08-34 また……
さて、いろいろあった初日が過ぎ、『研究所』での2日目。
「あたしたちにも役目をおくれよ、フロロちゃん」
興味津々でハカセが『木の精』のフロロに頼み込んでいる。
どうやら今日は、自然と共に暮らすエルフの血が騒いでいるようだ。
「んー、そうねえ、それじゃあ、木や草を植え付けていってくれるかしら?」
「はいよー」
昨日ゴローたちが集めてきた腐葉土を盛り、そこに灌木や小低木を植えていく。
それをフロロが片っ端から『祝福』を掛け、定着させていった。
パワーアップしたフランクもいるので、植え付けはスムーズに進む。
それと同時並行で、ゴローは付近の森から植樹用の苗木を運んできている。
サポートにはフロロの薫陶を受けた『屋敷妖精』のマリー(の分体)が付いているので、どの木がいいかを指示してもらえ、作業効率がいい。
サナはと言えば、彼女がそばにいることで、契約したフロロは魔力の使い放題状態となっている。
アーレンとラーナ、そしてティルダの3人は、庭園に配置する庭石を削ったり、ベンチや四阿を作ったりしている。
ルナールは彼らのサポートといえば聞こえはいいが、要するに雑用である。
もっとも、その他に大事な役割……『食事』の支度も彼が受け持っているのだが。
* * *
トータルで3日掛けて、庭園はかなり形になってきたといえよう。
そこそこ大きい木も運んできて植えたため、『エサソン』のミューが好みそうな木陰もできているし、近くにあった湧き水を引いてきたので心字池にも水が溜まっている。
ぱっと見には、立派な庭園である。
フロロいわく、『1年経ったらどこからも文句のこない庭園になるわよ』だそうだ。
しかし、である。
「……どっから来たんだ……」
ゴローの声が響いた。
その目が見つめているものは、心字池の一番深い所から顔を出している少女の姿をした妖精である。
種族名は『水の妖精』だとフロロが教えてくれた。
「……ゴロちんに付いてきたみたいね」
「え!?」
泉や川にはそれぞれナーイアス(1人または複数)がいるといわれており、その泉や川の神の娘とされる。
「……おそらく、どこかの池か川で生まれたばかりの『水の妖精』だわ」
「それが何で俺に……」
「元々ゴロちんやサナちんは超自然のものに好かれる体質だし、その上この前あたしの祝福を受けたしね」
「……ああ、あれか」
2人は、今年の1番花を見た際に『木の精の祝福』を受けたのである。
「そのために妖精や精霊により好かれるのよ」
「そういう祝福なのか?」
「違うわ。単に、あたしの祝福をもっているということで安心するんでしょうね」
フロロによると、精霊の祝福、とりわけ『木の精』の祝福は、精霊や妖精に対し優しい者にしか与えられないため、それを感じ取った他の精霊や妖精が安心して近寄ってくるのだという。
「それで困ることはないでしょ」
「……ええと、だからどこかからこの子が付いてきた?」
「そうね。見た所、生まれたばかりみたいだから、定住する水場がなかったんでしょうね」
「え?」
生まれたばかり、とフロロは言ったが、池にいる『水の妖精』はどう見ても13、4歳くらいに見える。
「だって、精霊や妖精は生まれたときからあの姿よ。まれに成長したり姿が変わるものもいるけど、大半はずっと同じね。あたしだってそうでしょう?」
「それはそうだ」
フロロは今年で561歳になるはずだが、その姿は14、5歳の少女である。
その分体も同じだし、ジャンガル王国で定住の地を得て新たな『木の精』となった『ヴィリデ』も同じ。ただ全体の大きさが小さいだけだった。
「大きさは魔力の保有量で決まるわね。とはいえ際限なく大きくなったりはしないわよ?」
「なるほど」
「……で、ゴロちん、この子に名前を付けてあげないの?」
「なんで?」
「あんたに付いてきたんだし」
「そういうものか?」
「そうよ。それに、名前を付けてあげれば、多分喋れるようになるわよ」
「どうして?」
「うーん……なんていうのかな……そう、『格』が上がるのよ」
「へえ」
フロロやマリー、ミューも同じで、名付けることで絆が強固になり、存在の『格』が上がるのだそうだ。
「そういうことなら……何がいいかなあ」
『水の妖精』は池から頭だけを出し、キラキラした目でゴローを見つめている。
「よし、君の名は『クレーネー』だ」
『謎知識』によると、ギリシャ語で『泉』の意味があるらしい。
ゴローが名前を付けると、『水の妖精』の存在感が強くなったような気がした。
「……はいですの」
「おお、喋った」
フロロが言ったように、名付けることで格が上がり、意思疎通ができるようになったわけだ。
「ここの池、気に入ったんですの。住んでもいいですか?」
「もちろん構わないよ」
「ありがとうですの、ゴロー様」
「俺の名前を?」
「はいですの。そちらの『木の精』様が呼んでいらっしゃったですの。……これからどうぞ、よろしくですの」
『水の妖精』の『クレーネー』はフロロに挨拶をした。
「あたしはフロロよ。こっちこそよろしくね。いつでも水をきれいに保っていてくれると嬉しいわ」
「任せてくださいですの、フロロ様」
どうやらフロロとクレーネーは仲よくやっていけるようだ。
「あ、そういえば、あんたのいる泉や川の水を飲むと、病気が治るっていうけど、どうなの?」
「ええと……私はまだ生まれたばかりなので無理ですの」
「まあそうよね。……じゃあ、あんたのいる水に入ると呪われて病気になったり気が狂ったりする、っていうのは?」
なんだそれは、とゴローは思ったが、黙ってフロロとクレーネーのやり取りを見守ることにする。
「それもまだできませんの」
「それはそうでしょうね。……聞いたわね、ゴロちん。気を付けなさいよ? この子が嫌がるから、無断で池に入っちゃだめよ」
「ああ、わかったよ。……クレーネーに一言断ればいいのか?」
「はいですの」
「そっか。そうするとこれから、池の向こう側に橋を架けるから、俺の仲間が池に入ると思うんだ」
「わかりましたですの。ええと、お仲間さんを紹介しておいてほしいですの」
「そうだよな」
* * *
そういうわけで、ゴローは仲間を全員呼び集めた。
「こちらがハカセ……」
「リリシア・ダングローブ・エリーセン・ゴブロスだよ」
「で、こっちがサナ、向こうがティルダ」
「よろしく」
「よろしくなのです」
「よろしくですの」
「こちらがアーレン・ブルー、隣がラーナ、その向こうがルナール」
「よ、よろしく」
「……」
「よろしくおねがいします!!」
「こちらこそ、よろしくおねがいしますですの」
精霊や妖精を信仰する獣人であるルナールは、『水の妖精』であるクレーネーを見て平身低頭する崇拝っぷりだ。
アーレンは半ば驚き、半ば呆れながらも事実を受け入れているが、ラーナは驚き固まってしまっている。
「で、『自動人形』のフランクと、『屋敷妖精』のマリー。今は『分体』だけどな。それに『エサソン』のミューだ」
「『水の妖精』のクレーネーですの。よろしくおねがいしますですの」
「はい、こちらこそ」
「よろしくおねがいします」
「……よろしく」
「すごい人だと思っていたけども、これほどとは思わなかったですの」
多彩な顔ぶれに、クレーネーも驚いていた。
「ですが、ゴロー様とお仲間のことは覚えましたですの。これから先、私が力を付けた後でもいつでも池に入っていただいても大丈夫ですの」
「そっか、ありがとう」
こうして、また1体、ゴローの仲間が増えたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は11月11日(木)14:00の予定です。
20211107 修正
(誤)昨日ゴローたちが集めてきた腐葉土を森、そこに灌木や小低木を植えていく。
(正)昨日ゴローたちが集めてきた腐葉土を盛り、そこに灌木や小低木を植えていく。