08-27 速度記録
そして明くる日。
「いよいよチタンを使う日が来たねえ」
「ハカセ、嬉しそうですね」
「そりゃあねえ、新素材というものはやっぱり使ってみたいものだろう?」
「まあわかりますけど」
「まずはチタンだね」
採掘用ガーゴイルがひと晩かけて集めた鉱石はかなりの量になっていた。
「これだけあれば、今日の作業には十分かねえ……まあ、精錬してしまうとしようかね。『石金属分離』」
「おお……」
「さすがハカセさん……」
ハカセが使う魔法の効率は非常に高い。
これは魔法のイメージが明瞭なのに加え、魔力の運用がうまいこと、そして『オド』だけでなく『マナ』も使っているからである。
不慣れな魔道士は、魔法の行使を己の『オド』だけで賄っている。
『オド』は自分の内部にある魔力であるから、確かに扱いやすい。
だがその反面、すぐに枯渇してしまう。
一方、ベテランあるいは上級などと呼ばれる魔道士は、己の『オド』をトリガーとし、外部の『マナ』を上手く運用するので、そうそう『魔力切れ』を起こすことはない。
『魔力切れ』。
それは体内の『オド』が一時的に枯渇した状態だ。
食事をせずに激しい運動をした際に血糖値が下がって『シャリバテ』という状態になることがあるが、それの魔力版だと思えばいい。
それはさておき、そういうわけでハカセはこれまでほとんど『魔力切れ』を起こしたことがなかった。
なのでどんどんどんどん金属素材が積み上がっていくのである。
15分ほどでチタンの山を作ったハカセは、引き続きバナジウムの精錬に移る。
磁鉄鉱から鉄を取り出した鉱滓からバナジウムを取り出していく。
これもまた10分ほどで終了。
「あとはこれを合金にすればいいんだね?」
「あ、はい。アルミニウムが6パーセント、バナジウムが4パーセントです」
「うんうん。……『金属・合金』……こうかねえ」
「……いいと思います」
あっさりと64チタンができてしまった。
「さて、これで骨組みを作ればいいんだね?」
「そ、そうですね」
構想はもうできていたので、サナにも手伝わせて4人がかりで組み上げていく。
64チタンは冷間での加工性が悪い金属だが、ハカセとアーレンの魔法技術の前には粘土と同じであった。
普通なら熱間で加工する64チタン。それを冷間であっさりと変形させ、溶接ではなく『融接』していくので、午前中には骨組みは完成してしまった。
「うんうん、こうやって形が見えてくるとやる気が上がるねえ」
「ハカセ、もう少し落ち着いて食べてください」
昼食はホットケーキ(パンケーキ)。ハチミツや『樹糖』をたっぷり掛けているのでサナも大喜びだった。
* * *
「さて、それではエンジンを取り付けていくかね」
「はい」
骨組みにエンジンを取り付けたら大まかに操縦装置を整え、操縦席や乗員席などの内装も設置する。
その後、外板を張っていくわけだ。
その日の夕方には、8割方完成させることができた。
「明日にはテスト飛行させられそうだねえ。アーレンのおかげだよ」
「いえいえ、ハカセさんがすごいんですよ」
アーレン・ブルーのすごいところは、とにかく加工・組み立ての勘が鋭いところだ。
初めて組み上げる機体なのに、組み付ける順番を正確に把握し、確実な接合を行える。
これまで、組み立ての順番を間違えたことは一度もない。
それもまた、地味ではあるが完成までの期日短縮に役立っていた。
夕食は肉と野菜たっぷりのシチュー、プレーンオムレツ、大麦のリゾット。
まだ夜は冷えるので、温かい献立が嬉しい。
ハカセもアーレンもお代わりをする。
昼間、精力的に働いたのでお腹が空いたようだ。
その後ゆったりと風呂に入り、昼間の疲れを癒やす。
そのためその夜は、ハカセもアーレンもぐっすり眠ることができたようだ。
* * *
翌朝、早くから目が覚めたハカセは朝食を急かす。
「ほらほらフランク、もう適当でいいから食べてしまおうよ」
「駄目ですハカセ。肉はちゃんと熱を通さないと食中毒のもとです」
「ゴロー、甘いものは?」
「朝から食べるのか? ……朝なら……そうだ、ほら、ラスクを食べておけ」
「うん」
「野菜のスープ、美味しいですね」
「アーレンは落ち着いて食べてくれよ……」
「はい」
慌ただしい朝食を済ませたあとは機体の製作だ。
内装の整備や安全装置といった細かい作業がメイン。
「ちゃんと暖房は付けましたから」
「おお、いいねえ」
「着陸用の橇も、大きな衝撃が加わるとひしゃげるようにしました」
「交換は簡単にできるようにしたよね?」
「はい、もちろんです」
「計器類は?」
「基本的にこれまでと同じです」
「対空武器は?」
「ちゃんと搭載しました」
「あ、それなんですが、『閃光弾』も追加しませんか?」
「閃光弾?」
「要するに目くらましですよ」
ゴローは『閃光弾』について説明した。
「ふむ、『マグネシウム』を燃やすとそんな閃光がねえ……でももったいないね。魔法で再現すればいいじゃないのかね」
「……できますか?」
「もちろんさね。……光魔法に『閃光』てのがあるから、それを屑魔晶石に刻み込んで……ほら、できた」
ハカセは転がっていた屑魔晶石にちょいちょいと、5秒ほどで魔導式を刻み込んだ。
「発動のキーワード『イルミノ』を唱えて魔力を流せば、3秒くらいあとに発光するよ。試してみるかい?」
「あ、はい、それじゃ」
「あ、僕も行きます」
アーレンも興味があるようで、ハカセ、ゴロー、アーレンら3人は連れ立って研究所の外へ出た。
「……きっと眩しいと思うから、うんと遠くへ投げますね」
「ああ、それでいいよ。直接目にしたらしばらく何も見えなくなりそうだからねえ」
「……アーレン、気を付けてくれよ」
「……はい」
一応注意はした。
そこでゴローは『イルミノ』と唱えてから空めがけ、思いっきり屑魔晶石を投げた。
屑魔晶石はとんでもない速度で飛んでいき、3秒後、空の彼方でまばゆい光を放って砕けたのである。
「おお」
「結構眩しいですね」
「どうだい? 使えそうかい?」
「十分ですね」
「そりゃよかった。屑魔晶石の使いみちができたね。たくさん作っておこう」
「これ、対人でも使えますね」
「ああ、そうかもねえ」
この『閃光弾』も気を付けて使おうと決心したゴローであった。
普段は金属製の箱に入れ、万が一発光しても光がもれないようにしておくことにしたのである。
* * *
そんな寄り道もあったが、午前中にはヘリコプターは組み上がった。
「さて、それじゃあ試験飛行だね。ゴロー、頼むよ」
「はい、任せてください」
外見は異なるが、『2重反転式』という点では同じ方式なので、操縦の感覚も似ている。
なのでゴローは危なげなく『新型ヘリコプター』を離陸させた。
「うん、出力にも余裕があるな」
これまででもっとも大人数用の機体に1人で乗っているので当然である。
「さて、推進機は……おお」
4基のプロペラを回すと、確かな手応えを感じる。
「操縦しやすいな。反応がマイルドだ」
機体が大きくなった分、若干重くなっており、その分安定したのだろうとゴローは判断した。
「よし、行ってみるか」
浮遊能力に全く問題はなさそうだったので、飛行能力を試すことにした。
「おお、これはなかなか」
4基の推進機は十分な推力を発揮してくれた。
「よし、補助ロケットエンジン点火!」
点『火』ではないが、そこは気分である。
「お、おおお」
ロケットエンジン併用の速度はものすごく、時速は200キルを超え、250キルほどであった。
これはおそらく、この世界の乗り物の最速記録であろう。
「よし、これで帰ろうか」
まだテスト段階である。
無茶は程々に、と自重するゴローであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は都合により10月19日(火)14:00の予定です。
20220724 修正
(誤)「明日にはテスト飛行させられそうだねえ。アーレンくんのおかげだよ」
(正)「明日にはテスト飛行させられそうだねえ。アーレンのおかげだよ」