09-10 濁り
フロロ(の分体)は仮称『結界発生機』について現状の説明をしている。
「本来、この『古代遺物』は周りのマナを利用して動くはずなんだけど、不安定ね」
「それは、どういうことですか?」
フロロ(の分体)の説明を聞きながら、イーサスが質問をした。
「動作が鈍いのよね。原因はマナの濁り。それだけは言える」
「濁り……というのは?」
「ああ、そうね……そう、必要なのは『無属性』のマナなんだけど、不純物が混じっているみたい」
「フロロ、属性のあるマナが混じった、ということ?」
「あ、それそれ。サナちん、賢い」
が、これを聞いて長老ジャニスは考え込んでいた。
「属性のあるマナ……いや……まさか……」
「何か心当たりがあるの?」
長老の様子を見てフロロ(の分体)が声を掛けると、慌てた答えが返ってきた。
「は、はい……実は……」
長老が訥々と語ったところによると……。
* * *
ここ『ミツヒ村』の場所には、元々結界を発生する『古代遺物』があったという。
が、それをそうとは知らずに住んでいた人々がいた。
それがミツヒ村の始まりである。
ダークエルフたちはおよそ200年前、長老が壮年だった頃に移り住んできたという。
ダークエルフは国を持たず、各地に散らばって集落や村を作るのが普通なのだ。
ダークエルフは特に土属性魔法に秀でていたので、集落の整備に大きく貢献した。
そしてそれから、各地をさすらう同胞を誘い、次第に人口が増えてきたという。
「ここの『古代遺物』は我らにとっても隠れ住むために都合がよかった。人族たちも、このおかげで魔獣は一切村に入ってこないので安心できたのだ」
しかし、である。
その『古代遺物』が最近……といってもここ2年くらいのことだが……不安定になってきているのだという。
不安定になった理由を、フロロ(の分体)が『属性のあるマナが混じった』と喝破したが、その理由と思われるのは、
「結界内で繰り返し土属性魔法を使ったせいでしょうか?」
ということだった。
* * *
「うーん、土属性魔法を使ったことが直接じゃあないとは思うけどね」
長老の説明を聞いたフロロ(の分体)は一旦否定する。
が。
「試しに何か、土属性魔法を使ってみてくれる?」
「は、わかりました。では私が。……『土・掘る』」
長老ジャニスが土を掘る魔法を使ってみせた。
「……」
「……いかがですかな?」
「あ、やっぱりそれが原因ね」
「なんとおっしゃいます!?」
だがフロロ(の分体)は、直接には答えず、サナに質問を行う。
「サナちん、何か感じた?」
「うん。……なんというか、そう、『余波』を」
「ああ、俺も感じた」
ゴローも同意した。
そこでフロロ(の分体)は断言する。
「ね? ……ダークエルフは土属性魔法が得意だって言われているけど、それは一面に過ぎないの。マナの制御は意識して訓練しないと上達しないものよ。ね、サナちん」
「フロロの言うとおり。魔力制御がうまいことと、魔法がうまいことは切り離して考えるべき」
「な……なんですと?」
サナだけの言葉ではダークエルフたちも耳を貸そうともしなかったであろうが、『木の精』であるフロロ(の分体)が言うことである。
信じずにはいられなかった。
「つまりね、あなたたちが土属性魔法を使うでしょ? その時、周りにある『マナ』を『土属性のオド』に変換して魔法を発動させるわけ」
「は、はい」
「その時ね、どうしても余計に『土属性のオド』に変換しちゃっているのよ」
「余計に、ですか」
「そ。その余った『土属性のオド』は時間とともに分解されて『マナ』に戻るんだけど、戻りきらないうちに中途半端な……そう、『土属性のマナ』の状態になっていて、それが『古代遺物』に吸収されちゃってるのよ」
「な、なんと……」
通常、『マナ』に属性はない。
オドに変換されて初めて属性を持つ。
が、オドがマナに戻る際、微妙に属性を持つ段階があり、その状態のマナを『古代遺物』が吸収し続けた結果、動作が不安定になったというわけである。
「なんということ……」
「長老、我らが自身で『古代遺物』に不具合を生じさせていたということですか……」
長老ジャニスと剣士イーサスはがっくりと項垂れた。
「そうがっかりしなくていいわよ。まだ多分なんとかなるから」
「本当ですか、『木の精様』!!」
「ええ」
フロロ(の分体)はサナの肩の上でふんぞり返った。
落ちそうになったところをゴローが受け止める。
「そ、その、本当に、なんとかなるのですか?」
「大丈夫よ。……ゴロちん」
「うん、俺?」
「そ。あのね、あの『古代遺物』に『マナ』を流し込んでくれる?」
「マナ? オドじゃなくて?」
「そ」
「わかった」
オドではなくマナ。
これを『古代遺物』が満足するまで流し込めるのは世界広しと言えども、『哲学者の石』を持つゴローとサナくらいであろう。
そして、サナよりゴローの『哲学者の石』の方がより高性能であるため、フロロ(の分体)はゴローに白羽の矢を立てたのである。
* * *
「ここからでいいのか?」
「多分ね」
ゴローは台座の上に乗り、柱に手のひらをかざしていた。
「よし、やるぞ」
ゴローは体内の『哲学者の石』の稼働率を上げた。
普段は0.1パーセントくらいしか働いていないものが100倍……10パーセントほどの稼働率となる。
そのマナはゴローが触れている柱を伝って『古代遺物』本体へと流れ込んだ。
「あ」
「おお……」
「きれいなのです……」
柱の先端に取り付けられている『古代遺物』が微光を発し始めた。
それは美しい眺めで、今まで無口になっていたティルダも思わず声を発してしまうほど。
光の色は黄色。土属性の色だった。
だが、それは次第に白に近づいていく。
2分ほどで『古代遺物』が放つ光は純粋な白色光になった。
「ストップ、ゴロちん」
「ん、あ、もういいのか?」
「バッチリよ」
フロロ(の分体)の言葉により、ゴローはマナを止め、柱の台座から下りた。
そして『古代遺物』を見上げる。
微光はもう発しておらず、ただ静かにそこにあるだけ。
「……うん、直ったわ。さすが『古代遺物』ね。一回掃除しただけで直っちゃうなんてね」
満足そうにフロロが言った。
「おお、ありがとう、ゴロー君! 君のおかげで『結界発生機』が元どおりになった!」
「いや、フロロの指示に従っただけです」
「それでもだ、ありがとう」
長老ジャニスと女剣士イーサスだけでなく、いつの間にか住居から出てきていたダークエルフたちが跪いていた。
「え、え?」
「ゴロー君とフロロ様、そしてサナさんは救世主だ。いや、もう『君』『さん』などと呼んではいかんな」
「いや、今までどおりでお願いします」
様付けで呼ばれることだけは回避したゴローだったが……。
「フロロ様、ゴロー殿、サナ殿。我らは御三方に大きな恩義を受けました。恩義には恩義で報います。何でもお言いつけください」
「ええ……」
ミツヒ村のダークエルフ全員からの崇敬だけは受けざるを得ないようだった。
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次回更新は1月16日(日)14:00の予定です。
20220113 修正
(誤)フロロ(の分体
(正)フロロ(の分体)
2箇所修正。
(誤)一旦掃除しただけで直っちゃうなんてね」
(正)一回掃除しただけで直っちゃうなんてね」
(誤)長老ジャニスと女剣士イーサスでけでなく
(正)長老ジャニスと女剣士イーサスだけでなく
20220115 修正
(旧)「フロロ様、ゴロー様、サナ様。我らは御三方に大きな恩義を受けました。
(新)「フロロ様、ゴロー殿、サナ殿。我らは御三方に大きな恩義を受けました。