すれば、風属性=気体はメタンからブタン、水属性=液体はペンタンからヘプタデカン、地属性=固体はオクタデカン以降……などと『謎知識』が囁いている。
(まあ常温を何度までとするか、で条件が変わるわけだが)
「その『第一質料』はどこにでもあるんだけど、高い場所の方が少し多いらしくてね。アーレンたちには研究所の上の方で集める工夫をしてもらっているんだよ」
「そうだったんですか」
水素だとしたら軽いから、上の方に多いのだろうか……などと考えながら、ゴローはハカセとサナ、ティルダの後について階段を上っていった。
「アーレン、どんな感じだい?」
「あ、ハカセ、だいたい完成しました」
研究所のてっぺん……屋上に相当する場所に何やら複雑な装置が置かれ、魔法陣が散りばめられていた。
装置はハカセが設計したオリジナルだそうだ。
魔法陣は古くからある『第一質料』を集めるためのものだという。
「おお、さすがだねえ」
「ハカセが正確な設計図をくださったからですよ」
「サナが描いてくれたんだけどね」
「いずれにせよ、こんな凄い装置を作ることができて僥倖でした」
その構成を単純に説明すると、『空気を吸い込んでフィルターで『第一質料』だけを濾し取る』というもの。
空気を吸い込むのが装置で、濾し取るフィルターは魔法陣、ということになる。
「集めた『第一質料』はどこに溜まっていくのです?」
ティルダが質問を行った。
「ああ、『第一質料』ってのは通常の技術では溜めておけないんだよ。だからここに、さっき作った『基材』を設置するのさ」
「なるほど、『基材』に吸収させるんですね」
「そういうことさね」
「で、期間は?」
「まあ、三日三晩、ってところかねえ」
「じゃあ、フランクが『月の水銀』を持って戻ってくる頃ですね」
「そうなるね」
この『三日三晩』、つまり『3』という数が重なる、ということも魔術的には重要らしい、とハカセは説明した。
「あれ?『魔術』って、『魔法』とは違うんですか?」
今更ながら気になったゴローである。
「違うよ。体系も、目的も。……ゴローにはそのへん、教えたことがなかったかねえ」
「はい」
「それじゃあ、簡単に説明しようかね」
「お願いします」
「私も聞きたいのです」
「ティルダちゃんもかい。そうさね、魔法は素質、魔術は学問……的だねえ」
ハカセによれば、魔法は持って生まれた素質によって強弱の差ができるが、魔術は学問なのでどれだけ深く理解できるかで差が出てくる、という。
「わかったようなわからないような……」
「……魔法は詠唱、魔術は魔法陣」
「あ、それなら少しわかるのです」
サナの補足で、ティルダはなんとなくだが魔法と魔術の違いを理解したようだ。
実際のところ……。
魔法は体内のオドと空間に満ちるマナを利用し、魔術は空間に満ちるマナを利用する。
魔法は詠唱で発動させる。魔術は魔法陣や魔法式で発動させる。
魔法は素養のないものには使えないが、魔術は勉強すれば、巧拙はあれど使うことができる。
魔導具は主に魔術を用いている。
などの違いがある。
「言霊を使うのが魔法で、文字や図形を使うのが魔術ってことかな」
「ああ、ゴローの定義、わかりやすいねえ」
「なのです」
「まあ、魔法を使うものは魔術をあまり勉強しないみたいだからねえ」
しかしハカセはどちらも深く学んだ、という。
「ハカセ、僕にも魔術を教えて下さい!」
「わ、私も、是非!」
アーレン・ブルーはハカセに頭を下げた。そしてラーナも。
基本的なことは知っているが、あまり深くは知らない、という。
ハカセは快諾した。
「ああ、いいよ。どうせなら、ティルダちゃんも覚えるかい?」
「え、い、いいのです?」
「ハカセ、ゴローも、是非」
「ああ、そうだねえ。それじゃあ、サナが助手をしておくれでないか」
「うん」
そういうわけで、まずは『第一質料』や『月の水銀』『太陽の黄金』の準備ができるまで、ハカセによる魔術講座が開かれることになったのであった。
蛇足ながらルナールは初日で脱落し、マリー(の分体)に家事を教わる方を選んだようだ。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2月6日(日)14:00の予定です。
20220201 修正
(旧)「エルフの里に伝わる秘宝の1つだったのかもねえ」
(新)「エルフの里に伝わる秘宝の1つだったんだよねえ」