00-03 新たな認識
本日3回目の投稿です。ご注意ください。
37号が発した言葉を聞く。次にその意味を頭の中に直接説明してもらう。
これが非常に有効で、彼……56号はたちまちのうちに言葉を覚えていった。
〈やっぱり記憶力もいい。これも人造生命だから。……きっとハカセも満足する〉
37号は、
〈ハカセは、記憶力は魂ではなく肉体の才能、と考えていた〉
と説明した。
その一方で、魂にも、基本的な情報は記憶されている、という。
〈あなたは、ハカセの研究の集大成。その成果をハカセに教えてあげれば、喜ぶ、はず〉
そんな会話を挟みながら、56号の言語教育は進んでいった。
* * *
時間にして35時間程で、56号はこの世界の言葉をあらかた話せるようになった。
そして今、56号は、ハカセと呼ばれる老婆と、37号と名付けられた少女と、3人で話をしている。
「まずは自己紹介しよう。あたしのことは『ハカセ』と呼んでおくれ」
「俺は……名前は思い出せません。56号、ということになるんですね? ……ところで、その『ハカセ』というのはどういう意味なんですか?」
「昔の言葉で、『偉い学者』という意味らしいよ。響きが気に入っているのさね」
そう言って笑う『ハカセ』は、どこか疲れた顔をしていた。
(しかし、『ハカセ』か……どこかで聞いたことがあるような言葉だな)
「56号、あなたは私よりも『若い』魂だから、前世の記憶がより残っているのかも、しれない」
「え? ……ああ、俺の思考を読んだのか……」
「もう少し、慣れれば、思考を閉ざすこともできるようになる、はず。努力すること」
「……わかったよ」
そんな、37号と56号の会話もまた、興味深いものなのだろう。ハカセは微笑みを浮かべながら聞いていた。
「さて、56号、君や37号を作ったのは、純粋に興味からさ。あたしは魔導研究者仲間からは異端扱いされていてね。この地に隠遁したのは50年前だけど、人造生命の研究を続けて150年余りになるんだよ」
「ひゃ、150年ですか!?」
前世の記憶がない56号であるが、150年は生物の標準よりかなり長い、ということはわかった。
「うん。あたしはヒューマンとエルフ、ドワーフの血を引いたハイブリッドだから、少々長生きなのさ。それでもそろそろ寿命がくる頃なんだけど、その前に研究を完成させることができてほっとしているよ」
「……」
「さて56号、先程君はどこかで聞いたことがある、と言い、37号は『若い』魂、と言ったね。あたしの説だと、人間の魂というものは、次の命に宿るまで、長い年月を『魂の世界』、『スピリチュアルワールド』とでも言うべき場所で過ごすのさ。その間に、前世のことは忘れていくんだよ。……それを、転生する前にあたしが利用させてもらったものだから、いくらか前の記憶が残っているのかもしれないねえ」
確かに、前世の記憶を持って生まれてくる者の話を、いつか、どこかで聞いたことがあるような気がする……と、56号は思った。
と、ここで37号が口を挟んだ。
「ハカセ、私は『レイス』だった、はず」
「ああ、そうだったね。37号は『魂の世界』からではなく、古城にいたレイスだったねえ」
「レイス?」
聞き覚えのない言葉に、56号は聞き返した。
「レイスを知らないかな? 要するに幽霊のことだよ。この世に未練が残っているとか、呪いを受けて死んだとか、あるいは強い結界に囚われているとか……。そういう魂が幽霊になる。37号はその昔、あたしが訪れた古城にいたレイスだったのさね」
「そう。……そのせいか、私には自分に関する記憶がほとんどない。自分が誰なのか、何故古城にいたのか、思い出せない」
「ふ、ふうん……」
「だが、37号の魔法に関する知識は凄いよ。あたしの知らないものもたくさん知っていたからね。おそらく、かなり古い時代に生きていたのだろうと思う」
「魔法? やっぱり、魔法ってあるんですね?」
「うん、もちろんさね。君は魔法によって合成された身体を持っているのだから」
そう言ったハカセは、56号の身体について説明を始めた。
「まずは、自分の姿を見てごらん」
そう言われて56号は、ハカセの部屋にあった姿見で、自分の容姿を知ることになった。
「え、これが俺か……」
黒い髪、やや黄色っぽい肌、焦げ茶色の目。年齢はよくわからないが、37号と同じくらいか。『ハカセ』や37号とはかなり色合いが違う。
身長は37号より少し高く、体格は中肉中背。
「その辺は、『魂』に影響されるようだね」
56号の『魂』が覚えている前世の容姿がそれなんだろう、とハカセは言った。
「え、じゃあ37号は?」
白っぽ過ぎる……と56号は思っていた。
「私はレイスだった。だから、自分のことはほとんど覚えていない」
「うん、37号は『魂』になってから時間が経ちすぎて、あまり容姿について覚えていなかったんだろうね」
だから容姿については、こうしたデフォルトのままで、色も薄いのだという。
「その身体は強く思えば、少しなら容姿も変えられるはずなんだけどねえ」
ハカセはとんでもないことを言い出した。
「自由に姿を変えられる、ってことですか……?」
だが、その言葉には首を横に振るハカセ。
「自由に、は無理だね。少し、だよ。髪の色とか目の色、肌の色。ああ、体格もちょっとくらいなら変えられるかもねえ」
「……でも、私には、できない」
37号が言った。
「まあ、あくまでも可能性だからねえ」
ここでハカセは話題を転換する。
「じゃあ、もう少し君の身体について説明しようかね。……その身体を維持しているのは『哲学者の石』というものなんだよ」
「『哲学者の石』、ですか?」
「そう。それこそがあたしの研究の要となるものでね。無生物を疑似生物に格上げすることができるものなのさ」
ハカセは誇らしげに胸を張った。
「そんな石が……」
「その使い方は……ぅっ」
そこでハカセは突然咳き込んだ。すかさず37号がその背中をさする。
「ハカセ、無理はいけない。今日はもう休むべき」
ゴホゴホと咳き込んだハカセは、苦しげな声で答えた。
「うむ。……そうするとしようかね。……あとは37号。お前が説明してやっておくれ」
「了解」
ハカセは37号に支えられながら立ち上がった。56号も慌てて立ち上がる。
「手伝います」
「お、おお、すまないねえ……ごふっ」
56号と37号は協力してハカセを部屋に連れて行った。
* * *
「感謝する」
ハカセを部屋に寝かせた後は37号が博士に代わって、説明を再開した。
「『哲学者の石』は、私たちの心臓部に埋め込まれている。これは魔法技術者や錬金術師には垂涎の石……らしい」
37号は、この『哲学者の石』を合成することを最終目的とする錬金術師もいるらしいと説明した。
「そして、これがあるから私たちは魔法を使うことが、できる」
「さっきも言っていたな。……俺の記憶では、魔法はおとぎ話の中だけにあったんだけど」
「それは興味深い。でも、今は魔法の説明をする。……魔法を使うには、『マナ』と『オド』というものが必要になる」
「どっちも聞いたことないな」
「『マナ』は体外にある魔法の要素……といえばいいか。『オド』は体内にあって、私たちを動かしている要素」
「わかったようなわからないような」
首を傾げる56号に、今はそう認識していて、と37号は言った。
「『マナ』と『オド』、どちらを使っても魔法は成り立つ。ただ、普通はオドを、使う」
わかる? というように37号は56号の顔を覗き込んだ。その睫毛が意外と長く、こんなところまで人造生命は再現しているのか、と56号はピント外れな感心の仕方をしていた。
「魔法には、土、水、火、風、雷、光、闇の7属性と、どれにも属さない無属性の8つが、ある」
「ふうん」
地水火風空……は聞いたことがある気がするな、などと考えながら56号は説明を聞いている。
「普通の人は1つから4つの属性が使える。……らしい。でも、私たちは全部の属性が使える」
「……俺も?」
まるで自信のない56号である。だが37号は深々と頷いた。
「もちろん。あなたはハカセの最高傑作。使えないはずがない」
「そう、なのかな?」
「これから教えて、あげる」
「頼むよ」
「うん、任せて。私は、あなたの先輩、だから」
「ちょっと楽しみだな」
戸惑うばかりだった56号だったが、ここへ来て、ようやく少し気分が上向いたようだった。
* * *
室内で魔法の練習をするのはまずいということで、56号と37号は再び表に出た。
「もう夕方、なのかな?」
薄暗くなっていたので56号はそう尋ねると、
「そうらしい」
と言葉が返ってきた。
「私たちは眠る必要がない」
「そうだったな」
ぶっ続けで言語習得の勉強をしたことを思い出す56号。
「そして暗闇も、少し光があれば見える」
「そうなのか?」
「……目を凝らして、みて」
37号の言うように、56号は目に意識を集中してみる。すると。
「わあ、本当だ」
薄暗かった周囲が、昼間のように明るくなった。
「慣れれば簡単に、切り替えられる。……今は魔法の、話」
「あ、そうだった。ごめん」
少し苛立ったような37号に詫びを言って、56号は聞き耳を立てた。
お読みいただきありがとうございます。
次回投稿は6月9日(日)14:00の予定です。
20190602 修正
(誤)ハカセを部屋に寝かせた後が37号は博士に代わって、説明を再開した。
(正)ハカセを部屋に寝かせた後は37号が博士に代わって、説明を再開した。
20190604 修正
(誤)そい言われて56号は、ハカセの部屋にあった姿見で、自分の容姿を知ることになった。
(正)そう言われて56号は、ハカセの部屋にあった姿見で、自分の容姿を知ることになった。