09-11 案内
ミツヒ村の『古代遺物』を見事に直したフロロ、ゴロー、サナ。
出番のなかったティルダは少し落ち込んでいるが、仕方がない。
で、今は村を案内してもらっているところである。
小さな集落が8つ集まっている、ということで(1つは林業、1つはダークエルフだった)、残る6つを見せてくれるというのだ。
その後、もう一度要望を聞かせてくれと村長は言うのである。
まずは2つの集落の間にある畑地を抜けていく。
「こちらが農業……主にイモ類と根野菜を栽培しております。人族とダークエルフが協力しております」
「なるほど」
そのために、2つの集落の間に畑が作られているわけだ。
次の集落は鉱山のようだった。
「ここは、少しですが鉄が出ます」
ダークエルフの管轄で、村内で使う農具や日常に使う刃物は自前で賄えているようだ。
その次に訪れたのは人族の集落で、職人たちが集まっていた。
そう、この村は、同じ役割を持つ者たちが1つの集落を作り、それが8つ集まって村になっているわけだ。
「これはこれで効率がよさそうだな」
「うん」
「……ここの職人さんたち、技術がすごいのです」
お役に立てなかったと落ち込んでいたティルダであったが、ミツヒ村の職人の技術を目の当たりにして、少し刺激を受けたようだ。
「なら、もう少しよく見せてもらおうか?」
「はいなのです」
ゴローが気遣ってそう言うと、案の定ティルダは乗ってきた。
そこで少し職人たちの仕事ぶりを見せてもらうことにする。
職人とひとくくりにしているが、木工職人と金工職人がいた。
木工職人は椅子・テーブル・タンス・サイドボードなどの家具と、小箱・置物などの雑貨を作っている。
いずれも村周辺に生えている木から得た材を使っているようだ。
が、ティルダが最も興味を持ったのはやはり金工職人。
「ここは……木炭をつかっているのです」
驚いたことに、金属を溶かすのに炭を使っているのだ。
「これでは、高温が得られないので大変なのです」
「ティルダ殿の言うとおり、融点の低い金属が主ですな」
銀の融点は摂氏962度くらい、銅は摂氏1085度くらい。
合金にすればもう少し低くなる。
なので銀は925銀と呼ばれる、銀の純度92.5パーセント(残りは銅)が使われていた。融点は摂氏893度くらい。
また、銅は亜鉛と合金して黄銅にしている(融点はおよそ摂氏820度くらい)。
「亜鉛はここの鉱山で少しですが採れますのでな」
銀、銅の地金は外から購入しているという。
そして黄銅は鍋やヤカン、お玉などの調理器具に。
銀はお皿やスプーン、フォークなどの食器に加工されている。
ティルダが注目したのは、その皿やスプーン、フォークなどに施された加飾だ。
通常はタガネを使い彫り込んでいくことが多い。
あるいは、型を作ってそこに流し込む方法か。
だがここでは……。
「『食刻』といいますな」
腐食性の液体にマスキングをした金属を漬け込んで選択的に溶かし、模様を付ける方法で、エッチングとも言う。
現代日本ではプリント基板を作る際に使われる加工法である。
また、美術では銅板にグランド液と呼ばれる耐食性のある塗装をし、そこに針で絵を描いた後にエッチング液に漬けて描画後のみを腐食させる『銅版画』という技法がある。
が、化学が未発達なこの世界では目新しい技法だったのだ。
「おや、ティルダ殿は食刻に興味がおありですかな?」
「はいなのです」
「では職人に詳しい説明をさせましょうかな」
「お願いしますのです」
案内をしてくれている村長ジクアスはそう言って便宜を図ってくれたのだった。
* * *
食刻の手ほどきを受けているティルダはそのままに、ゴローたちは残る集落を見せてもらうことにした。
(林業、農業、農業、職人ときたら、次は何だろうか)
「さあ、こちらです」
「あっ、きれい」
サナが声を発した。
そこではダークエルフたちが家に籠もって草や木の皮、実などをすり潰し、煮込み……。
染料を作っていたのである。
試しに染めた色とりどりの布がそこかしこに翻っていたのである。
「主に外貨獲得のため、ですか?」
「仰るとおりです」
色鮮やかな染料が多く、おそらくダークエルフの秘伝も使われているのだろうとゴローとサナは想像した。
なのであまり詳細を聞くことはせず、次の集落を見に行く。
「こちらがそうです」
「お、なるほど」
6つめの集落は人族で、紡績や機織り、服作りをしていた。
「主に羊毛を紡いで使っていますが、麻も作っております」
絹と木綿は使っていないようだった。
この土地では気候が冷涼なので綿花の栽培は難しいだろうし、桑の木もないので蚕も飼えないようだ。
「あと2つですな。……で、ここが……」
「食品加工ですか」
「はい、そうです」
人族の集落で、肉の塩漬けや燻製加工、木イチゴなどでのジャム作り、ドライフルーツ作りなどをしていた。
サナがちょっと味見をしたそうにしていたのは余談。
そして最後は人族の集落で……。
「人がいませんね」
「ここは狩猟を担当していますからな」
「あ、なるほど」
今は狩猟のために人が出払っているというわけであった。
* * *
「……と、このように規模の小さな村ですが、自給自足を目指しております」
「わかります」
ひととおりの見学を終え、ティルダのいる職人集落へと向かうゴローたちである。
「それで、何かご要望はございますか?」
「えっと……」
相変わらずゴローたちの要望を叶えたいと村長は思っているようだ。
ゴローとしては、そこまでこだわりはないし、ティルダが技術を教えてもらっているし、せいぜいが時々樹糖を安く売ってもらえればそれでいいのだが。
「ねえ村長さん」
「は、はい、な、なんでしょうか、『木の精』様?」
フロロ(の分体)にいきなり話し掛けられた村長は慌てた。
「この村は、どうして結界の中にいるのかしら?」
それはミツヒ村の本質に関わるような問いであった。
なんとなく聞かないほうがいいような気がして、ゴローも聞かないでいた内容である。
が、フロロ(の分体)からの質問であるから、村長としても答えないわけにはいかないようだった。
「恥を晒すようですが、この村の始まりの者たちは『追放者』でしてな」
「追放者?」
「はい。『木の精』様にはまったく関係のないことでしょうが、宗教的な理由で追放された者たちがさすらいの末見つけた安住の地なのですよ」
「ふうん。……あ、言いにくそうだから、それ以上は話してくれなくていいわ」
「お気遣い、感謝します」
どうやら『プルス教』の関係らしい、とゴローは察した。
フロロ(の分体)も、宗教絡みの話はややこしくなることを察してか、それ以上聞くことはなかったのである。
「まあそういうわけで世間から隔絶されたこの場所がよかったわけね」
「そういうことでございます」
この場所を見つけたのも本当に偶然だったようだ。
そして、宗教とは別に、世界をさすらっているダークエルフたちも身を寄せるようになり、今に至る……らしい。
なかなか複雑な事情を持つミツヒ村なのであった。
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次回更新は1月20日(木)14:00の予定です。