01-16 謎知識にないもの
ゴローがもらった鉱石は、赤ん坊の拳くらいのものが10個。
そのうち3つは、半透明から透明な、宝石の原石と思われるものだ。
「ふええええ!」
それを見たティルダが、目を丸くし、奇声を上げた。
「ど、どうしたの?」
さすがにサナもびっくりしたほどだ。
「こ、こ、これって、『金緑石』ですよね!?」
「いや、もらったからよく知らない」
ゴローも正直に答える。
「も、もらったのです?」
「うん」
「……その人って、もの凄いお金持ちだったりします?」
「いや、研究者」
「そうなのですか……ああ、だから金銭感覚に疎いのかもですね」
1人で驚き1人で納得しているティルダを、ゴローはせっついた。
「で、珍しいのか?」
「め、珍しいなんてものじゃないのです! 宝石に加工したものは、小指の先ほどでも国宝級なのですよ! それがこんなに……」
「そんなに珍しいの? 私も、持ってる」
サナが自分の荷物から出そうとするのをティルダは遮った。
「だ、駄目なのです! そんなものを持っていると、悪い人に知れたら、狙われて盗まれるのですよ!」
「あー、それほどなのか」
ティルダは大きく頷いた。
「私はこう見えてもドワーフなので、目利きには自信があるのです。この金緑石の原石は最高級……いえ、それ以上なのですよ。換金したらいくらになるのか見当も付かないのです」
ハカセ、なんてものをくれたんだ……と思わなくもないが、これもまたお金に不自由させたくないという親心だったのだろうか、とも思う。
(いや、きっと価値を知らなかっただけだな……)
そっちの方がありそうだ、とゴローは心の中で思った。そしてそういう、ハカセらしさを思い出し、ちょっと懐かしくなったのである。
「……こんな高いもの、私じゃ引き取れないのです……」
がっくり肩を落とすティルダ。
「10年掛かっても代金を払いきれる気がしないのですよ……」
「いや、あげるよ」
「ふええええええ!?」
ゴローとしては、価値のわかるティルダの方が有効に活用してくれるのではないかと思えるのだ。
それに、研磨しないとせっかくの価値も埋もれてしまいそうだ、という考えもある。
「い、い、いただけないのですよ!」
「あー、困ったな」
頑なに辞退するティルダに、ゴローも苦笑する。
その時ゴローは、とあることを思い付いた。
「これを小さく割ったらどうだろう?」
分割すれば、なんとかティルダでも扱える金額になるのではないかと思ったのだ。
だが。
「それを割るなんてとんでもないのです!」
当のティルダに否定されてしまった。
「金緑石はなかなかいい原石が採れないこともあって、原石の大きさを最大限生かして宝石に研磨するのですよ?」
「そうなのか……じゃあ、宝石に加工する際、削り取られた分は?」
「それすら、とんでもない高値で取引されるのですよ……」
そこまで確認できれば十分だった。ゴローは、自分の考えどおりに行くかどうか、最後の確認を行う。
「ティルダ、君はこの原石の研磨ってできるかい?」
一番小さい原石を手に、ゴローは聞いた。
「一応、学びましたからできるのです」
金緑石は水晶より硬いが、ルビーよりは硬くなく、加工性はほどほど……らしい。
「よし、それじゃあ、この金緑石を宝石として価値がある状態に研磨してくれ。対価はその際に出る破片だ」
「い、いいのです? 破片とはいっても破格の値が付くのですよ?」
「いや、いいさ。この金緑石が宝石になったら、国宝級以上なんだろう? その対価と考えれば」
「それはそうなのですけど」
「この宝石の価値がそれだけ高いなら、それを磨き上げた者にも相応の対価を払わなければならないだろう?」
ここまで言われては、ティルダも断るに断れない。
「や、やってみるのです」
ティルダは工具の用意を始めた。
足踏み式の回転する砥石があって、ゴローは少し驚いた。
「へえ、これで研磨するのか」
するとティルダは得意げに、
「そうなのです! これは、ドワーフの技術者、ゴブロスという人が発明したのですよ!」
「ゴブロス?」
「はいです。女性の技術者で、ハーフらしく、ドワーフらしくない長身の方でしたが、手先が器用なことは誰にも負けないほどだったということなのです」
「……その人は?」
「350年くらい前のことらしいので、今どうしているかは知らないのです」
「……そっか」
ゴブロスというのは『ハカセ』のドワーフとしての家名だったなあと、ゴローは思い出した。
(エルフの国にいたというのが300年くらい前だったというから、その前はドワーフのところで腕を磨いていたのかも)
「他にも、『高熱炉』というものを開発されて、今まで溶かせなかった金属も溶かすことができるようになったのですよ!」
「……へえ、すごいな」
「でも、50年くらいしたらふらっとどこかへ行ってしまったそうなのです」
「……そうなのか」
おそらくその後にエルフの国へ行ったんだろうな、とゴローは想像した。
(ハカセって自由人だな……)
ある意味羨ましい、とゴローには思える。
(だからこそ、俺たちを旅立たせてくれたのかも)
束縛するのもされるのも嫌いなんだろうな、と、ハカセのことを懐かしく思うゴローであった。
「それで、この『研磨砂』で削っていくのです」
砥石で削れるのは水晶までで、それよりも硬い石は『研磨砂』を併用するのだという。
「金緑石はルビーよりは軟らかいので、研磨砂で削れるのです」
「そうなのか」
確かルビーはモース硬度9、水晶は7だったな、と、また謎知識が頭に浮かんだゴロー。
そして回転砥石を水で濡らした後、その上に研磨砂を振りまき、いよいよ研磨しようとするティルダを、ゴローは止めた。
「いきなり削るのか?」
この質問に、ティルダはきょとんとした顔で答えた。
「はい?」
削らないでどうやって宝石にするのか、ということだろうとゴローは悟り、
「いや、全部削っていくのだと破片が出ないじゃないか」
破片を報酬にする、と言ったのに、これではゴローが騙したことになる。
「いえ、さすがに少しは切削しますよ? まずは『テーブル面』を決めちゃうのです」
テーブル面というのは、カットされた宝石の真正面に当たる部分で、比較的広い面積の平面が出される。
ゆえに表面はもちろん、内部にも傷や異物がない場所を選ぶ必要があった。
「あ、そういえば、カットはどうするんだ?」
「はい、この石はやや平たいので、それを精一杯生かした『ステップカット』にするつもりです」
「ええと、ステップカットというのは、四角い形になるやつでいいのかな?」
「はい。ご存じですか?」
「俺の知識にあるステップカットと同じならな」
さすがの謎知識、ゴローも宝石の研磨方法についての概要はわかる。
「こんな形なのですよ」
ティルダは、石板に蝋石のようなものでガリガリと絵を描いた。
なかなかうまい絵で、カット後の形がよくわかる。
「ああ、そうそう、これこれ」
ゴローも一応納得したが、
「だからといって全部削るのはなあ」
ここで、『遺跡』で見つけたナイフのことを思い出す。一応確認を取ってから、と思い、
「ティルダ、『宝石』を切る工具ってあるのか?」
と尋ねると、
「あるのですよ」
と答えが返ってきたので、ゴローは安心してナイフをポケットから取り出した。
「あの、ゴローさん?」
「ええと、ここを平らに削るんだよな?」
「はい、そうなのですが、いったい何を……って、ええええええっ!?」
ゴローが、手にした小さなナイフで金緑石を切り始めたのだ。驚かない方がどうかしている。
「え? 宝石を切る道具があるんだろう? 何か珍しいのか?」
「切るといっても、そんなパンを切るみたいに切れるはずないのです!!」
「え」
ゴローの謎知識には、どこを探しても見つからないものがある。
その1つが『一般常識』だった。
これだけは、ゴロー自身が一つ一つ経験して身に付けていくしかない……のかもしれない。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は8月13日(火)14:00の予定です。
20190811 修正
(誤)「他にも、『高熱炉』という者を開発されて
(正)「他にも、『高熱炉』というものを開発されて
 




