08-33 大忙しの1日
翌日、ハカセはフランクをチタンで補強することを思い立つ。
この改造により、これまでの倍はパワーアップしてくれるはずなのだ。
これにより、以降の作業効率も上がると見込まれた。
「是非見学させてください!」
というアーレン・ブルーに手伝わせることにし、改造を開始。ラーナは見学兼手伝いだ。
2人ではやりにくい作業……押さえたり支えたりする人手がほしいときに手伝ってもらうことになる。
メインは骨格と外装を64チタンで置き換える作業だ。
それなりに大変で、おそらく3人掛かりでも半日では終わらないだろうと思われた。
では、ゴローとサナはどうしていたかと言うと、『木の精』であるフロロの指示に従い、研究所前に小さい庭園を作ることになったのである。
「まず中心になるのは池ね。形は複雑な方がいいわ。1、2箇所、深いところも作ってね」
「それは何で?」
「うまくすると『主』が棲み着いてくれるかもしれないからよ」
主。
それは『木の精』や『屋敷妖精』と同様、水を司る精霊である。
最高位は『四大精霊』である『水の精』。
他にも『ルサールカ』『ケルピー』『ウォータードラゴン』『ニムフ』などが有名だ。
「さすがに『水の精』は無理だと思うけどね。人工池だし」
フロロ(の分体)は笑ってそう言った。
とりあえず、研究所前の空き地を区切り、庭園とするエリアを決める。
飛行機の離着陸にも邪魔にならず、なおかつ日当たりがよくて寒風の避けられる場所、という条件で選定された。
元々研究所はカルデラの北西にあるので、その前庭に当たる場所は南東に向いているわけで、どこでもフロロのいう方角の条件を満たす。
あとは飛行機の離着陸の邪魔にならない場所ということで、研究所のやや西側に決めた。
エリアの大きさは、長径が100メル(南北)、短径が50メル(東西)くらいの楕円形。
北側は研究所のある岩山、西側はカルデラの外輪山だから、風除けとしても十分。
そこの周囲には緩衝地帯として、およそ20メルから50メルほどの緑地をつくることになった。
フロロいわく、『森だってそうでしょ』。
森が草原になるその境目は、いきなり木が途切れるのではない。
昼なお暗い森が、小低木の混ざる明るい林になり、暗くて下草も生えなかった森からだんだんと草が増えていくわけだ。
もちろん、森を人工的に切り開いた場合はその限りではない。
だが、森が草地や林道になる、その境界には、双方には見られない植物が生えるものである。
日本でいうと、森が開けた所に生えてくるパイオニア的な植物、あるいは先駆植物ともいう……は、アカメガシワ、ヤマブキ、クサギ、ノリウツギ、オオバアサガラ、キリ、ネムノキ、ヤナギ類、ワラビ、フキ、イタドリ、ススキ、アレチノギクなど、枚挙にいとまがない。
閑話休題。
フロロはまずゴローたちに、池を掘ることから始めさせた。
ここでゴローの持つ『ナイフ』が威力を発揮した。
硬い岩でもバターのように切り刻める。
ナイフなので1回に切り込める深さは浅いが、そこは回数でカバー。
ゴローが切り裂き、サナとティルダ、ルナールが石を運び出す。
運び出した石はあとで選別することになる。
というのも、ティルダが運んだ石の中からトパーズ(無色だが)が見つかったのだ。
午前中いっぱい掛け、ゴローたちは池を掘り終えた。
形は不定形。が、見る者が見れば『心字池』に似ている、と思ったことだろう。
『心字池』とは池の形が『心』の字のような形をしているものをいうが、また、実際に心字形でなくとも岸辺のどこから眺めても全形が見えないような複雑な形の池をいうこともあるという。
天満宮にはそうした池があるところが多く、梅の木の精であるフロロが好むのも無関係ではない……かもしれない。
池の中には中島があり、橋で渡ることができるようにする。
橋は石造りで3箇所に架ける。それぞれ過去・現在・未来を表すという。
太宰府天満宮の心字池は有名である。
(……謎知識って不思議だなあ……)
心字池について教えてくれた『謎知識』に感心しつつ、ゴローは作業を終えた。
『心』というよりも数字の『6』に似ている。『6』の丸部分の中が中島だ。
『6』の中心線に沿って、縦に橋を架ける。南が『過去』、北が『未来』、真ん中が『現在』……なのだろう。
「ああ、いい感じね。次は植え込みよ、腐葉土を採ってきてちょうだい」
それは昼食後、となる。ゴローとサナはいいとしても、ティルダとルナール、それにハカセとアーレン、ラーナは食べないわけにはいかないからだ。
* * *
用意しておいたサンドイッチを食べたあと、ハカセたちはフランクの改造に戻る。
ゴローたちはというと、ゴローとサナが『レイブン』で腐葉土を集めに行き、ルナールとティルダが付近から苔や草を少しずつ採ってくる役割分担となった。
「いい、取りすぎて元の場所を荒らしたら駄目よ?」
とフロロにくどいほど注意を受け、ゴローたちは2手に分かれた。
腐葉土の採取は1回や2回で終わるものではない。
その10倍でも足りないくらいだ。
とりあえずゴローとサナは、日が暮れるまでに21往復し、周辺の山から少しずつ腐葉土を集めてきたのであった。
そしてルナールとティルダも、周囲の岩に生える山苔やガンコウラン、コケモモなどの小低木を少しずつ集めてきている。
ハカセたちはといえば、夕方近くなってようやくフランクの改造を終了。
チェックを終え、再起動したフランクは、予想どおりにおよそ2倍のパワーと速度を発揮してくれそうである。
* * *
「ああ、充実した1日だったねえ」
夕食時、満足そうなハカセの声が食堂に響いた。
「ゴロー、そっちはそっちで随分と大変なことをやってるね」
「ええ、でも面白いですよ」
「だね。明日はあたしたちも手伝えるからね」
「お願いしますよ」
フロロの『分体』の宿る枝は、池の次に整備した、庭の北西にあたる少し小高くしたエリアに挿し木してある。
『木の精』としての力がまだまだたっぷりあるので、明日には根を張っているだろうということだ。
「……というわけで、そんな感じの庭になるみたいです」
ゴローはフロロから説明を受けた庭の構成をハカセたちに説明した。
「へえ、面白いねえ。エルフの庭とも違うんだね」
「ジャンガル王国のものに少し似ていますね。な、ルナール?」
「あ、はい。ゴロー様の仰るとおりです」
「確かにそうなのです。『ミユウ先生』のお宅の庭園とちょっと似た感じもしますのです」
「あ、確かにな」
ミユウは狐獣人と人族とのハーフで、漆職人だ。
ジャンガル王国を訪問した際、ティルダは1週間ほど入門し、初歩の漆芸の手ほどきを受けたのであった。
その工房の庭園はゴローの『謎知識』によると『和風』で、連れて行ったフロロの『分体』も気に入って根を下ろしたという経緯がある。
「ところで、腐葉土を運ぶのに『雷鳴』を使わないで『レイブン』を使っているのはなんでだい?」
『雷鳴』の方が一度にたくさん運べるだろうに、とハカセは言った。
「ええと、フロロに言われて、根こそぎ採るようなことはしないからですよ」
なので1回に採取する量は100キムくらいだから『レイブン』でちょうどいい、とゴローは説明した。
「ははあ、なるほど、環境破壊を避けるわけだね。そんな思想はエルフに通じるものがあるねえ」
感心するハカセであった。
そこに、ラーナが質問を差し挟む。
「あの、ハカセさん、先程からエルフのことをたびたび口になさっていますが、お詳しいのですか?」
「え? ああ、だってあたしはエルフの血も引いているからさね」
「は?」
「あたしの名はリリシア・ダングローブ・エリーセン・ゴブロスだからねえ」
「え? では、ハカセ、っていうのは?」
「それはゴローによるとただの称号だねえ。なんでも、専門家の中でも偉い人のことらしいよ?」
「へえ、そうなんですか。……………………え? ゴブロス?」
ハカセのドワーフとしての家名『ゴブロス』を聞いて、ラーナは固まってしまった。
「それがどうかしたかい?」
「ハカセ、自分が伝説の存在だってこと、忘れてるでしょ?」
「え? ……あ」
サナに指摘され、ようやくそのことに思い至ったハカセ。
「うっかりしたねえ。最近いろんな人としゃべっていたから忘れていたよ」
「……えええええええ!?」
「ラーナさん、落ち着いて、なのです」
「うえええ? だって、ティルダさん、『ゴブロス』さんですよ? 伝説のドワーフ! 『足踏み式の回転砥石』とか『高熱炉』とか、幾つもの道具や魔法道具を世に出した、伝説の職人様!」
「ああ、うん」
「……皆さん、落ち着いてますね!?」
「その反応は2度めだからなあ」
ティルダに話したときも同じように驚いていたな、とゴローは思い出していた。
ちなみにルナールはというと、普段からそれとなく知らされていたことと、ジャンガル王国での知名度は低かったこととで、それほど驚いてはいなかったのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は11月7日(日)14:00の予定です。
20211104 修正
(誤)翌日、ハカセは思い立ち、フランクをチタンで補強することを思い立つ。
(正)翌日、ハカセはフランクをチタンで補強することを思い立つ。
(誤)だが、森が草地や林道になる、その協会には、双方には見られない植物が生えるものである。
(正)だが、森が草地や林道になる、その境界には、双方には見られない植物が生えるものである。
(誤)なので1回に採取する量は100キロくらいだから『レイブン』でちょうどいい、とゴローは説明した。
(正)なので1回に採取する量は100キムくらいだから『レイブン』でちょうどいい、とゴローは説明した。