08-36 仕方なく……
ハカセが見つけた『亜竜の骨』はかなり古いものであった。
少なくとも白骨になってから1年以上経っていそうである。
「でもまあ、素材として使えそうだから、確保しておこうかね」
「わかりました」
散らばっている骨を拾い集め、紐で縛り、近くの茂みに隠した。
帰りに回収していく予定である。
さらに先へ進む一行であったが……。
「本当に『亜竜』がいないみたいだねえ」
「ですね」
フロロ(の分体)の探索範囲には1頭の『亜竜』もいないようであった。
「なにか理由があるんだろうかねえ」
「縄張りを変える時期だとか?」
「定期的に住む場所を変える、という可能性も」
「確かにね。サナの言うように、場所を変えるというのは、食料になる小動物がいなくなったから……という可能性が考えられるねえ」
ハカセが推測を述べた。
実際、周囲には小動物はおろか、大きな肉食獣すらいないようなのだ。
「亜竜の生態はまだまだよくわかっていないからね」
「でもそうしますと、このまま進むのは無駄なんじゃ?」
「いや。それは違うよ、ゴロー。あたしたちが探しに来たのは亜竜そのものじゃないんだから」
「あ、そうでしたね。死骸が見つけられればいいわけですから」
「そういうことさね。で、亜竜がいないなら、進む速度を上げられるだろう?」
「そうなりますね」
というわけで、一行は速度アップする。
もちろんフロロ(の分体)による探索は続けながらだが、進む速度は1.5倍から2倍くらいに上がった。
これは大きい。
一行は、1時間後には亜竜が営巣していた中心地にまでたどり着いたのである。
「すごいね、ここは……」
谷の幅は50メルくらい。
そんな谷の両側に切り立った崖がそびえ立っている。
崖の高さは200メルくらいか。
その崖の中腹に穴がいくつも穿たれ、その1つ1つが亜竜の巣である(あった)。
「やっぱり周囲には亜竜の気配がないわ」
フロロ(の分体)が保証してくれたので、ゴローとサナは安心して崖を登り始めた。
「気を付けるんだよ」
「はい」
ハカセ、フロロ(の分体)は下で待機。フランクはハカセとフロロ(の分体)の護衛である。
サナは右、ゴローは左側の崖を登っていく。
そしてほぼ同時に、1つ目の巣穴にたどり着いたのである。
* * *
「……ない」
サナがたどり着いた巣穴は、中くらいの大きさのものだった。
中には枯れ草が敷かれ、思ったよりも清潔な感じがした。
だが、何も残されてはいなかったのである。
「……次」
サナはもう1つ上の巣穴を目指して登っていく。
崖とはいっても垂直ではなく、70度くらいの勾配なので、サナの身体能力であれば楽に登れるのだ。
が、そこにも何も残されてはいなかった。
「……次」
その次の巣穴にも、またその次の巣穴にも何も残されてはいなかった。
それでもサナは黙々と、巣穴を1つ1つ虱潰しに調べていくのであった。
そして。
最後、もっとも高い所にある巣穴でサナが見つけたもの。
「卵……の殻?」
奥の隅に、灰色をした卵の殻が幾つも転がっていたのである。
* * *
ゴローがたどり着いた巣穴はかなり大きなもので、古さを感じさせた。
「でも、なにもない……か」
サナが調べた巣穴と同じく、枯れ草が敷き詰められていただけであった。
「次を調べるか」
こちらの崖も70度くらいの傾斜なので、ゴローはやすやすと登っていった。
そして次々に巣穴を調べていく……。
……が。
サナ同様、それぞれの巣穴には何も残されてはいなかったのである。
そして最後の巣穴。
最も高い場所に掘られた、ひときわ大きな巣穴を、ゴローは調べに訪れていた。
「何世代か、ここで暮らしていたんだろうかな」
ここが亜竜の棲息地だとハカセが知った時期から推測すると、30年から50年くらいはこの土地にいたのだろうと思われた。
そして。
「抜け……殻?」
その巣穴の奥に敷き詰められていたのは『亜竜の抜け殻』であった。
* * *
「え? 卵の殻と抜け殻?」
ゴローとサナはすぐに戻ってハカセに報告した。
「それは凄いね!」
「……ゴローの方が凄い。抜け殻には翼膜も残ってた?」
「うん、多分」
「とにかく調べに行くよ!」
「ハカセ、落ち着いてください。崖は危険ですから」
はやるハカセを宥め、ゴローとサナ、フランクらはハカセをサポートしつつ、左の崖の巣穴、その1番高い場所を目指す。
先頭はゴロー。次がハカセで、殿がフランクだ。3人……2人と1体? は、ロープで互いに身体を繋いでいる。
ゴローの『謎知識』が教えてくれたロープワークだ。登山用語だと『アンザイレン』(ドイツ語)。
1人が登っている(下っている)時は残る2人は動かずにいて、もしも登っているものがミスをして滑落した場合にそれを止められるよう自己確保も行う『スタカット』(イタリア語)だ。
(全員が同時に登る(下る)やりかたは『コンティニュアス』(英語)という)
サナは単独で、3人の横から、また下から観察し、危険がないかどうかを客観的に判断する役目だ。
このようなやり方をしたため、2時間ほど掛かってしまったが、一行は無事に一番上の巣穴にたどり着いたのであった。
「おお! こりゃあすごいよ!! まさに宝の山だよ!!!」
大興奮のハカセ。
それも無理はない。
ここには『亜竜の抜け殻』がそれこそ山のようにあり、一番欲しかった翼膜も、腐らずにかなりの量が残っていたのである。
「脱皮すると翼膜も残るんですね」
「これは一大発見かもねえ」
「でもハカセ、どうします? このままではこれ、運び下ろせませんよ?」
「うーん、困ったねえ」
巣穴の高さは120メルくらい。よく考えてみると、ハカセがここを下りることができるのかという心配もある。
「……『レイブン』も持ってくればよかったですね」
「今更言っても仕方ないさね」
「ですが、他に方法はなさそうですよ」
抜け殻を運び出すにも一苦労だ。
ロープで縛って吊り降ろそうにも、120メルもの長さはない。
『レイブン』なら、この高度で停止する、という飛行さえ可能なのだから、やすやすと運び下ろせるはずである。
「ここは、急いでゴローに『レイブン』を取りに行ってきてもらうしかなさそうだねえ」
「その間、ハカセたちはここにいるんですか?」
「それしかないだろうねえ」
「でも、戻ってくる頃には夜になってますよ」
「ゴローならなんとかなるだろう?」
「食料もないですよね?」
「行動食がちょっと残っているだけだねえ」
「……もし『亜竜』が戻ってきたら?」
「その時はその時さね」
呑気なことを言っているが、命の危険がある。
「……わかりました。できるだけ早く帰ってきますから」
「頼むよ、ゴロー」
「はい」
他にやりようはないので、ゴローが単身『雷鳴』で研究所に戻り、『レイブン』で戻ってくることになった。
ゴローは、己にできる最大の『強化』を掛ける。
およそ3倍の身体能力を発揮し、崖を飛ぶように下り、川原を疾風のように駆け下っていく。
「……急がないと……」
太陽は早や西の空に傾いていた。
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次回更新は11月18日(木)14:00の予定です。