09-08 ミツヒ村
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
ミツヒ村の村長、ジクアスの先導でゴローたち一行は明るい疎林の中を進んでいった。
新緑が目に心地いい。下草も緑を帯び始め、春の香りが漂っている。
「ああ、いい場所ねえ」
フロロ(の分体)はこの土地が気に入ったようだ。
そうやって進むことおよそ5分。
「お」
「……うーん、なかなか気持ちのいい場所ね」
ゴローとフロロ(の分体)が声を上げた。
そこは、木が切り払われた場所で、小さな家が幾つも建っている。
「ここはミツヒ村の一部だ。こうした集落が8つ集まってミツヒ村となっている」
「そうなんですね」
「そして、この集落の住民は樹糖を集めることが主な生業だ」
「あ、なるほど」
「さて、樹糖を作るために薪を使わなくとも煮詰められるという魔導具を見せてもらおうではないか」
「わかりました。……できれば、樹糖があるといいのですが」
「それもそうだな。……おーい、モロー!」
村長は誰かの名を呼び、それに応えて顔を出したのは……。
「あ、いつかのおじさん」
「お、樹糖をたくさん買ってくれた兄ちゃんと姉ちゃんだな。よくここへ来ることができたな」
「それはもう、いろいろあって」
以前ジメハーストの町で樹糖を売っていた男だった。
「なんだモロー、知り合いか?」
「あ、村長。ええ、以前このお2人が樹糖を大量に買ってくれましてね」
「そうだったのか」
「で、なんです?」
「おお、そうそう。……実は、この方たちが樹糖が欲しいとここまでやって来たのだ」
「なるほど。そのくらいやるかもですねえ」
「うん? どういうことだ?」
「いや、大量に、というその量が、105リルでしたし……」
「なんと! いや、これは……」
モローの証言もあり、村長たちは完全にゴローたちのことを信じてくれたようだ。
「で、また樹糖が欲しくて」
「……ということでな。モロー、樹糖のストックはあるか?」
「はい。500リルくらいはありますぜ」
「よし、まずは一桶持ってきてくれ」
「はい」
一桶はおよそ20リル。デモンストレーションには丁度いいかな、とゴローは思った。
桶はテーブル代わりの切り株の上に置かれた。
「では、始めましょう。この桶に、この魔道具を使います」
ハカセが作ってくれた『脱水』の魔導具。
丸い蓋の裏側に、小さな本体が付いている形状である。
「これを桶に被せて、起動します」
ゴローは自分のオドで起動した。
「オドでもマナでも大丈夫です。一度起動すれば、周りのマナを使って動き続けます」
「な……何だと!?」
驚いた声を出したのはダークエルフの女剣士、イーサス。
「周りのマナで動作する……そんな魔道具を作れるのか、君たちは?」
「あ、いえ、作ってくれたのは知人ですが」
「そうか。それでも、そうした魔道具を作れる人がいるのだな……」
何ごとか考え込むイーサス。
そんな彼女を尻目に、サナが魔導具の説明を続ける。
『脱水』の魔法を開発したのはサナなのだから。
「これ、は、正確には『煮詰める』のではなくて、『水分を飛ばしている』、のです」
「ほう?」
「ごらんください」
蓋状の魔道具を持ち上げて見せれば、桶の中身は半分くらいになっていた。
「ほほう……なるほど」
「つまり、『乾かして』いるのか?」
「大体は、そういうことです。ただ、生活魔法の『乾かす』ですと、カラカラの、粉末になってしまいます」
その上、魔力も多めに消費する、とサナは説明した。
元々生活魔法の『乾かす』は衣類に使うものなので、奪うべき『水』の量も少ないため消費魔力も少なかった、と。
「そこで、ゆっくりと水分を抜く『脱水』を、開発」
「か、開発、ですか」
驚く村長。
そこに考えごとから覚めたイーサスも加わる。
「魔法を開発……私は魔法についてはあまり詳しくないが、それが凄いことくらいはわかる」
「研究者だからな。……サナはその助手をしていたし」
ゴローが補足説明をする。
「ふうむ……」
また何かを考え込むイーサス。
「……で、2分ほどで、こう」
「おお!」
「これ、いいじゃねえか」
サナは魔導具を停止させ、蓋をとって桶の中を見せた。
20リルあった『樹糖』は1リルほどになっており、濃縮されたことがわかる。
「熱を加えていないので、香りも飛んでいません」
ゴローが引き取って解説を行う。
「このまま水分を抜いていけば、粉状になります。それをお湯で溶けば甘い液体になります」
「おお、なるほど」
「なかなかいい魔道具だな」
「でしょう? 使い続けてもコストは掛かりません」
「確かにな」
村長、イーサス、モローらはこぞって『脱水』の魔導具の有用性を認めてくれた。
「村長、これを使って『樹糖』を濃くすれば、もっと高値で売れるし、運ぶのも楽になるぜ」
「そうだな。……ゴロー君、サナさん、ティルダさん、そしてフロロ様。この魔道具を売っていただけるのですか?」
「そうです。というか、代わりに『樹糖』が欲しいんです」
「わかりました。在庫の半分をお譲りしましょう」
「えっ?」
先程500リルほどの在庫があると言っていたので、半分なら250リル。これは相当な量だなとゴローは思い、サナは嬉しくてニコニコしている。
「もちろん、この魔道具で水分を飛ばしてからお譲りします」
だが。
「あ、いえいえ、それはこっちでやります」
「は?」
「液状だと重いので、分けていただける分は全部粉末にして運ぼうと思いまして」
「な、なるほど」
サナもゴローも『乾かす』を使うことができるので、その方が楽である。
50リル入っている樽に、サナが『乾かす』を掛けると、10秒ほどで水分が全部飛んで、500グムほどの『粉末樹糖』が完成した。
「……な、なんと」
「す、すごい」
さらにゴローも、同じことを行ってみせる。
そうして2人で5樽分の『樹糖』を『粉末樹糖』にしてしまった。
「ゴロー殿、サナ殿、お2人とも、すごい魔法の使い手なのだな」
ダークエルフのイーサスは素直に感心していた。
そうして出来上がった『粉末樹糖』は全部で3キムほどになった。
樽によって『樹糖』の濃度が違っていたからである。
おおよその見当で煮詰めて作っているからだろうなとゴローは想像した。
* * *
出来上がった『粉末樹糖』を小さな瓶に移し、湿気ないよう封をした。
「ありがとうございました」
「なんの、こちらこそ助かった」
いい取引が成立したと村長ジクアスは上機嫌である。もちろんサナも。
そしてティルダはティルダで、この村周辺で採れる宝石の原石を幾つか手に入れてご満悦。
フロロ(の分体)はというと、ダークエルフのイーサスに請われ、何やら相談に乗っているのだった。
「……では、そばに行けばわかりますか?」
「確約はできないけど、多分ね」
「では、ぜひ、お願いいたします!」
「それは、サナちんに聞いてみないとね」
そこへ、当のサナがやって来た。
「フロロ、私が、何?」
「あたしじゃなくて、こっちのイーサスが、ちょっとね……」
「サナ殿、是非フロロ様のお力を貸していただきたいのだ!」
「……説明、して」
「おお、もちろんだ」
そして、イーサスが語ったこととは……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は1月9日(日)14:00の予定です。
20220106 修正
(誤)「さて、樹糖を作るために薪を使わなくと煮詰められるという魔導具を見せてもらおうではないか」
(正)「さて、樹糖を作るために薪を使わなくとも煮詰められるという魔導具を見せてもらおうではないか」
(旧)半分なら250リル、相当な量だなとゴローは思い、サナは嬉しくてニコニコしている。
(新)半分なら250リル。これは相当な量だなとゴローは思い、サナは嬉しくてニコニコしている。
20221027 修正
(誤)魔力素
(正)マナ
3箇所修正。