08-23 思いがけないこと
王城南の広場が近付くと、ゴローたちの目に意外なものが見えてきた。
「あれは……?」
「……ヘリコプターだな」
それは2つのローターを持つヘリコプターであった。
2重反転ローターではないということは、前回ゴローたちが納品したものではない。
つまり、王城の飛行機工場で作ったオリジナルということになる。
「なるほど、トルクを打ち消すためにああした構成にしたんだな」
本体は直方体。
といっても角は丸く、イメージはワンボックスカーあるいはマイクロバス。
その屋根上に横に張り出した腕木があり、その左右にエンジンとローターが付いている。
推進機はマイクロバスのテール部に、中程の高さから左右に水平尾翼風に張り出した腕木に1つずつ、計2基の推進用エンジンとプロペラが付いていた。
「場所をえらく取りそうだな」
「安定はよさそうですね」
「……あそこにある、ということは、王城内から飛んで出てきた、ということ?」
「あ……サナの言うとおりだな。最低でも短距離を飛んだわけだな」
そう思って広場を見ると、ゴローたちを見上げている観衆の他にも、着陸している王城製(?)ヘリコプターを見ている者もいるようだ。
いずれにせよ、ゴローがすることは変わらない。
広場の空いた場所に着陸するのだ。
慎重に、空いた場所に着陸すると、ローザンヌ王女とモーガンが駆け寄ってきた。
「おお、ゴロー、アーレン、サナ、ご苦労! 今回はまた随分とコンパクトになったではないか!」
「はい。ローターブレードの枚数を増やし、その分長さを減らしました」
「なるほどな」
「前回の試作よりも安全性に配慮しています」
「うむうむ」
説明を聞くローザンヌ王女は満足そうだ。
ひととおり簡単な説明を受けると、王女はゴローとアーレン、サナに対し会釈を行い、
「ご苦労だった。依頼したヘリコプター、完成したものと認める」
と宣言を行ったのである。
その後、モーガンから契約完了した旨の書類と、報奨金の引き換え書類……小切手のようなもの……を受け取ったのである。
「さて、ゴロー、アーレン、サナ。……王城の飛行機工場で作ったヘリコプターに興味はあるか?」
「はい!」
「はい」
真っ先にアーレンが、ほんの少し遅れてゴローが肯定の意を表明した。
「そうか。では、双方飛ばしてみようではないか」
とローザンヌ王女が提案した、その時。
「王女殿下、是非私に操縦士をお任せください」
と言って進み出た者がいる。
「おお、コスナーか」
コスナーと呼ばれた男は、やや小柄ながら引き締まった身体つき。金髪碧眼で、陽気そうな雰囲気をまとっている。
「ゴロー、紹介しておこう。ケニー・コスナーと言って、飛行機工場専属のパイロットとなった男だ」
「ケニー・コスナーです」
「ゴローです」
パイロット同士ということで、ゴローとケニーは握手を交わした。
「ゴロー、コスナー。ここから飛び立ち、西の城門上を飛び越したら北に折れて、王城の城壁をぐるっと回って戻ってこい」
時計回り(右回り)に城壁の周囲を回るレース、というわけだ。
北西、北東、南東、南西の角と、西、北、東、南各城門には警らの兵士がいるので、ショートカットをしても後で確認すればバレてしまう、ということになる。
「同時に走り出し、乗り込むところから始める。よいな?」
「はい、殿下」
「……はい」
ゴローは王城の飛行機工場で作ったヘリコプターに興味があるかと聞かれて肯定しただけなのに、いつの間にか競争することになってしまっていた。
(……仕方ないな)
自分たちが精魂込めて作り上げたヘリコプターが、王城の飛行機工場で作ったヘリコプターに負けるはずはないとゴローは信じていた。
なので、やるからには全力を尽くそうと、走り出した。
……習慣になっている『強化2倍』を掛けたまま。
土の付いた芝が吹き飛んだ。
最初の一歩でゴローは『新型2重反転ヘリコプター』の前に着地。扉を開け、乗り込み、エンジン始動。
その時になって、ようやくケニー・コスナーも自機に乗り込んだ。
〈ゴロー、思いっきり、行くといい〉
〈いいのか?〉
ほんの少しだけ、王城の関係者に恥をかかせたらまずいかもと頭の隅で思っていたゴローなのである。
〈姫様の雰囲気から、判断した。自分が見込んだ技術者の方が上と示してあげた方が、きっと喜ぶ〉
〈そうか。よし!〉
サナに背中を押され、ゴローはさらにやる気を出した。
この間、0.5秒。
ゴローは4つの推進用の小型プロペラを真下へ向け、浮上の補助としつつ、スロットルを全開にする。
芝生の上なのに土埃を巻き上げ、『新型2重反転ヘリコプター』は相当な速度で上昇を開始したのである。
対する王城の飛行機工場で作ったヘリコプターはようやくローターが回りだしたところ。
ここでもう10秒以上の遅れをとっている。
ゴローが乗る『新型2重反転ヘリコプター』は高度50メートルほどで水平飛行に移り、一路西の門を目指した。
王都シクトマはほぼ正方形をしており、1辺は8キル。
ゆえに中央広場からの距離は約4キル、最大巡航速度時速60キルの『新型2重反転ヘリコプター』なら4分で翔破してしまう。
西の門を飛び越えたところでゴローは『新型2重反転ヘリコプター』を北へ向けた。そして4分後、北西の角を右……東へ折れ、北東の角を目指す。
王城の飛行機工場で作ったヘリコプターは1分……1キルほど遅れて飛んでいる。
〈ゴロー、今はどのへん?〉
〈北門を過ぎたところだ〉
〈そう〉
ゴローとサナの『念話』の到達距離はおよそ10キル。
王都の中心部にいるサナからは、周辺を飛ぶゴローとは常に会話可能なのだ。
〈今、平気?〉
〈ああ。真っすぐ飛んでいるだけだからな〉
〈そう。……少し、事情がわかって、来た〉
〈事情っていうと……このレースの背景か?〉
〈うん〉
中央広場に残ったアーレン・ブルーとサナ。
サナはモーガンのそばに行き、いろいろと情報を聞き出すことができた。
半ばモーガンもサナに聞かせたかったようだ。
〈重鎮たちの一部だけど、王女様が市井の工房を贔屓にしているのが気に入らないみたい〉
〈なんだそりゃ〉
〈要するに王城お抱えの技術者がいるのに、ブルー工房にヘリコプターを発注したのが気に入らない、ということ〉
〈そんなこと言われてもな……〉
ゴローたちにしてみればひどい言い掛かりである。
〈うん、だから思いっきり差を見せつけてやってほしい。姫様のためにも〉
〈ああ、そういうことか〉
つまりは、そうした一部の貴族が馬鹿にする『市井の工房』がどれほどの技術力を持っているか、そして王女殿下が信頼するだけのことはあるのだと、衆目の中はっきりと見せつけてやれ、とサナは言っているのだ。
〈大丈夫だ。このまま1周してやるぞ〉
〈うん、信じてる〉
そして8分でゴローは王都の北側を翔破。北東の角を南へ折れ、真っ直ぐ南下。
8分で南東の角に到着、西へ折れて南側の城壁上空を西へ向かって飛んでいく。
「ありゃあ、『亜竜ライダー』並みの速さだ……」
「すげえ……人が作った乗り物が空を飛ぶなんて……」
城壁上にいる警備の兵たちは皆、『新型2重反転ヘリコプター』を目にし、
「乗ってみたいな……」
「空から守れれば、今以上に王都の守りは堅固になるぞ……」
「新たな時代の到来か……」
などと、憧れる者、実用性を思う者、時代の革新を感じる者など、さまざまであった。
そして南西の角を右に折れ、北を目指した『新型2重反転ヘリコプター』は、追いすがる王城の飛行機工場で作ったヘリコプターに10分以上の大差を付けて西の門の上を飛び越えて王城前広場を目指した。
〈ゴロー、おかえり〉
〈ああ、ただいま、サナ〉
そして大歓声をあげる観衆が見守る中、『新型2重反転ヘリコプター』は無事着陸したのである。
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次回更新は10月3日(日)14:00の予定です。
20210930 修正
(旧)報奨金の引き換え書類を(小切手のようなもの)受け取ったのである。
(新)報奨金の引き換え書類……小切手のようなもの……を受け取ったのである。
これ、報奨金の引き換え書類(小切手のようなもの)を
にするとルビになっちゃうんですよね
(誤)
そして4分でゴローは王都の北側を翔破。北東の角を南へ折れ、真っ直ぐ南下。
4分で南東の角に到着、西へ折れて南側の城壁上空を西へ向かって飛んでいく。
(正)
そして8分でゴローは王都の北側を翔破。北東の角を南へ折れ、真っ直ぐ南下。
8分で南東の角に到着、西へ折れて南側の城壁上空を西へ向かって飛んでいく。
(誤)5分以上の大差を付けて西の門の上を飛び越えて王城前広場を目指した。
(正)10分以上の大差を付けて西の門の上を飛び越えて王城前広場を目指した。