09-14 太陽の黄金、月の水銀
『魔導炉』の開発を行うことにはなり、ハカセは素材を取りに倉庫へ向かった。
残されたゴローは、何から始めるのかとサナに聞いた。
「わからない」
「え? サナだって、少しは知っているんじゃないのか?」
ゴローに使われている『哲学者の石』を作る手伝いをしたなら知っているだろう、というわけだ。
「私は作る手伝いはしてない。私が生まれた時、既にハカセは『哲学者の石』を持っていたから」
「あ、そうなんだ」
「そう」
どうやらハカセは『哲学者の石』を幾つか既に手に入れており、それを使ってサナやゴローを作ったようだ。
それならハカセに聞こうとゴローは思ったところへ、ハカセがやって来た。
「さあ、まずは『太陽の黄金』を作ろうかねえ」
手には1キムほどの金の塊を持っている。
「それを太陽光で……つまり『太陽炉』で溶かすんですね?」
「そうさ。今日はいいお天気だから、十分溶けるだろう」
ハカセは研究所内の非常階段へ向かった。
普段は使っていないこの階段は、研究所の上へと続いており、そこに『太陽炉』が設置してあるのだという。
ゴローとサナもハカセに続く。
『太陽炉』はソーラークッカー、サニークッカーなどと呼ばれる『反射鏡』タイプと、レンズによる『集光』タイプがあるが、現代日本で実用化されているのは『反射鏡』タイプである。
そして研究所のものはといえば。
「そういえば俺、ここに来たことなかったな」
「うん、私の知る限り、もう10年以上使ってない」
「使う必要がなかったからねえ。……ほらゴロー、見てごらん」
「うわあ」
そこは日当たりのよい、南に向いた岩のテラスだった。
出入り口は巧妙に岩で偽装されており、外からではまずそれとわからないだろう。
「ここにこの金の塊を置いて、と」
ハカセはテラスのくぼみに金を置いた。
「さて、魔法陣は…………うん、傷んでないね。……よっしゃ、『起動』」
ハカセが始動の魔力を流し込みキーワードを唱えると、空中に光の魔法陣が浮かび上がった。
直径は10メルほど。
「太陽の光と熱を集める魔法陣さ」
「こうやって『太陽の黄金』をつくるんですね」
「そうさ」
直径10メルの魔法陣が集める熱量は1分当たり30万カロリーを超える。
これなら、金も溶かすことができる。
「これでよし。日中溶かして夜は固まるから、3回くらい繰り返せば良質な『太陽の黄金』になるだろうさ」
「そうするとハカセ、『月の水銀』は……?」
「ああそれね。ゴローとサナに頼むとするかねえ」
「任せてください……で、何をすれば?」
テラスから非常階段を下りながらゴローは尋ねた。
「ちょっとお待ち」
ハカセは研究所の北側へとゴローたちを連れて行った。
「ほら、見えるだろう?」
指差したのははるか北に聳える高い峰。
「あそこの頂上に水銀を運んでほしいんだよ」
「レイブン改ならすぐにできますね」
「それさね。その昔はあたし自身が登ったからねえ……あの山じゃあないけどさ」
かつてはハカセが自身の足で雪山へ登り、水銀を置いてきたという。
秋に登り、春に取りに行ったのだそうだ。
「真冬に取りにいけるはずがなかったからねえ」
地球での例を挙げると、エベレストの気温は摂氏マイナス60度にもなるという。
ハカセが指差した山もそのくらいにはなりそうである。
水銀の融点、あるいは凝固点は摂氏マイナス39度くらいなので十分に固まるであろう。
「風がなければ行けると思いますが」
高い山は、当然風が強い。
地球の場合、ヒマラヤ山脈の8000メートル級の山々はジェット気流の影響をモロに受けているのだ。
「ああ、それがあったね。『レイブン改』だと厳しいかもねえ」
上昇限度はまだ試していないが、空気圧による揚力ではないため、おそらくは成層圏までは行けるだろうと思われる。
だが風が強ければ、着陸は難しい。
「ならいっそ、『レイブン改』で上れるところまで上りましょう」
「ああ、そうだね。別に山の上に置かなくてもいいんだねえ」
こうした検討を重ね、ガラス容器に入れた1キムの水銀を『レイブン改』の主翼の上に取り付け、上空の寒さで固体化させてみるということになった。
「その場合、やっぱり3日くらい月の光に当てておきたいねえ」
「でしたらハカセ、私が」
名乗り出たのはフランクであった。
『自動人形』の彼なら、何日でも起きていられるわけだ。
「そうだねえ。頼むとするかね」
「お任せください」
こうして『月の水銀』作りのため、フランクが『レイブン改』で上空まで行ってくることになった。
「無理はしないように」
「はい、ハカセ」
「外気温がマイナス40度より下になるまで上昇するんだ。無理なら戻ってこいよ」
「はい、ゴロー様」
「気を付けて。無理はしないで。必ず帰ってきて」
「はい、サナ様」
ハカセ、ゴロー、サナに見送られ、フランクの操縦する『レイブン改』は飛び立ったのである。
* * *
「さて、あとは『第一質料』と『基材』だねえ」
「ハカセ、その『基材』というのは?」
「『第一質料』を染み込ませる石……といえばわかりやすいかねえ?」
「染み込ませる……ですか」
ハカセは頷いた。
「そう。……おそらくこの『基材』が不完全なため、真の『哲学者の石』ができないんだろうと思うけどね」
その声は少し残念そうである。
「不完全?」
「そうさ。真の『哲学者の石』には何を使えばいいのかわかっていないんだよ」
「そうなんですか」
「そうなんだよ。それであたしは試行錯誤を10年くらいやって、今のやり方を見つけたんだけどね」
それでも、サナやゴローの『哲学者の石』のことを考えたら、驚異的なことである。
「それすらも、今は同じ水準のものを作ることはできないだろうけどね」
「なぜですか?」
「あんたらの『哲学者の石』を作ったときに使った『基材』はエルフの里にあった秘宝を使ったからねえ」
「秘宝……」
「要するに『第一質料』を吸収する性質を持った素材さね」
「吸収……」
ゴローの『謎知識』は、『第一質料』が水素だと仮定するなら、その『基材』は『水素吸蔵合金』ではないか、と言っている。
それでゴローは、
「ハカセ、俺にはそっちはわかりませんが、『謎知識』が、『パラジウム』を使ったらどうかと言っています」
と提案してみた。
「パラジウム? ……ああ、確か『白金族』の金属だったっけねえ」
ゴローは過去、『謎知識』による『科学』の講義をしており、その中で『白金族元素』すなわち『プラチナ』『ロジウム』『イリジウム』『オスミウム』『ルテニウム』そして『パラジウム』についても簡単に説明していた。
これら6種の金属元素は単体もしくは複数種類の合金として出土する。
パラジウムは銀と合金にして歯の詰め物もしくは金属冠として歯科治療に使われている金属で、銀白色をしている。
そのパラジウムは自分の体積の935倍もの水素を吸収するのだ。
「ゴローがそういうなら、白金なら少しあったから試してみてもいいかもねえ」
「ハカセ、まずはパラジウムを分離、しないと」
サナが忠告する。
「ああ、そうだったね。『石・金属・分離』を応用すればできるだろう」
ハカセはいかにも楽しそうにそう言うのだった……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は都合により2月1日(火)14:00の予定です。
20220209 修正
(誤)直径は10メルほど。
(正)直径は10メルほど。
基本全角を使っています