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08-31 依代

 『マリーの依代よりしろ』。

 『屋敷妖精(キキモラ)』であるマリーが宿るための条件はいくつかある……らしい。


1.年月を経た家であること。

2.住む者がその家を大事にしている(していた)こと。

3.マリーが建物を気に入っていること。

4.マリーが住人を気に入っていること。


「……という条件を満たせばいいわけだねえ」

「つまり、ミニチュアの家を作ればいいのです?」

「この屋敷のミニチュアを作ってみようかねえ、ティルダちゃん」

「はいなのです」


 ハカセとティルダはそんな相談を交わしていた。


「ハカセ、俺にもちょっと思いついたことがあります」

「なんだい?」

「ええと、『謎知識』にあったんですが、神霊をまつる小家屋なんですが……」

「ほう?」


 ゴローは紙にスケッチを描いてみせた。


「ふんふん、面白いものだねえ。こんなものが、どこかの世界に存在するってことなのかねえ」

「どうでしょう?」

「でもこれって、木で作るんだろう? この屋敷の内張りとか床板を剥がすのかい?」

「あ、いえ、全体はむしろ新しい木で作るんです。で、中に依代を納めるんですよ」


 その依代が条件1を満たすわけだ。


「なるほどねえ」

「ここって、金具なのです?」

「そこはティルダに頼みたいな」


 ゴローが描いてみせたのは『神棚』であった。


 日本の神棚は素木しらきで作るのが基本。

 というのも、神道では『白』を清浄なものとするからだ。なにものにも染まっていない無垢な色、それが白である。

 対して仏教では、もう他の色には染まらない、という意味で『黒』が多く使われる。

 墨染めのころももその1つだ。


 閑話休題。

 ゴローの『謎知識』を受け、ハカセとティルダは新しい木材で小さな家形いえがたをこしらえていった。

 ちなみにアーレン・ブルーは工房に顔を出さないと、ということで一旦帰っている。


*   *   *


 ヒノキに似た針葉樹の白い板を使い、『神棚』ができあがったのは夕食の後。

 外見は神棚だが、アレンジされてゴローたちの屋敷にも少し似ている。

 中央には観音開きの扉があって、中には御札ならぬ依り代を置くことができる。


「いい出来だけど、これでいいのかねえ」

「言われるままに作りましたけど、これでいいのです?」


 ハカセは木材の加工、ティルダには金具類を加工してもらい、ゴローが主に組み立てた。

 サナとルナールにも少し手伝ってもらっているので、一応住民全員が手掛けたことになる。


「マリー、ちょっと来てくれ」

「はい、何でしょうか」

「これを見てくれ。どう思う?」

「素敵な建物ですね」


 条件の3はクリアしたようだ。

 全員で作ったので条件2もクリアしているということができよう。

 あとは……。


「この奥に、マリーの依代になるレンガ片を納めたらどうだろう?」

「そうですね…………ええ、はい、居心地よさそうですね」

「そうか!」


 予想どおりなのでゴローは嬉しくなった。


「これを向こう……『研究所』に持ち込んで飾って、依代のレンガを納めたらどうなる?」


 この質問に、マリーはちょっと考え込んだ。


「ええと……初めての試みなのではっきりとはお答えできませんが、少なくとも『分体(クローン)』は棲むことができそうです」

「お、そうか」

「はい。……そこにゴロー様がおいでになるなら、力を失うこともなく定住できるかもしれません。あくまでも『かも』ですが」

「そうか!」


 可能性がある、というだけでも作った甲斐があった、とゴローは喜んだ。

 『ジャンガル王国』へ行った時は、小さな『分体(クローン)』しか出せず、本体から離れてしまうとほとんど何もできず(会話がせいぜい)だったことを考えると、格段の進歩である。


「その場合、マリーの本体はここにいるわけだよな?」

「はい」

「で、『分体(クローン)』のこともわかっている?」

「はい」

「つまり『分体(クローン)』と何らかのつながりがあるわけだ」

「はい、そうなりますね」

「ふうん……」


 その『つながり』が何かわからないが、何か魔力的なものだろうなとゴローは想像した。

 ついでに、伝播速度はどのくらいだろう、とか、2点間のタイムラグはどのくらいだろう、などということも考えていたりする。


*   *   *


 その日はそれで終了。

 ハカセとティルダが眠った後、ゴローとサナは庭に出てみた。

 闇夜ではなく、月明かりがあるので、2人には十分だ。

 目的は『エサソン』のミューである。


 エサソンは恥ずかしがり屋なので、昼ではなく夜にしたのである(人間に姿を見られるといなくなってしまうとも言われているが、ゴローもサナも人間ではない)。


 庭の隅の湿った場所へ行くと、いつの間にか月明かりの中にエサソンのミューが立っていた。

 身長10セル(cm)ほどの女の子の姿をした妖精である。


「こんばんは、ゴロー様、サナ様」

「こんばんは、ミュー」

「いいお月さまですね」

「うん」

「何か御用でしたら呼んでくださればよろしかったのに」

「いや、用というか、少しゆっくり話をしたかったから」

「お話、ですか」

「うん」


 ゴローはうなずいて落ち葉の上に腰を下ろした。サナもその横に座る。

 エサソンのミューはそんなサナの膝の上に座った。

 ゴローの膝よりも座り心地がいいらしい。


「……ええと、な。俺たちってたびたび家を留守にしているだろう?」

「ええ」

「それがちょっと気になってさ。ミューも一緒につれていけないかなあと思って」

「お連れいただけるのですか?」

「ミューがよければ、だけど」

「ありがとうございます。そのお気持ちだけで十分です」

「そうか?」

「はい。あの騒がしい乗り物はちょっと……」

「それもそうか……」

「せっかくのお申し出ですが」

「いや、いいんだ」


 残念だが……ということで、エサソンを連れ出すことをゴローは諦めた。

 だがサナが、


「……ね、植木鉢に草やキノコを植えたら、一緒について来られる?」


 と質問したではないか。

 その手があったか、とゴローはサナの発想に驚く。


「……それでしたら、騒がしくても姿を隠せますし、行けるかもしれません……」

「お、それはいいな」


 どんな環境がいいか、ゴローはミューに尋ねた。


「ええと、落ち葉が積もった土に朽木くちきがあってヤブコウジが生えていて……あ、ダンゴムシやワラジムシは枯れ葉だけでなくキノコも食べるので鉢植えにはいないほうがいいです」


 いつもより早口でまくしたてるミュー。


「なるほどな。……ヤブコウジって、冬に赤い実を付けるやつだな」

「ええ。草じゃなくて小灌木しょうかんぼくです」

「ここの庭にあるかな?」

「はい、向こうの隅に」

「あるのか」


 落ち葉もあるし、朽木もある、なんだかんだいってエサソンが棲み着く庭なのである。


「あと、フロロ様の小さな枝があるとすごく安心できます」

「なるほど」


 『木の精(ドリュアス)』の木の枝というものはエサソンにとってお守りのようなものらしい。


「そういえば、前にサナがフロロに言われて『聖域サンクチュアリ』を作ったときも枝を刺して回ったと言っていたな」

「うん。ミューはあの時に付いてきた」

「ああ、そうだったっけか」


「そういうことなら、フロロに頼んで小さな枝を数本分けてもらおう」

「うん」

「とてもありがたいです」


 それに加え、そのうち、ミューが乗れる小さな飛行機が作れたら面白いかもな、などと思うゴローであった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は10月31日(日)14:00の予定です。


 20211028 修正

(旧)収める

(新)納める

 3箇所修正。

 依代をおさめる ということで、御札を納める と同じ用法にしました。

 辞書によっては(収める)でもいいようですが。

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― 新着の感想 ―
[一言] 妖精飛行機!ゆk じゃなくて、ピクシーは飛べるみたいだし飛べる大妖精もいそうだ ヘリコプターがうるさいって怒られないかな
[一言] ドールハウス的な物を作るのかと思ったら神棚とはなあ 確かに超常的な存在の家といえばそっちのほうがしっくり来ますねえ
[一言]  対して仏教では、もう他の色には染まらない、という意味で『黒』が多く使われる。 ↑ 裁判官の法衣もそんな話を聞いた事がありますね。 東南アジアの仏教国の僧服みたいな山吹色だけど清貧なお坊さん…
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