09-12 萌黄
ミツヒ村の事情を聞き終えたゴローたち。
気がつけばもう夕暮れである。
ぜひとも泊まっていってくれと言われたが、フロロ(の分体)のことが心配なゴローたちである。
だが、当のフロロ(の分体)は、
「サナちん、ゴロちん、あたし、ここに住むわ」
と言い出した。
「え?」
「このまま本体のところへ戻っても、枯れちゃうだけだし、ここに根を下ろそうかと思って」
「おお! 『木の精』様! それはまことですか!!」
それを聞いたダークエルフの長老ジャニスは大喜び。
「この里が『木の精』様のお気に召しましたなら、是非、是非……!」
土下座をせんばかり……いや、実際に土下座をした。とはいっても正座からの土下座とは少し違い、四つん這い状態から頭を地につけるポーズだ。
「わかったわよ。そのかわり、これからもサナちんたちに便宜を図ってあげてね」
「それはもう、喜んで!」
「ならいいわ。場所を選んでちょうだい」
「ははっ……!」
というわけで、フロロ(の分体)を植える場所を探して回ることに。
「こちらはいかがでしょう?」
「ちょっと日当たりが悪いわね」
「こちらはいかがですか?」
「水はけが悪いみたいね」
「では、こちらは?」
「あ、いいわね、ここ」
数箇所を回った結果、村の中央部やや北にある小山の山腹に決まった。
小山と言っても、20メルもないような盛り上がりである。
周囲に高い木はなく、日当たりも申し分ない。
「水はけもよさそうだし、北風も少しは防いでくれるでしょ」
「では、ここに?」
「決めたわ」
「では。後は何をすれば……」
「腐葉土をすき込んでちょうだい」
「ははっ!」
ダークエルフの長老自ら穴を掘り、腐葉土を運んできて土と混ぜた。
「あ、あと、骨粉があったらそれも少し」
「ははっ!」
鳥の骨を砕いて土に混ぜ込んでいくことで、若干ではあるが土の酸度調整ができるのだ。
「……うん、これならいいわ。サナちん、あたしを植えて」
「うん」
フロロ(の分体)に言われるまま、サナは土にフロロ(の分体)が宿る枝を埋めた。
「最後に、少しサナちんの魔力を分けて」
「うん」
言われるまま、サナはオドをフロロ(の分体)に優しく浴びせた。
「……ありがと。少し眠るわ。本体によろしくね、サナちん、ゴロちん、それにテルちん」
「うん」
「フロロ、今までありがとう」
「じゃあね」
土を掛けると、フロロ(の分体)は静かに眠りに就いた。
次に目覚めるときには発芽し、この土地に根付いていることだろう。
* * *
その夜はミツヒ村をあげての宴会となった。
「サナ殿、こちらもどうぞ」
「うん、ありがとう」
「ゴロー殿、お味はいかがですかな?」
「美味しいよ」
「ティルダ殿、おかわりはいかがです?」
「あ、ではいただきますです」
ゴローたちへの敬称も『殿』で落ち着いたようである。
ちなみに、ハカセたちへの連絡は、フロロ(の分体)が眠る前に本体宛に送ってくれている。
「ゴロー様……殿」
最初に出会ったダークエルフの女剣士、イーサスがやって来た。
「ああ、イーサスさん」
「いやいや、呼び捨てにしてくれ」
「……イーサス、どうしたんだ?」
「いや、最初の無礼を改めて詫びたいと思ってな。その上で、1つだけ頼みたいことがあるのだ」
「無礼なんて気にしないでいいけど、頼みってのは?」
「妹のことなのだ」
「妹さん?」
イーサスが語ったところによると、彼女の妹は6年ほど前にこのミツヒ村を出ていって、最初の2年くらいは時々里帰りをしていたのだが、4年前くらいから消息が途絶えているという。
「捜してくれっていうのか?」
「いや、外の世界で生きるというのはあの子が選んだ道だ。ただ、たまには顔を出せと」
「そう伝えればいいのか?」
「出会ったら、でいい」
「それなら、覚えておこう……あ、妹さんの名は?」
「『シアニー』という」
「シアニーさんね。わかった」
そんなやり取りもあった。
「そういえば、何年か前に人族、エルフ、ダークエルフの3人に会ったな」
「何?」
「名前は聞かなかったなあ……ああ、エルフの子は確かアイラ、人族の人はアルトールと言ったかな」
「ほう。やはり、そうした同胞もいるのだな」
「名前は聞かなかったな……すまない」
「いや、気にするな」
なぜそこでダークエルフの子だけ名前を聞かなかったかなあと過去の自分に文句を言いたくなったが、あの頃はまだ世間知らずだったしなあと無理やり納得するゴローであった。
(まあ、今でも世間ずれしたとは言えないけどな)
と、自己批判も忘れない。
「お野菜、美味しいのです!」
「うん、確かに」
一方で、ティルダとサナは食事を満喫し、絶賛していた。
この村で採れた野菜を煮込んだものは、素材の優しい味が生かされていて美味しかった。
「おお、ありがとうございます。お土産に少しお持ち帰りください」
「ありがとう」
そんな、和気あいあいとした宴は夜遅くまで続いたのであった……。
* * *
翌朝、ゴローとサナは早々と起き出した。
というより眠る必要がないわけなので、フロロ(の分体)を植えた場所がどうなっているか気になったので起きてしまったのだ。
2人は連れ立って現地へ行ってみる……。
「お」
「あ」
そこには、早々と芽が吹いていたのであった。
「フロロ……」
「サナちん?」
サナの呟きを聞いたのか、フロロ(の分体)が現れた。
が、どことなく色が薄い……というか、大きさも小さいようだ。
それだけ存在が希薄なのだろうな、とゴローは想像した。
「ここはいいわね。ダークエルフは土属性魔法が得意だから、あたしとの相性がいいわ」
「それは、よかった」
「サナちんから分けてもらったオドも役に立ったわ」
「何より」
「お世話になりついでに、名前を付けてくれないかしら」
もうこうしてこの土地に根付いたからには、本体であるフロロとは別の存在だからと『元』フロロ(の分体)は言った。
ジャンガル王国に続き2度めなので、サナも慣れたもの。
「ん……じゃあ、まだ若木だし、春にちなんで『萌黄』を意味する『クロエ』というのは?」
「クロエ……いいわね。今からあたしはクロエよ!」
サナが名付けた途端、薄かったクロエの姿が、はっきり見えるようになった。
これもまた、名付けによって存在が固定されたためなのだろうなとゴローは想像する。
「それじゃあサナちん、ゴロちん、いろいろお世話になったわね。たまには遊びに来てね」
「うん」
「そうさせてもらうよ」
「あたしの本体によろしく」
「伝えておくよ」
* * *
こうしてフロロ(の分体)はミツヒ村に根を下ろし、『クロエ』となった。
朝食時にそのことを話すと、村長のジクアスや長老のジャニスはびっくり仰天。
「ド、木の精様に名付けを……」
「サナ様……あなたというお方は……」
そしてまた様付けをされそうになったので、説得してなんとか『殿』で抑えたゴローたちであった。
* * *
「それじゃあ、お世話になりました」
「いつでも来てください。歓迎しますぞ」
帰り道は、フロロ(の分体)はいないがダークエルフのイーサスが案内してくれたので問題なし。
無事に『レイブン改』を置いた場所に到着できた。
「ゴロー殿、これは……乗り物なのか……? ……って、ピクシーがいる!?」
「あ、ええと、乗り物だよ。で、ピクシーは番をしてもらうためにフロロが呼んでくれたんだ……って、いっぱいいる!?」
フロロが呼んだピクシーは3体だったはずなのに、『レイブン改』の周辺にはどう見ても20体以上のピクシーが乱舞していたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は1月23日(日)14:00の予定です。
20220121 修正
(誤)朝食時にそのことを村長のジクアスや長老のジャニスはびっくり仰天。
(正)朝食時にそのことを話すと、村長のジクアスや長老のジャニスはびっくり仰天。