09-04 ヒバリ
翌日もハカセは夜明けとともに起き出し、それを察したゴローとサナ、予想していたアーレンとラーナ、それにティルダとルナールも起きた。
早々に朝食を済ませ、『試作5号機』に推進機を取り付けていく。
準備はできていたので、お昼のかなり前には『試作5号機』が完成した。
「とりあえず完成したねえ」
「ですね」
「さあ、チェックをするよ!」
入念なチェックのあと、いよいよ試験飛行である。
いつものように『強化』を掛けたゴローがテストパイロットである。
「それじゃあ、行ってきます」
「ゴロー、気を付けて」
「頼んだよ、ゴロー」
「ゴローさん、お気を付けて」
等々、皆に見送られ、ゴローは機上の人となった。
〈起動する〉
〈うん〉
ゴローは念話でサナに報告を送る。
起動キーをひねると、主翼に魔力が送り込まれていく。
魔力が一定量を超えると、『亜竜の翼膜』に浮力が生じる。
それは1トム以上ある『試作5号機』を軽々と浮遊させた。
魔法技術が物理法則を凌駕したのだ。
〈ゴロー、浮いてる〉
〈うん。結構安定しているぞ〉
何しろ垂直離着陸は難しい。なぜならば『浮く』ということそのものが難しいからだ。
地球においては『直立型飛行機』別名『テイル・シッター方式』が考えられた。
ドイツでは、トリープフリューゲル、アメリカではXFY、XFVなど。そしてフランスではC450が作られたものの、実用には至らなかった。
1960年にイギリスが推力偏向式のハリアーを実用化したが、これはかなり危険な機体で、墜落などの事故が10万時間あたり39件と事故率が高く、なんと11年間の運用期間中に全導入機の半数が失われたという。
1971年にはソビエトがYak38を開発運用。この機体は推進とは別に離昇用のリフトエンジンを2つ持っていた。つまり合計で3基のジェットエンジンを搭載していたわけだ。
が、リフトエンジンは通常飛行時には使われないので運用効率が悪い機体であった。
1985年になるとアメリカがハリアーⅡを開発し、ここにきてようやく実用的なVTOL機が完成した。
それでもアメリカの軍用機としては事故率が高かった。
そんな、地球の技術者たちの苦労など知らぬ気に(実際知っているはずもない)、『試作5号機』はゆったりと研究所の空に浮かんでいた。
〈ゆっくり前進させる〉
〈うん〉
まずは低速用のプロペラ推進を試すゴロー。
〈お、調子いいな〉
〈うん、こっちから見ていても安定している〉
『試作5号機』は低速で研究所のあるテーブル台地上を飛び回った。
およそ時速4キル、歩くほどの速度である。
〈それじゃあ、少し速度を上げてみる〉
〈うん。気を付けて〉
プロペラを回す小型『円盤式エンジン』の出力を徐々に上げていくと、だいたい時速60キルくらいまでは出すことができた。
〈これ以上はロケットかな〉
〈試すの?〉
〈ああ。今のこの機体なら大丈夫そうだ〉
〈でも、気を付けて〉
いよいよゴローは『魔導ロケットエンジン』を起動する。
「お」
下で見ているハカセたちの目にもはっきりと、『試作5号機』はぐん、と加速した。
「凄いね。時速200キルくらい出ているんじゃないかねえ」
「成功ですね」
『試作5号機』はあっという間にハカセたちの視界から消えてしまった。
「もう見えなくなってしまったよ」
「速いですねえ」
「ゴローさん、大丈夫でしょうか」
〈ゴロー、大丈夫?〉
〈ああ。すごく快適だ〉
〈そう、よかった〉
サナだけは念話でゴローと会話していたので平然としていた。
そんなサナの顔をちらと見たハカセは察する。『試作5号機』は大成功だと。
そして1分後、ゴローは戻ってきた。
危なげなく着陸、そして報告。
「ハカセ、成功です! 最高時速は300キル近くまで出せましたよ!」
「おお、そりゃ凄い。なにか気が付いたことはあったかい?」
「はい、1点だけ」
「それは?」
「低速推進用のプロペラが邪魔です」
「ああ、そうか……」
低速時に使っていたプロペラは、『魔導ロケットエンジン』を使った高速飛行時には空気抵抗となるのだ。
「折りたたみ式にしたらどうでしょう?」
「うん、それはいいかもね」
回転させると遠心力でプロペラが開き、停止時に風を受けると折りたたまれる仕組みだ。
昔あったという電池式のポケッタブル扇風機がそんなプロペラファンを持っていた。
「あとはないかい?」
「やっぱり通信装置が欲しくなりますね」
「うーん、そうだねえ……」
『念話』を応用した『魔力通信機』はあるが、到達距離が20キルほどと、ちょっと短い(それでもゴローとサナの念話可能距離よりは長いが)。
「強力な魔力源もできたことだし、もう一度やってみようかね」
「そうですね」
「その前にゴロー、もう気が付いたことはないかい?」
「はい。……乗り心地、安定性、室内の温度なども上々でした」
「そうかい。それじゃあまずは成功だね」
「はい」
そこで、真っ先に低速推進用のプロペラを折りたたみ式に改造していくハカセたち。
「これでよし、と」
「簡単でしたね」
「それじゃあいよいよみんなで乗って……」
「その前にお昼ごはんにしましょう」
「……そうだね」
ルナールとマリー(の分体)が用意してくれたこの日の昼食はおにぎりであった。
具は塩、味噌、梅干し、ごま……様々、いろいろな味を楽しめる。
* * *
昼食をすませば、食休みもそこそこに、ハカセは『試作5号機』に乗りたがった。
「さあさあ、乗ってみようじゃないかね」
「その前にハカセ、『試作5号機』に名前を付けましょうよ」
「え? うーん、そうだねえ……」
ちょっと考え込むハカセ。
「みんなも考えてくれ」
「そうですねえ……」
「うーん……」
「ええと……」
「もう夜の鳥じゃないものねえ……」
と悩んだ結果、サナの意見で『アルエット』(=ヒバリ)と呼ぶことになった。
ヒバリは草原の鳥で、春には『揚げ雲雀』と呼ばれる縄張り宣言を行う。
この時、オスがさえずりながら高く上がって行くさまをVTOLである『試作5号機』になぞらえたのである。
「アルエットかい。なかなかいいね」
そこでゴローは機体の横に『ALOUETTE』と機名を記したのである。
「さあさあ、それじゃあ『アルエット』に乗ってみようじゃないかね」
「いえハカセ、その前に荷物を積んで飛んでみないと」
「……そうだねえ」
ハカセも技術者なので、乗りたいという気持ちを抑えて機体のチェックを優先したのだった。
* * *
結果、500キムの荷物を載せても『アルエット』は悠然と空を飛んだのである。
「今度こそ、乗るからね!」
「はい」
満を持して、ハカセは『アルエット』に乗り込んだ。
もちろんサナ、アーレン、ラーナ、ティルダ、ルナール、そしてフランクも乗り込んだ。
全員合わせても450キムくらいなので、余裕で『アルエット』は浮かび上がった。
「お、確かに安定がいい感じだね」
「ゆっくり台地上を移動してみます」
プロペラ推進でゆっくりと飛んでみせるゴロー。
「うんうん、いいねいいね。今度はもっと速く飛んでみせておくれ」
「はい」
ゴローはまず高度を十分に取ったあと、ロケット推進に切り替えた。
「行きますよ!」
「行け、ゴロー!」
「はい!」
ハカセの声に合わせ、ゴローはスロットルレバーを押した。
「お、こりゃ凄い速さだねえ」
「これだけ乗っていても、時速250キルくらい出てますよ」
「大成功だねえ」
上機嫌のハカセであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は12月16日(木)14:00の予定です。
20211214 修正
(誤)「うんうん、いいねいいね。今野はもっと速く飛んでみせておくれ」
(正)「うんうん、いいねいいね。今度はもっと速く飛んでみせておくれ」
(誤)ハカセの声に合わせ、ゴローはスロットルレバーを引いた。
(正)ハカセの声に合わせ、ゴローはスロットルレバーを押した。
20211215 修正
(誤)アメリカではXEY、XFVなど。
(正)アメリカではXFY、XFVなど。