08-28 大成功
研究所に戻ったゴローは、ハカセに詳細な報告をした。
「そうかい、大成功だね! それじゃあ、機体チェックをするよ!」
「はい」
傷んでいる箇所、あるいは破損している箇所がないか、入念に調べていく。
「うん、大丈夫だね」
「強度は十分に取りましたからね」
「で、気付いたことは?」
「そうですね、大型化したためか、安定性がよくなっていますね」
「なるほど、それはいいことだね。あとは?」
「ええと、補助翼を付けようと検討したことがありましたよね?」
「うん」
運動性をよくできないかと考えたのだが、ローターの風を邪魔してしまうだろうと没にしたのだった。
「結局やめたわけですが、それと似た効果を推進機に持たせられないかと思いました」
「どういうことだい?」
「具体的に言いますと、飛行中に曲がる際に、機体を傾けたらどうかということです」
「詳しく聞かせてごらん」
「はい。……」
機体を傾けると、ローターに生じる浮力の方向も傾く。
すると、真下に働く重力と、ローターの生じる浮力が一直線でなくなる。
そうすると、傾いた角度分、傾いた方向への『分力』……一部が別方向に向いた力……が生じる。
この『分力』は進行方向と直角の水平方向に向いているため、『求心力』(向心力とも)……円運動の際に中心を向く力……として働くのだ。
つまり、『傾いた方向に機体は曲がっていく』ことになる。
「なるほどねえ。飛行機でやっていたことがヘリコプターに応用できるってわけかい」
「はい。ですが、分力を生じるということは、その分浮力も少し減るわけですので、上手く調整する必要があります」
「それって、傾けるために補助推進機を下に向けてやれば、機体の片側が持ち上がるんじゃないかねえ? で、持ち上げるということは浮力が生じているということなんじゃないかい?」
「ああ、そうかもしれませんね」
「なら、飛行機と同じような操縦方法にしてみようかね」
「それがいいかもしれませんね」
彼らの飛行機の操縦方法は、こうだ。
操縦桿を倒した方向に機体が傾く。
左右は補助翼、前後は昇降舵。
機体の向きを変えるのは足元のペダルで、方向舵と連動している。
右のレバーがスロットルだ。
そして計器類。
方位、高度、速度、機体の傾きなどを知ることができる。
彼らが作ったヘリコプターは、当然ながら『翼』がないため、操縦桿は推進機の向きを変えることで進行方向を決めている。
左右に曲がる時は、推進機が横を向き、『求心力』に相当する力を生み出している。
これを、機体を傾けることも併用すれば、より曲がりやすくなるだろうというわけだ。
少し話はそれるが、勘違いしやすいのが『方向舵』の働きである。
機体の向きを変えることを目的とした装置であり、『曲がる』ことを主目的にしてはいない。
仮に、真っ直ぐ飛んでいる飛行機がラダーだけを右に切ったとしよう。
その場合、機体の軸線は右を向く。が、慣性の法則もあり、機体自体は真っ直ぐ飛ぼうとするため、思ったほどには曲がってくれないのだ。
右に曲がりたい場合は補助翼を操作して機体を傾ける必要がある。
そうすることで揚力が垂直ではなくなり、『分力』としての『求心力』が生じる。
(同時に、減った揚力分を補うためスロットルを開けたり昇降舵を少し引いたりして調整する)
これはゴローたちの飛行機だけではなく、現代地球の飛行機もほぼ同じである。
* * *
ハカセの指示でアーレンとゴローが改造を行っていく。
昼食をはさみ、3時間で改造は完了。
もう一度ゴローが乗ってテスト飛行だ。
「おお、曲がりやすい」
特に高速飛行中の旋回が格段にしやすくなった。
水平旋回もお手のもの。
「よし、最高速も試してやれ」
午前中と今回の飛行とで機体の強度が十分なのは確認できた。
そこでゴローは推進機の出力を上げていく。
「お、こりゃ速いぞ」
機体はぐんぐん速度を上げていく。
「時速150キル……160キル……170キル……」
機体の安定性も抜群だ。
「時速200キル……210キル……220キル……」
ここでゴローはロケットエンジンを起動した。
「お、お、お……時速260キル……270キル……」
現代地球のヘリコプターの最高速は時速270キロくらい。
2重反転ローターを備えた次世代ヘリコプターで時速350キロ超えという。
ゴローたちのヘリコプターは、それには及ばないものの時速320キルを記録した。
「大成功だ」
ゴローは機体を反転させ、研究所を目指した。
〈ゴロー、大丈夫?〉
〈もちろんだ。これから帰る〉
〈そう、待ってる〉
心配するサナに念話で伝えておくゴロー。
そしてゴローの操縦するヘリコプターは研究所前に着陸した。
「お帰り、ゴロー!」
「ハカセ、大成功ですよ!」
「そうかいそうかい。中でゆっくり話を聞かせておくれ」
「はい」
ゴローは研究所の中に入り、珍しくサナが淹れてくれたお茶を飲みながら、ハカセとアーレンに報告を行った。
「ほうほう、そうかい。操縦性がよくなったらしいのはここからも見えていたけどね」
「最高速度が時速320キルですって? ゴローさん、すごいですね!」
「4人で乗ったらもう少し遅くなると思うけどな」
「うーん、ゴロー、それじゃあもっと速くするには推進機を増やせばいいのかねえ?」
「そうだとは思いますが……魔力切れを起こしますよ?」
「なら、『魔力変換器』をもう1つ増やそうじゃないかね」
今回はエンジンパワーに余裕があるので、そうしたことも可能である。
「他に気が付いたことは?」
「そうですね……直接の性能には関係ありませんが、長時間乗るならシート形状とトイレを工夫したらどうでしょう?」
「トイレは……まあわかるよ。でもシート形状というのはなんだい?」
「仮眠をとれるようにするんですよ」
「背もたれの角度を変えたり、シートベルトを付けたり、かい」
こうした話し合いも行われた。
他にもいくつか細かい改善点をゴローが挙げ、ハカセとゴローでその解決策を案出し、ハカセとアーレンはそれをどう実現するか相談し、アーレンが加工法と手順を考えていった。
* * *
「……これで思いつく限りの改良を加えたよ」
そうした作業が終わったのは空に星が瞬き始めた頃。
確認のための飛行は翌日となる。
「明日、成功したらそのまま王都に帰りましょうか」
「そうだね、それがよさそうだね」
そこでアーレンが、
「チタンを少し向こうへ持っていけるでしょうか?」
と言い出したが、ゴローはそれを諌める。
「持ってはいけるけど、おおっぴらには使えないぞ?」
「そうですよね……」
今のところハカセにしか精錬できない金属であるし、バナジウムも一般的に見たら未知の金属である。
「仕方ないですね」
「うちの屋敷には少し置いておくから、個人で使いたいなら使っていいぞ」
「はい、その時はお願いします」
結局そういうことになったのである。
「これで王都との往復が楽になったねえ。……明日のテストが楽しみだよ」
「ですねえ」
これで王都の家とこの研究所を楽に往復できるようになるわけだ。
しかも、かなりおおっぴらに。
「でも、姫様にばれないようにしないと」
「それでもまあ、向こうよりは速いだろうから振り切れるとは思うけど」
しかし、後にどこへ行ってきたのか聞かれるだろうことは容易に想像できた。
「行き来はやっぱり夜中かねえ」
「それがいいかもしれませんね」
時速300キルなら1時間半掛からないので、これまで以上に行き来しやすくなるだろう。
しかも、乗れる人数が増えたのだ。
今後の活動の幅も広がるだろう……。
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次回更新は10月21日(木)14:00の予定です。