09-13 魔導炉
フロロ(の分体)が呼んで『レイブン改』を守らせていたピクシー。
3体だったはずの、そのピクシーが、計22体もいたことにゴローはびっくりしていた。
「ゴロー、これはきっと、甘味につられて集まってきたに違いない」
「サナじゃあるまいし……いや、あるのか?」
「……今の失礼な言は聞かなかったことにしてあげる。……物は試し」
サナは荷物から、魔導具のデモンストレーションで作った試作品の『粉樹糖』を出してみた。
すると、手のひらに出したそれに、22体のピクシーが群がってあっという間に食べ尽くしてしまったのである。
「わあ、なんだかかわいいのです」
「ティルダもあげてみる?」
「はいなのです」
そういうわけで、ティルダもまた手のひらに『粉樹糖』を載せて差し出すと、サナの時同様、ピクシーたちが集まってきて、それをみんなで食べ尽くしてしまった。
そして満足したのか、ピクシーたちは周辺の森の中へと散っていった。
「……あああ……」
その様子を見ていたダークエルフの女剣士イーサスは、今見た光景が余程信じられなかったのだろう、口をあんぐりと開いたまま。
それを尻目に、ゴローたちは荷作りをしていく。大した荷物はないため、すぐに荷作りは終わった。
「ええと、俺たちは行くけど」
「……」
「イーサスさん!」
「……はっ! ……あ、ああ、ゴロー殿、サナ殿、ティルダ殿、帰るのか。……いろいろと世話になった。道中気を付けてな」
「こちらこそ。村長さんと長老さん、それに村の皆さんによろしく。……といっても、またじきに来ますけど」
「ああ、いつでも来てくれ。歓迎する」
そしてゴローは『レイブン改』を起動させた。
静粛性を重視した機体は僅かな動作音をさせながら、ゆっくりと地を離れた。
「なっ……あっ……」
説明は聞いていたものの、目の前の乗り物が実際に空に浮かんだのを見て、イーサスの目が見開かれた。
その間にも『レイブン改』は上昇していく。
そして周囲の木々の梢よりも高くなったところで、今度は前進を始めた。
「……本当に、空を飛ぶ乗り物なのだな……」
イーサスは小さくなっていく『レイブン改』に向かって小さく手を振ると、踵を返して村へと戻っていったのだった。
* * *
「ただいま帰りました」
「おかえり、ゴロー、サナ、ティルダ」
「ただいまなのです」
「ただいま」
研究所前に『レイブン改』を着陸させると、ハカセが待っていて3人を出迎えてくれた。
「フロロから聞いたよ。いろいろ面倒ごとがあったんだってねえ」
「ええ、まあ」
「……中でゆっくり聞かせておくれ」
「わかりました」
そんなわけで、ゴローたち3人はお茶を飲みながらゆっくりと小旅行のことを報告したのであった。
* * *
「なるほどねえ、結界を張る『古代遺物』かい……」
「ハカセ、同じようなものを作れますか?」
「うーん……ちょっと難しいねえ」
ハカセに難しい、と言わせた『古代遺物』。
それがなんであんなところにあったのか、ちょっと考えてしまうゴローであった。
「……一番は『哲学者の石』が必要だろうからねえ」
エネルギー源がどうしても必要で、それは材料が手に入らなければどうにもならない、とハカセは言った。
「劣化版はどうですか?」
「それでも材料が足りないねえ」
「何が必要なんですか?」
「一番は『第一質料』だねえ」
「第一質料?」
「そうさ」
「鉱石ですか?」
ゴローの質問に、ハカセは首を振った。
「違う違う。『第一質料』というのは、天地が創造された直後に唯一存在していた元素といわれているんだよ」
「創造された直後……」
「そして万物はその『第一質料』から生成されたのさね」
「つまり第一質料は、何にでも変化することのできる万能物質ということですか?」
「まあ間違っちゃいないね」
「……」
「そ、そんな秘奥義を口にしていいんですか!?」
それまで黙って聞いていたアーレン・ブルーは慌てた。
「別にいいんじゃないかねえ? 聞いただけで作れるようなものではなし」
「……そうなんですか?」
「そうなんだよ」
一方で、ゴローの謎知識は『天地創造』を『ビッグ・バン』、『第一質料』を『水素』ではないか、と言っている。
しかし、それがどう変化すると『哲学者の石』になるのか、『謎知識』は教えてくれなかった。
それで次の質問をしてみる。
「ええと、その『第一質料』の他には、何が必要なのですか?」
「特別な炉も必要だね。高温と高圧を加えても壊れないような」
「……あとは?」
「純粋な『エーテル』だね」
「つまり、地脈に流れる魔力素ですね」
「まあ、そうさね。それから水銀、そして金」
「意外ですね」
一般的な金属も素材なのだと知り、ゴローは意外に思ったのだった。
「金は太陽、水銀は月の力を宿すからね。もちろん双方とも、ただの金と水銀じゃないよ」
金は太陽光で溶かしてから固めたもの、水銀は寒い夜に一度凍らせたものでないといけないとハカセ。
金の融点は摂氏1064度であるから、太陽光を集めれば溶かせそうだ、とゴローは思った。
が、凍った水銀とは……?
「あ、もしかして、液体ではなく固体になった水銀ですか?」
「そうだよ。ものすごく北にある寒い地か、高い山の上に一晩置くと固まることがあるのさね」
水銀の融点は摂氏マイナス39度。
地球上でもマイナス50度くらいになる土地はあるので、固体の水銀を見ることは自然界でも可能である。
「そうした素材を組み合わせて『哲学者の石』を作るのさ」
「……」
神秘学の一端に触れた気がして、ゴローは無言になった。
科学とは相容れないようであるが、現に自分の体内には『哲学者の石』が使われているのだ。
「とはいえ、本当の意味での『哲学者の石』は、あたしも作ったことがないけどね。だから今言った材料と作り方が正しいとは言い切れないよ」
「え?」
「真なる哲学者の石は、鉛を金に変え、人を不老不死にすることもできる、と言われているからねえ」
ゴローに使っている『哲学者の石』にはそこまでの機能はない、とハカセは言った。
だが逆にゴローは、
「ハカセ、もしかして……そう、『劣化版哲学者の石』って、魔導具のエネルギー源に使えるんじゃないですか?」
「ああ、使えるだろうねえ」
「でしたら、作ってみませんか?」
「え?」
「そうすれば、飛行機だって自動車だって……もっと高度な魔法機械を作れるかもしれませんよ?」
「……なるほどねえ」
ゴローの言葉に、ハカセは刺激を受けたらしい。
「劣化版哲学者の石を量産するってわけだね?」
「そうです」
ここでサナが口を開いた。
「ハカセ、劣化版、ってあまり聞こえがよくないから、別の名前を付けよう?」
「ああ、サナの言うとおりかもね。何かいい名前はあるかねえ?」
「……魔力を生み出すんだから『魔導炉』でいいんじゃ?」
「お、サナ、いいねえ、それ。……よし、しばらくは『魔導炉』の開発に専念するかねえ」
こうしてゴローたちは、魔導炉の開発を行うことになったのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は1月27日(木)14:00の予定です。