08-20 次の機体
結局、『2重反転ヘリコプター』はそのまま引き渡し、ゴローとサナ、アーレン・ブルーらは王城に一泊した。
当然、泊まるだけというはずはなく……。
「ゴロー、サナ、アーレン、どんどん食べてくれ!」
「はい、いただいてます」
「……(もぐ)」
「は、はひ」
王女、ゴロー、サナ、アーレンである。
彼らはローザンヌ王女の客分として接待されていた。
王女の気遣いで、この場にいるのは他にモーガンと給仕2名、侍女2名だけである。
「空を飛ぶというのは素晴らしいものだなあ」
「おそれながら殿下、空を飛ぶということは、落ちる危険も同時に持つということでございますぞ」
上機嫌のローザンヌ王女に、モーガンが諫言を行った。
「む、それはわかっておる」
「機械であるがゆえに、生き物である『亜竜』とは異なります。機械の場合は故障したら終わりですぞ」
さすがモーガンというべきか。生き物と機械の違いを把握し、その危険性も理解していた。
「……だったら、落ちない飛行機械を作ればよいだろう!」
「理屈ではそうなりますが、神ならぬ人の手では、それは叶いませぬ」
「ぬう……」
いつになく真剣なモーガン。それだけ王女の身を案じているということなのだろうなとゴローは思った。
「王女殿下」
珍しくサナが口を開いた。
「む、何だ?」
「……私もその昔、『亜竜ライダー』が曲技飛行を披露している際に乗り手が落下し、地面に叩き付けられたところを目にしたことがあります」
「……!」
「どうか、御身お大切に」
「……む、わかっ……た」
サナにまで言われ、ローザンヌ王女は少し意気消沈してしまった。
さすがにこのままではまずいなあと感じたゴローは、フォローを試みる。
「ですから我々技術者は、墜落のリスクをできるだけ小さくしようと尽力するのです」
「……ほう?」
ローザンヌ王女の顔が、ゴローの方を向いた。
「具体的には何をするのだ?」
「今思いついているのは、エンジンを増やして、1つが止まってもいきなり墜落しないようにすることです」
「ほほう」
「ですので、あの『2重反転ヘリコプター』は納品できません」
「そうか……だが、その言やよし。ゴロー、サナ、アーレン、よりよいものを作ってくれ。……そう、私が飛行士になっても、誰も心配しないような、安全な飛行機械を、な」
「……ご下命、承りました」
こうして、ゴローたちは更なる改良を約束し、王女は追加の予算を組んだのである。
蛇足ながら、『2重反転ヘリコプター』の成功は、財務官への説得材料となり、大幅な予算増が行われたということである。
* * *
翌日、ゴローたちは『2重反転ヘリコプター』は王城に置いていくことになった。
こちらは王城の技術者たちに参考にしてもらうことになるという。
その分の礼金も1000万シクロ(日本円で1000万円相当)と、たっぷりもらえたので文句はない。
もちろん次の機体の製作費も別にもらっている。
「……結局、また1から作るのか……」
「まあまあゴローさん、いいじゃないですか」
「うん。アルミニウムはまだもう1台分くらいあるし」
「そうだけどな……」
ゴローは、ローザンヌ王女の想いを聞いてから、『2重反転ヘリコプター』が本当に彼女の望む飛行機械なのだろうかと思い始めていた。
ブルー工房へ帰る道すがら、それをアーレンとサナに話すと、2人も頷いてくれたのである。
「……『飛行機』なら、エンジンが止まっても滑空して着陸できる。『2重反転ヘリコプター』とどっちが安全なんだろうか」
「難しい問題ですね」
「うん、ゴローが悩むのも、わかる」
「ゴローさん、ヘリコプターって、エンジンが止まったらローターも止まりますが、空回りさせたらどうなるんでしょう?」
「え?」
アーレン・ブルーからの質問を受けたゴローは、『謎知識』が反応するのを感じた。
「……ゆっくり降下するな」
『オートローテーション』という機能である。
飛行中にエンジンが止まった場合、ある程度の高度で前進速度があれば、ローターを空回りさせることで降下速度を減じることができる。
主翼によって揚力を発生する飛行機が『滑空』で不時着できるに例えられようか。
「ただし条件があると思うけど」
『オートローテーション』で不時着するのは簡単ではない。
ヘリコプターのパイロットは、この『オートローテーション』で安全に不時着できるよう訓練をする……らしい、とゴローの『謎知識』は囁いていた。
さらに、
「ローターのピッチ(ひねり角)を可変にする必要があるみたいだ」
とも。
「それも『謎知識』ですか?」
「うん」
「帰ったら、ハカセさんに説明してあげましょう。きっと喜びますよ」
「うん、同感」
* * *
アーレン・ブルーの予想は的中した。
「何だって!? 墜落しないヘリコプター?」
「いや、ですから、『しにくい』だけですって」
「それでもいいさね。ゴロー、詳しく」
「は、はい」
……これである。
結局ゴローは図解付きでわかる限り『オートローテーション』について説明したのであった。
* * *
「ふむ、そうするとローターのピッチ(ひねり角)を可変にするのかい」
「それができれば、上昇下降の操作もさらにやりやすくなりそうですね」
「そうだねえ」
回転数だけではなく、ローターすなわちプロペラのピッチ(ひねり角)を変えられれば、浮遊力を変化させられるわけだ。
しかし、その方法は?
「ゴーレムの肩とか手首の構造を利用すればいいだろうね」
「あ、なるほど」
ゴローの『謎知識』では複雑なリンク機構を使っていたが、魔法技術はそれを簡素化してしまえるのだった。
「あとはエンジンを2基から4基にして、1つのローターを2つのエンジンが担当する。そうすれば、1基が停止してもいきなりローターが止まらない……ということかい」
「はい。それにフリーホイルですね」
「ああ、これだね。……エンジンの回転数よりもローターの回転数の方が速くなった時にフリーに回転させる……つまりはエンジンが止まっても惰性で回る、ということだろう?」
「そのとおりです」
ゴローの説明がよかったのか、ハカセの理解力が群を抜いていたのか。
とにかくハカセは『新型2重反転ヘリコプター』の構想を立て始めたようである。
「あと、床にも窓を付けたい、ということと、非常脱出用に何か考えたい、と思います」
「床の窓はわかるよ。真下を観察したいというわけだろう?」
「はい」
「ゴローさん、脱出用ってなんですか?」
「例えば、超小型の2重反転ヘリコプターを背負うとか」
「ああ、飛べなくてもいいから、落下速度を落とすんですね」
「そうそう」
本来は『落下傘』も必要なのだろうが、今のところ飛行高度が低いため、実用化できそうもないのだ。
『謎知識』では300メルくらい必要と言っており、今回のように50メルくらいでは到底実用的ではない。
開く前、あるいは開いたらすぐ地表、ということになってしまうのだ。
「全部いっぺんには無理だよ。まずは依頼されたヘリコプターの新型を作ろう」
「はい、ハカセ」
ハカセは作業の優先順位を決め、まずは次の機体を作ろうと言った。
「アルミニウムとマグネシウムが余計にあってよかったねえ」
「本当ですね」
すぐに製作に取りかかれるのは大きい。
が、まずは設計からだ。
ゴローたちはアイデアを出し合い、それを組み合わせ、新型の2重反転ヘリコプターに反映させていくのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は9月23日(木)14:00の予定です。
20210919 修正
(旧)「……ご下命、拝領いたしました」
(新)「……ご下命、承りました」