09-09 長老
ダークエルフの女剣士、イーサスが語ったこと。
それはこの村の危機であった。
より正確には『結界』の危機。
「この村には……いや正確にはこの土地には、昔から結界が存在していたのだ」
「へえ」
「その結界がここのところ緩んできていてな」
「なるほど」
「で、だ。ゴローといったな。貴殿のところには優秀な魔法技術者がいるようだし、『木の精』様もいらっしゃる。この危機をなんとかしてもらえないだろうか?」
「そういうことですか。……そんな大事なことを話してしまっていいんですか?」
「かまわないだろう。そちらには『木の精』様が付いておられるのだ。それすなわち信頼に値するということでもある」
どうやらダークエルフにとって『木の精』は神聖な存在のようだ、とゴローは察した。
「その信頼を裏切ることはないでしょう」
「結構。……それで、どうなのだ? 結界の不具合を直せるだろうか?」
「さあ、それは……結界の発生原理もわかりませんし」
「む、そうだな。ならば、結界を発生させている場所へ行けば何かわかるか?」
「確約はできませんが、何らかの判断はできるかと」
「……わかった。少し待っていてくれ。……村長、彼らを頼む」
と言い残し、村長の返事も聞かずにイーサスは森の奥に消えていった。
「……結界を管理している人がいるんですか?」
少しでも情報を得るため、ゴローは村長に尋ねてみた。
「まあ、そういうことだ。勝手に詳しいことは説明できないが、あの森の奥……この村の中心部、つまり結界の中心部にある集落にな」
「『守人』ってわけね」
ここでフロロ(の分体)が口を開いた。
「お、おお、そういうことです、木の精殿」
「『守人』って?」
聞き慣れない単語に、ゴローが質問をした。
「『守人』っていうのはその名のとおり、『守る人』なんだけど、エルフやダークエルフの間では、『世界』っていうと大げさだから……『領域』を『守る』人、かな」
「なるほどな。なんとなくわかった。……で、『領域』って、高位の精霊が設定する『縄張り』じゃなかったっけ?」
「あ、よく知ってるわね」
「そりゃな。ほら、ピクシーを捕まえるとか言って領域を作ったんじゃなかったっけ?」
「あ、覚えてたのね。ええ、そうよ。ここの結界も精霊が守護しているようなものだから」
「そうなのか?」
「ま、厳密にいうと精霊とはちょっと違うみたいだけどね」
そんな話をしていると、森の奥からイーサスが戻ってきた。
一緒にもう1人付いてきている。見た感じ、年配のダークエルフのようだった。
「話をつけてきた。こちらは我らの長老の『ジャニス』様だ」
「ジャニスという。……おお、まさしく『木の精』様じゃ」
長老と呼ばれるだけあって、ジャニスは初老の女性であった。
ダークエルフ特有の白い髪、水色の目、そして浅黒い肌。体型は……かなり痩せている。
「木の精様、我らをお救いくださいますか?」
「見なきゃわからないわ」
「ごもっともで御座います。では、おいで願えますか?」
「いいけど、サナちん、ゴロちん、テルちんも一緒でなきゃ行かないわ」
テルちんというのはティルダのことらしい。
そのティルダは、この村に来てから無口になってしまった。
というか、次々に起こる出来事にいっぱいいっぱいになってしまっているのであろう。
とにかく、名前を言われて初めて、長老ジャニスはゴローたちを見た。
「……木の精様の仰せであるから、一緒に来ることを許そう」
「そりゃどうも」
ゴローはそれほど行きたくはなかったが、話の流れ上、イーサスとジャニスに連れられ、森の奥へと向かうのだった。
〈……どうやらダークエルフ……というかこのジャニスって人は、俺たちのことが鬱陶しいみたいだな〉
〈ダークエルフは基本的に人間嫌いだって、聞いてる〉
〈そうなのか?〉
ゴローとサナは『念話』で話をしている。
〈でも、この村に住んでいるぞ?〉
〈とは言っても、別に集落を作っている。おそらく、今向かっているのはダークエルフ『だけ』の集落〉
〈そうか、なるほど〉
歩いていく先は、これまでの疎林に比べ、樹木の密度がより高い、鬱蒼とした森である。
が、その住人であるイーサスとジャニスは全く迷うことなく歩いていく。
その後を付いていくと、歩きにくそうに見えた森の中も、比較的楽に歩けたのである。
そうやって5分ほど歩くと、森が開けた場所についた。
周囲は20メルほどの高さの森。
その場所だけ、直径100メルほどの開けた場所になっており、そこがダークエルフの集落のようだ。
建っている家は全部で40ほどあろうか。
ダークエルフ様式なのか、高床式の家である。
木造で、家本体は柱によって地面より1メルほど高く持ち上げられている。
窓も扉も閉ざされており、ゴローたちとは極力関わりたくないようだ。
「ここが我らの住処だ。ここまで来た『人族』はお前たちが初めてだ。光栄に思うがいい」
そんなジャニスの言葉を聞き、どうやら村長でさえここには立ち入れないらしい、とゴローは察した。
「それで、結界の中心は?」
とゴローが聞けば、
「聞かなくてもわかるわ。ゴロちん、あそこの白い柱の上よ」
とフロロ(の分体)が教えてくれた。
フロロ(の分体)が指差す方向を見ると、太さ1メル、高さ0.5メルほどの円形の台座の上に、高さ3メルほどの柱が立っており、その先端に直径10セルほどの球体が付いているのが見えた。
「あそこが結界の中心で、同時に発生場所ね。……ああ、これはいけないわ」
「木の精様! 何がいけないというのです!?」
フロロ(の分体)の呟きに、長老ジャニスが反応した。
「んー……あれって『古代遺物』よね?」
「お、おわかりですか」
「わかるわよ。……ゴロちん、サナちん、テルちん、行くわよ」
「行く、とは言ってもフロロは私の肩の上。私が歩かないと動けない」
「わかってるわよ! だからあそこへ向かって、って言ってるの!」
「うん、わかった」
サナとフロロはそんな掛け合い漫才めいたやり取りをしつつ、『柱』へと向かった。もちろんイーサスとジャニスも一緒について来る。
台座の下から見上げるゴローたち。
「ふわあ……間違いなく『古代遺物』だわ」
「そ、それで、木の精様、結界は直るのでしょうか?」
「んー……あたしには無理」
「そ、そんな……」
がっくりと肩を落とす長老ジャニスと女剣士イーサス。
だがフロロ(の分体)は更に言葉を続ける。
「まあ、人の話は最後まで聞きなさいよ。そもそも、結界は壊れていないじゃないの?」
「……木の精様のお言葉ではありますが、年々ここの結界は不安定になっているのです。最近はあの玉に魔力を吸わせないと、結界がもっともっと不安定になるのです」
「そうでしょうね。……やり方が悪かったのよ」
「は?」
「いい、よく聞きなさいよ。あの『結界発生機』は壊れていないと思うわ。だけど、動作が不安定になっている。その原因は1つ」
「それは?」
「魔力が濁っているからよ」
「……どういう意味ですか?」
フロロ(の分体)の説明が飲み込めず、長老ジャニスは尋ね返した。
「そもそも、あの発生機は、外からマナなんて与える必要もないようなものだと思う。それが長年使われているうちに劣化してきて動作が不安定になった。……違う?」
「仰るとおりです。このミツヒ村ができる前からあの『古代遺物』は存在していたようです。少なくとも村が創建された300年前には既にあったようですので」
「なるほどね。で、今の状態だけど……」
フロロ(の分体)は説明を始めた……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は1月13日(木)14:00の予定です。
20221027 修正
(誤)外から魔力素なんて与える必要もないようなものだと思う。
(正)外からマナなんて与える必要もないようなものだと思う。