01-17 石の研磨
ゴローは『金緑石』を大まかな形に切り出した。
当然、端材が出るわけで。
その端材はティルダへの謝礼とすることになっている。
「う、ううう……ほ、ほんとにいいのです?」
この端材だけでも一財産ですよ、とティルダは言う。
「いいともさ。その代わり、ティルダの技術を見せてくれよ?」
「もちろんなのです」
大まかに形を取った金緑石を、蝋のようなものを使って棒の上に固定するティルダ。
「それは?」
「ドップ棒といいます。石を磨く時に固定する棒なのです」
「なるほど、手に持って研磨するのは色々問題があるからな」
小さい石になると、平面研磨のために角度を一定にして支えるのは非常に困難である。
また、一定角度の面を出して研磨しようとしても、まず不可能。
なのでこうした『ドップ棒』に石を固定して研磨するのだ。
「これなら、棒の角度で石の面の角度が決まるからな」
「そうなのです」
今回磨く金緑石は梅の実くらいの仕上がりになりそうだからまだいいとして、指輪に使うような数ミルの大きさになると、指での保持は不可能だし、角度を決めるのも無理だろう。
それを可能にするのがこの『ドップ棒』というわけだ。
『ドップ棒』といっても、特別なものではない。木や金属の、大抵は丸棒だ。
その先に『ドップワックス』という固定するためのワックスやレジン(樹脂)で石を固定するだけのこと。
ティルダは固定するために松ヤニのようなものを使っていた。
「おかげさまで、削り出しの手間が省けたのですよ」
と言いながら、ティルダはテーブル面を削っていた。
やり方は湿式研磨といって、砥石を水で濡らしての研磨だ。
研磨中は摩擦熱が発生するので、熱伝導性の悪い石は熱膨張の差で割れが発生することがあるので、こうして冷やしながらの研磨となる。
「うまいものだな。さすがドワーフ」
ゴローの謎知識によりそうした方法は知っているが、実際に目にすると感動がある。
やはり知識だけではだめで、実践を伴ってこそ身に付くものだな、などと考えながら、ゴローはティルダの作業を見つめていた。
そのティルダは、集中しているとみえて、ゴローの視線にも気が付かず、一心不乱に研磨を続けていった。
ゴローがふと気が付くと、サナもまたティルダの手元を見つめている。
ということで、無言で作業するティルダと、それを無言で見つめる2人という、傍から見たら少し不気味な3人の図ができあがっていたのである。
* * *
夕方まで研磨を続け、およそ三分の一くらいの進捗状況です、とティルダ。
「明日いっぱいで完成するのですよ」
「急がなくてもいいさ」
「そういうわけにもいかないのです。受けたお仕事はきっちり済ませるのです」
「それはそれでありがたいけど」
「だからといって手を抜くようなことは、ドワーフの職人として絶対にしないのです」
「わかったよ。それじゃあよろしく頼む」
「はいなのです」
そんな会話をしながら、ゴローとティルダは町を歩いていた。
散歩ではない。
食材を買い出しに行くのを忘れていたのだ。
ゴローとサナでは町に不案内。
サナとティルダでは買い物の目利きや交渉に若干不安がある。
というわけでサナを留守番に残し、ゴローとティルダが買い物に出たというわけである。
「町には不案内だから助かるよ」
そしてこれも、ゴローの目論見どおり。町の案内をしてもらいながら食材を買っていくのだ。
なにせ、お金を出しているのはゴローである。
「うう、借金だけが増えていくのです……」
ティルダは凹んでいるが。
もっと町を見て回りたいと思うゴローだったが、サナが待っているので、今回は必要なものだけを買って回る。
パン、チーズ、小麦粉、食用油、野菜、肉。
パンは安めのものをたくさん。
チーズはそこそこの品質のものをたっぷり。
小麦粉は20キム入りの袋を1袋。
野菜は菜っ葉系とネギ系のものを半々。
肉は鶏肉らしきものをたくさん、といったところだ。
ティルダもドワーフだけあってけっこう力持ちなので持ち帰りに不安はなかった。
夕方なので、町のあちこちには明かりが灯されている。
やや緑がかった青をした、熱を感じさせない光だ。
「街灯というのです」
「光源は何を使っているんだい?」
光が揺らめかないので、何かを燃やしているようには見えない。
「蓄光石なのですよ」
「蓄光石? 光を蓄えておける石、ってことか?」
「はいです。昼間の明るい時に光を蓄え、夜になると光るのです」
そんな石は、ハカセのところにもなかった。それで、
「天然に産するのかい?」
と、聞いてみる。
「いえ、特殊な石に加工して作るんだそうなのですよ」
「ふむ」
謎知識にもそうした情報はないようだ……が。
「これ、ティルダの家にもあるのか?」
気になったことが1つ。
「いえ、高価なので持ってないのです」
一度作ってしまえば半永久的に保つのだが、つまりはイニシャルコストが高いため、一般に普及はしていないという。
「うーん……」
「どうかしたのです?」
難しい顔をして考え込んだゴローを、ティルダは不思議そうに見つめた。
「いや、考え過ぎならいいんだ。早く帰ろう」
「……? はいなのです」
とりあえずゴローは、急ぎ足でティルダの工房へと帰った。
そして、夕食の支度は任せてほしいのです、というティルダを残し、サナを外に連れ出した。
「サナ、光魔法で『探す』……いや、違うかな……うーん、なんといえばいいのかな……」
「?」
ゴローは、思い付いた概念を説明するのに困っていた。
「あー……特定の波長の光が来ているか調べる……といってもわからないよなあ」
「わかる」
「そうだよなあ……って、わかるのか?」
「うん」
ゴローの質問にサナは、
「光って、波長があるんでしょ? 前に、ハカセに『プリズム』の話をしていたから、知ってる」
「ああ、そっか」
ハカセとサナの前で光について話したことがあったことをゴローは思い出した。
「で、何がしたいの?」
「うん、あの光に……」
ゴローは『蓄光石』の明かりを指差した。
「危険な波長が含まれていないか、調べたいんだ」
「危険な……というと、紫外……線?」
「覚えていたか。……いや、もっと短い波長」
ゴローが気にしているのは放射線である。
人造生命が放射線に対して耐性があるのかどうか、それすらわからない今、この町にある街灯に危機感を覚えても仕方ないだろう。
「……わかった。直接測定することはできないけど、『遮光結界』の強度を上げていけば、何かわかるかも」
「ああ、なるほど」
『遮光結界』は、文字どおり光を遮る結界である。
通常は眩しすぎる光を半減させたり、光魔法(攻撃系)を防ぐ魔法である。
「うーん……放射線を防いだとして、どうやってそれを検知するんだ?」
「ええと」
サナとゴローでも、この問題はなかなか難しそうであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新はお盆休みをいただき、8月18日(日)14:00の予定です。
20190813 修正
(誤)やや緑が買った青をした、熱を感じさせない光だ
(正)やや緑がかった青をした、熱を感じさせない光だ。
20230904 修正
(誤)「いいともさ。その代わり。ティルダの技術を見せてくれよ?」
(正)「いいともさ。その代わり、ティルダの技術を見せてくれよ?」




