09-03 製作順調
早寝したため、翌朝は日の出直後に起きだしたハカセ。
それに気が付いたゴローとサナも起きる。
「おはようございます。早いですね、ハカセ」
「目が覚めたらもうじっとしていられなくなってねえ」
「ハカセらしい」
浮力を生じさせるための『魔法回路』と、エネルギー源である『魔力庫』と、充填装置である『外魔素取得機』の目処が立った今、『新レイブン(仮称)』を作りたくてたまらないのだろうとゴローとサナは推測した。
「……おはようございます」
「……おはようございます……」
そこへ、アーレンとラーナ、ティルダ、ルナールも起きてきた。フランクはゴローとサナと同じく眠っていない。
「それじゃあ、みんな起きたから『新レイブン』というか『試作5号機』の構想をまとめましょう」
ゴローが打ち合わせを仕切ることにした。
ルナールだけは朝食の支度をしに行ったが。
「……前回、長所と短所を洗い出し、短所を改善するようアイデアを出したわけです」
「うんうん。その時に出た、『積載量を増やす』ために『魔力庫』や『外魔素取得機』を改良したわけだからね」
今は、相当量の魔力を使う構成にしても大丈夫なはずである。
「それじゃあ、翼は円形翼1枚にまとめようかね。もちろん3枚か4枚くらい翼膜を貼り合わせるけどね」
「それならかなりの浮力を得られますね」
「推進力は『魔導ロケットエンジン』とプロペラの併用にしたらどうでしょう?」
「ああ、アーレンの案はいいねえ。ロケットエンジンはあんまり低速に向かないからねえ」
「構造材は64チタンと超ジュラルミンですね」
「あとは大きさかねえ」
……と、打ち合わせはどんどんと進んでいき、
「皆さん、朝食の用意ができました」
……と、ルナールが声を掛けてきた頃にはほとんど構想は終わっていたのである。
* * *
朝食後、構想を元に詳細な設計を行っていく。
「乗員室は直方体の密閉構造ですね」
アーレンが言う。
ワンボックスのライトバンを想像してもらえば近いだろうか。
その屋根から左右に半円形の『翼』を生やす。形は、乗員室と合わせて、平面形が円形になるようにする。
「全長6メル。円形なので全幅も6メル。乗員室の全長は同じ、全幅は2メル、高さは2メル。ただし着陸脚は含みません」
「そのくらいだろうねえ」
「低速時はプロペラで、高速時は魔導ロケットエンジンで」
「うんうん」
「定員は10名。積載量は1トムを目指しましょう」
「いいねいいね」
「目標とする最高速度は時速200キル以上」
「妥当なところだろうね」
速度や運動性を求めるなら別の設計方針となるのは全員の認識するところである。
「とりあえずこういったところでしょうか」
「いいと思うよ。早速作ろうかね」
「はい」
まずは64チタンを使って骨組みを作っていくことになる。
モノコック構造ではなく『枠組構造』と呼ばれるもの。
モノコック構造やセミモノコック構造よりは重くなるが、改造や修理が楽という利点がある。
今回は試作機も兼ねているのでこの構造としたのである。
ゴロー、サナ、アーレン、それに自動人形のフランクが作業を行えば、たちまちのうちに形になっていく。
ところどころで、ドワーフのティルダやラーナが手伝えば、午前中に骨組みが完成してしまったのだった。
* * *
「いやあ、慣れてきているから作業も早いねえ」
昼食の焼き立てパンにメープルシロップを掛けて食べながら、ハカセは満足そうに言った。
「ハカセ、午後から外板も貼っていくわけですが、風防はどうします?」
ゴローが尋ねる。
「うん、それに関して、あたしにちょっと考えがあるんだよ」
「どんな?」
「亜竜の抜け殻のうち、明らかに子供のものと思われるのがあったろう?」
「ありましたね」
「あれを脱色してみようと思ってね」
「ああ、そういうことですか」
卵から孵って成長する時に脱皮した皮は非常に色が薄いことにハカセは気が付いたのだ。
「『脱色』……どうだい?」
生活魔法の『脱色』。漂白、脱色する魔法だ。
それをハカセが使えば……。
「随分と透明になりましたね」
「もう一度掛けてみようかね。……『脱色』……お、いい感じだね。もう一度。『脱色』……いいんじゃあないかねえ」
3回『脱色』を掛けた結果、元々色の薄かった抜け殻は透明に近くなったのである。
「でもまだちょっと微妙に曇っているかねえ?」
「それって、表面が粗いからじゃないでしょうか?」
くもりガラスが透明ではないのと同じように、表面の微妙な凹凸で光が乱反射したり屈折したりすると透明度が落ちるわけだ。
「じゃあ……『滑らかに』……お、いいね。裏側も『滑らかに』……これはいいよ!」
表面を滑らかにすると明らかに透明度が増し、風防として実用レベルになった。
「これなら、魔力処理すれば水晶よりも丈夫になるよ」
「さすがハカセですね」
「ふふん、そうだろそうだろ」
ハカセとしてはゴローの『謎知識』に頼らずに開発できたことが殊の外嬉しかったようだ。
「操縦席の正面と上下左右にも張りましょう」
「視界は広いほうがいいからね」
もちろん側方、後方にも使い、視界を確保する。
操縦系は何度も作っているので問題なし。
それから空調、特に暖房は必要だ。
室内灯、温度計も忘れない。
「着陸脚はソリでいいですよね」
「車輪はいらないかねえ」
ここでアーレンが一言。
「余裕があったら、必要に応じて車輪を出せるようにしておくと、格納庫にしまう時に便利じゃないですか?」
「あ、なるほど」
「なら、径は小さくていいな」
作りながら出てくるアイデアもあるのだ。
「気密構造にしたなら、空気の確保をどうしましょうね?」
高高度……4000メルくらいまで上がると、気圧は地表の3分の2くらいまで下がる。
当然酸素濃度も同じく下がるわけだ。
ゴローやサナは平気だが、ハカセやアーレン、ティルダ、ルナール、ラーナらはそうではない。
気密構造ということは外から空気を取り込めないため酸欠になる恐れがあるわけだ。
「要するに機内の空気に二酸化炭素……っていったっけ? が増えないようにすればいいんだろう?」
「そうですが」
ゴローが『謎知識』で簡単な科学講座をしているので、ハカセたちも多少の科学知識はある。
「確か、鉄の赤錆なんかも、鉄が酸素とくっついてできる、って言ってたよねえ?」
「はい」
「なら、『錆』・『除去』でなんとかできないかねえ……」
『錆』・『除去』は鉄などの錆を落とす魔法である。
つまり酸化鉄を還元して鉄に戻すわけだ。
これの応用で二酸化炭素から酸素を除去(除去した酸素は空気中に戻される)しようというわけである。
「試してみようかね。『錆』・『除去』……うーん……これがそうかねえ?」
大気中の二酸化炭素は僅かなので、試してみても、ほんの僅かの黒い粉……おそらく煤と同じもの……ができただけである。
「じゃあ、もっと二酸化炭素の割合の多い空気を作って試してみましょう」
「どうするんだい?」
「卵の殻に酢を掛けるんです」
「へえ」
食料として卵もいくらか持ってきており、タマゴ焼きを作ったり目玉焼きにしたり茹でタマゴにしたりと、殻がゴミとして出ている。
それを砕いて土に混ぜ酸性土壌の改良に使えるので取ってあるのだ。
小さな瓶に卵の殻を入れ、酢を掛けた。
小さな泡が出てくるが、それが二酸化炭素である。
二酸化炭素は空気より重いので瓶の中に溜まる。
火の着いたロウソクを入れれば、たちまち火は消えてしまうだろう。
ちなみに理科の実験では、卵の殻の代わりに石灰石を使い、酢の代わりに希塩酸を使うことが多い。
「なるほどね。……『錆』・『除去』……お、よさそうだ」
煤と思われる黒い粉が生じ、瓶の底に溜まっていく。
どうやら二酸化炭素から酸素を取り除いたため、単体の炭素が煤になったようだ。
「これを応用して、密閉した部屋の空気を浄化できそうだねえ」
「やっぱりハカセですねえ」
* * *
その日はそこまでで終了。
推進機の取り付けは翌日となる。
この夜も入浴して疲れを取り、翌日に備えて早めに寝るゴローたちであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は都合により12月14日(火)14:00の予定です。
20211224 修正
(誤)これの応用で二酸化炭素から酸素を除去(除去した酸素は空気中に戻される)ようというわけである。
(正)これの応用で二酸化炭素から酸素を除去(除去した酸素は空気中に戻される)しようというわけである。