01-14 サンバーの町へ
道で倒れていたドワーフの少女、ティルダに付き合って街道脇で休んでいると、空が白々と明けてきた。
「よし、もう疲れも抜けたろう。歩けるかい?」
およそ3時間程じっとしていたわけで、このくらい休憩すれば低血糖も無理なく解消されているはずであった。
「あ、はい。大丈夫……なのです」
大きなバックパックを背に、ティルダは立ち上がった。
さすがドワーフ、どうやら見かけよりずっと力があるようだ。
「んしょっ、と……では、行くのです。どうもありがとうございましたですよ」
そのままよたよたとティルダは歩き出した。
いくら力があるといっても、重すぎるように見えて仕方がないゴローは、
「ちょっと待った」
と、ティルダを呼び止めた。
「はい?」
「その荷物、何が入っているんだ? 重すぎるだろう」
「ええと、ほとんど素材なのですよ。これがないと困るのです」
「……じゃあ、少し持ってやるよ」
「え? 悪いですよ。助けていただいた上に荷物を助けていただくなんて」
「いいから」
「あ」
ゴローはティルダの荷物に手を掛けると、それをひょい、とばかりに下ろしてしまった。
「えええ!? ゴローさん、力持ちさんなのです!?」
「まあな」
説明するわけにもいかないので、単に『力持ち』だということにしておくゴロー。
「ええと、重そうなのは……これか」
バックパックの上の方に入っていた鉱石。
「重いものを上の方に詰めるというパッキングのセオリーは守っているんだな」
荷物の重心は高めにした方が背負いやすい。
これはバランスのとりやすさにあるといわれる。
箒を手のひらの上に立てて遊ぶ際、重心が上にある程バランスがとりやすいのだ。
そして、バランスがとりやすいということは、疲れにくいということになる。
トータルの重さが変わらないなら、疲れにくい背負い方のほうがいいというのは自明のことであろう。
「え? そうなのですか? 購入した順に詰めているだけなのです」
ゴローはがっくりと項垂れたが、気を取り直す。
「じゃあ、この鉱石を持ってやるから」
人間の頭くらいの大きさの鉱石が3つ。それだけで20キムになるだろう。
それを自分の背嚢に詰め、ゴローは立ち上がった。
「さあ、行こう」
「は、はいなのです」
ティルダも荷物を背負って立ち上がった。
「わあ、随分楽になったのですよ。ゴローさん、どうもありがとうです」
「いや」
60キムが40キムになっただけでも相当に楽になったのだろう、ティルダは先程よりずっと軽快な足取りで歩き始めた。
それにしても人を疑うということを知らないのだろうか、と、ゴローは少しティルダが心配になった。
このままゴローが大事な鉱石を持ったままとんずらしたら……と思わないのだろうか。もっとも、そんな気は毛頭ないのであるが。
そんな時、サナからの念話が届いた。
〈……今度はあの人に構うの?〉
〈構うって言うなよ。放っておけなかったんだ〉
〈それは、わかるけど〉
〈それに、そろそろまた、町で情報集めしたかったし、できればお金も少し稼いでおきたいし〉
〈なるほど〉
〈それには賑やかな町の方がいいしさ。物作りが盛んな町なら何かできそうな気がするんだ〉
〈確かに、そう。……ゴローの言うことは理に適ってる〉
〈だろう? で、俺たちはそのサンバーって町には不案内だから、ティルダにいろいろ聞けると便利だと思うしさ〉
〈理解した〉
そんな念話を交わしながら、ゴローとサナはティルダの後を追った。
明るくなってきた街道を南へ、南へ。
「お二人は行商人見習いということでしたけど、扱っている品物は何なのですか?」
「今は北の方で採れた鉱石と魔物素材だな。それを……」
売って元手にして、その後のことはまだ決めていない、と言おうとしたゴローは、いきなりティルダに詰め寄られた。
「北の鉱石ですか!? それって、もしかして『カーン村』付近で採れたものです?」
「う、うん」
「凄いです! あ、あの、ゴローさん、それ、私に、売ってほしいのです!」
「え?」
「き、き、北の鉱石は、貴金属の含有率が高かったり、稀少な宝石を含んでいたりするのですよ!」
「そ、そうなのか」
そういえば、何に使われるのかとか、何を含んでいるのかとか、あまり気にしていなかったな、とゴローは反省する。
まあそれというのも、ハカセの研究室には稀少すぎる素材がたくさん埃を被っていたからだが……。
(ハカセ曰く、『100年掛けて集めまくった』と言っていたっけ……)
ゴローは思考を現実に戻す。
「い、今はあんまりお金ないですけど、すぐ稼いで払いますから!!」
「うん、ちょっと落ち着こうか」
あまりに相手がヒートアップしているので、かえって冷静になったゴロー。
それでティルダも少し落ち着いたらしい。
「あ、あうう……ごめんなさいです」
「そもそも、どんな鉱石なのか見てもいないだろうに」
「はいです……」
「とりあえずサンバーって町に行こう。後のことはそれからだ」
と、ゴローの説得もあり、3人はサンバー目指して歩き出した。
ティルダによれば、サンバーの町まではもう10キルくらい。普通の旅人なら2時間半、荷物を持っていても3時間くらいで着く距離だが……。
「ゴロー、木イチゴを見つけた。採ってくる」
サナがそんなことを言っては、崖の上へ駆け上がるので、町が見えてくる頃には昼近くなってしまったのである。
が、熟した木イチゴを心ゆくまで食べられたのでサナはご機嫌。
ゴローとティルダもそのお裾分けに与った。さらにはあとで食べる分まで確保できた。
おかげでティルダはすっかり回復し、元気に歩いていく。
そして4時間後。
「見えました! あそこがサンバーの町なのです!」
ティルダが指差すその先には、木の柵で囲まれていた。
防壁とは呼べないので、ここも『町』なのだそうだ。
「そもそもこの柵は町を囲んではいないのです」
「そうなのか」
「はい。町の入口で菜園や果樹園を作っているので、害獣から守るための柵なのですよ」
「なるほど」
そう言われてみると、確かに、柵の向こう側は畑になっていた。
「町の周囲は木が植えられているのです」
「なるほど、屋敷林の大規模なやつか」
またゴローの謎知識が出てくる。
「やしきりんが何かわからないのですが、言わんとするところはわかるのです。この町は、西にある山脈がちょうど低くなっているせいか、風の通り道になっているので、風対策が必要なのです」
そのため、植えられている木は全て常緑樹のようであった。
「いざとなれば家を建てる建材にもなるのですよ」
素材としても有用な樹種なのだという。
そんな説明を受けながら、3人はサンバーの町に足を踏み入れた。
ゴローの第一印象は『雑多』。
見たところ、ヒューマン、エルフ、ダークエルフ、ドワーフ……らしき人々が行き交っている。
「賑やかだな」
その分、競争は激しいのかもしれない、とゴローはティルダを見て思った。
そのティルダはゴローとサナの前をすたすたと歩いていく。
中央通りから交差点を曲がって少し細い道へ。もう一度曲がってさらに狭い道へ。
少し寂れた感のある通りにある小さな工房、それがティルダの店だった。
「ええと、どうぞお入りくださいなのです」
「……お邪魔します」
一瞬どうしようかと迷ったが、ゴローの背嚢には預かった鉱石が入っているので、店の前でさようならというわけにはいかなかった。
ティルダに続いて店の中へ。
思ったより片付いており、さっぱりした感じがする。
それもその筈、この店は奥が工房で手前が店となっているのだが、店に何も商品が置かれていないのだ。
「ええと、鉱石はこっちへ持ってきてもらえますか?」
「おう」
ゴローは工房の奥へ鉱石を置いた。
小さめの炉、小さめの金床とハンマー。
おそらくティルダの身体に合わせたものなんだろうな、とゴローは推測する。
そして作業台の上に散らばる金属片やヤットコ、タガネ、ヤスリなどの工具。
「……彫金職人かな?」
思わず呟かれたゴローの言葉を聞いて、
「はい、私はアクセサリー職人なのですよ」
と答えるティルダであった。
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次回更新は8月8日(木)14:00の予定です。
20200915 修正
(誤)ゴローとティルダもそのお裾分けに預かった。
(正)ゴローとティルダもそのお裾分けに与った。
20200926 修正
(誤)「重いものを上に方に詰めるというパッキングのセオリーは守っているんだな」
(正)「重いものを上の方に詰めるというパッキングのセオリーは守っているんだな」