08-24 研究所へ
「ゴロー、よくやった!」
ローザンヌ王女の第一声がこれであった。
これを見ても、何らかの鬱積を抱えていたことがわかる。
「やはり私の目に狂いはなかった!」
「えーと、ありがとうございます?」
駆け寄ってきたローザンヌ王女は、同じくやって来たアーレン・ブルーとゴローの肩を交互に叩いた。
そこへモーガンもやって来る。
「ゴロー、アーレン、見事だったな」
「ありがとうございます」
サナも少し遅れてやって来た。
「ゴロー、お疲れ様」
「うん」
周囲の観衆は拍手と歓声を贈っていた。
そんな中、モーガンがゴローに頭を下げた。
「……済まんな、ゴロー」
「何がです?」
「実はだな、王城の中に……」
モーガンが簡単に語ったのは、サナが念話で伝えてくれたことと大差なかった。
要するに、ローザンヌ王女がブルー工房を贔屓にしていることが気に入らない重鎮が王城内にいる、ということだ。
「……そういう奴らから睨まれることになるかもしれん」
「実害がなければいいですよ」
「まあそうなのだろうがな……」
モーガンの口ぶりからすると、実害がある……のかもしれないとゴローは感じた。
そこで、
「お約束のヘリコプターも納品できました。しばらく旅に出ようかと思います」
「旅?」
「はい。北の方へ」
「おお、なるほど」
北、と曖昧な言い方をしたが、元々ゴローとサナは北の村からやって来たわけで、いわば里帰りのようなものとモーガンは解釈した。
モーガンの母と娘も北……ジメハーストの町に住んでいるので、北の地のことは多少なりとも知っているモーガンであった。
また、『行商人』のゴローなので、仕入れに行く、という建前もある。
「なんだ、ゴロー、旅に出るのか?」
その話を聞きつけたローザンヌ王女が寄ってきた。
「殿下……」
「よいなあ。これから季節は春になるから、北の地も雪解けであろう」
心底羨ましそうに言うローザンヌ王女。
昨年のジャンガル王国への訪問のように、国外へ……せめて王都の外へ出掛けたいのだろうなとゴローは察したのである。
だが、それはそれとして、王女殿下に許可をもらおうと思っていたことを思い出した。
「殿下、一つ許可をいただきたいことがあるのですが」
「む、なんだ?」
「我々も『ヘリコプター』を作って所有する権利をいただきたいのです」
「なるほどな。今王都にあるヘリコプターは王家の所有物であるからな。……よかろう、所有許可を出そう。ゴロー、サナ、アーレンということで3機分の許可証があればいいか?」
「あ、はい。……早速のご許可、ありがとうございます」
1機分でいい、と言おうかと思ったが、多めにもらっていて悪いことはないと思い、口には出さなかったゴローであった。
「よし」
ローザンヌ王女は広場の隅に仮設してある天幕へ行き、さらさらと許可証を3枚書いてくれた。
「これを持っていけ」
「ありがとうございます」
こうしてゴローは『ヘリコプター』の所有権を獲得したのである。
……そしてこの頃、ようやく王城の飛行機工場で作ったヘリコプターが戻ってきた。
「ご苦労だったな、コスナー」
悔しそうなケニー・コスナーにも王女は労いの声を掛けた。
そのコスナーはゴローに向かい、手を差し出した。
「……ゴロー殿、完敗だ。君たちのヘリコプターは素晴らしい」
「……恐縮です」
握手を交わしながらコスナーは負けを認めた。
そもそも、パイロットであるケニー・コスナーは空を飛ぶ楽しさに目覚めたばかりで、王城とか市井とかどうでもよかったのだ。
ただただ、今回の競争に負けたことを悔しがっているだけである。
「殿下、残念ながら王城の飛行機工場はまだ一歩、彼らより遅れています。これからの精進が必要ですね」
「うむ……」
その発言を後から聞いたとある重鎮は歯ぎしりをして悔しがったとかなんとか。
その後、『新型2重反転ヘリコプター』に乗ってみたケニー・コスナーは、その性能に大喜びしたらしい。
* * *
熱狂する観衆を避け、なんとか帰ってきたゴローたち。
「ハカセ、ヘリコプターの所有許可証をもらってきましたよ」
「おお、やったじゃないか。ゴロー、よくやったね」
ハカセはその報告を聞いて喜んだ。
「これで堂々とヘリコプターを作れるねえ」
「あの、材料は?」
「うん? 研究所で作ればいいさね」
「それもそうですね」
研究所なら素材は潤沢にある。
夜中に『レイヴン』で移動すればいいわけだ。
「とりあえず4日くらいですかねえ」
「そうさね……」
あまり連続して屋敷を空けるのもどうかと思い、4日と期限を切ったのである。
「そういうわけだから、また留守番を頼むよ」
「はい、ゴロー様、お任せください」
「はいなのです」
「行ってらっしゃいませ」
『屋敷妖精』のマリー、ドワーフのティルダ、執事見習いのルナールである。
「今夜出発するとして、準備をしなくちゃねえ」
「食料の買い出しと、アーレンへの連絡ですね」
「買い出しは、私が」
「サナが行ってくれるなら、俺がアーレンに連絡しよう」
手分けをして準備である。
ハカセは屋敷に残っているが。
「……ティルダちゃん、ちょいちょい留守にして済まないねえ」
「いえ、もう慣れたのです」
「……今度、新型のヘリコプターを完成させたら、連れて行ってあげるからね」
今の『レイヴン』は4人乗りだが、6人乗れるようになれば、ティルダとルナールも連れて行けるようになる。
『屋敷妖精』のマリーや『木の精』のフロロは、体重はあってないようなものだから問題ない。
4日あれば十分作れるだろうとハカセは計算していた。
* * *
そしてその日の夜、午後9時。
「行ってらっしゃいませ、ゴロー様、サナ様」
「行ってらっしゃいなのです」
「お気をつけて」
『屋敷妖精』のマリーと、ティルダ、ルナールらに見送られ、ゴロー、サナ、ハカセ、アーレン・ブルーを乗せた『レイヴン』は夜の空に飛び立った。
「思えば、この機体は静かでいいよねえ」
「そうですね」
「ヘリコプターはどうしても音がしますからね」
「それは、仕方ない」
『消音』の結界を使えないかと考えたこともあったのだが、さすがにローターの範囲を全部カバーすることは難しかったのである。
その上音を消す原理が、どうやら『空気の振動を伝えなくする』ということらしく、空気そのものをかき回し強風を起こすヘリコプターとは相性が悪かったのだ。
「亜竜の翼膜を使った飛行機ももっと研究したいところだねえ」
「やりたいことがありすぎますね」
「充実していていいんだけどねえ」
「……スローライフからどんどん遠ざかっている気が」
そんな会話を交わしつつ夜空を飛んでいく『レイヴン』。
スピードアップの改造をされているので、午後10時には研究所に到着できた。
「だいぶ寒さは緩んだようだけど、やっぱり寒かったねえ」
「早く中へ入りましょう……」
例によって、ゴローとサナは平気だがハカセとアーレンは寒さに震えていた。
「おかえりなさいませ」
自動人形のフランクが出迎えてくれる。
研究所内は暖かだった。
厚い石の壁に囲まれているので、1年を通して室温の変化が少ないのである。
おかげで夏は涼しく冬は暖かいわけだ。
その日はもう夜遅いので休むこととした。
オリジナルヘリコプターづくりは翌日からである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は10月7日(木)14:00の予定です。
20211004 修正
(誤)その発言を後から聞いたとある重鎮は歯ぎしりをして悔しがったとななんとか。
(正)その発言を後から聞いたとある重鎮は歯ぎしりをして悔しがったとかなんとか。
20211004 修正
(旧)モーガンの両親と娘も北……ジメハーストの町に住んでいるので
(新)モーガンの母と娘も北……ジメハーストの町に住んでいるので