08-15 進展
その夜は3日ぶりに賑やかなものとなった。
というのも、アーレン・ブルーとラーナも誘ってゴローたちの家で夕食会にしたのである。
「え……『屋敷妖精』!? 聞いたことはありましたけどまさかお目にかかれるとは……」
初めて『屋敷妖精』のマリーを見たラーナは驚いていた。
ところで、夕食には御者も誘ったのだが、『商会に報告義務がありますので』と言って固辞されたので無理強いはできなかった。
代わりにゴローから謝礼として『屋敷妖精』のマリーと『木の精』のフロロ特製の梅ジャムを持たせてやったのである。
夕食はそのマリーと、執事見習いの獣人ルナールが用意したジャンガル王国風。
ご飯に味噌汁、焼き魚に加え、甘い玉子焼き、天ぷらと漬物が並ぶ。
そこに一口ステーキやフルーツサラダが加わり、一般人の食卓としてはなかなか豪華だ。
「そうなんだよ、滑石を買ったはいいけど、マグネシウムだけ取り出して残りを置いてくるわけにもいかなくてねえ、全部積んできてしまったさ」
「まあ、残ったシリカも使い途はありますし」
「ゴローたちもいろいろやっていたようだねえ。『水平儀』に『方位磁石』かい」
「ええ、それに暖房装置や外気温計とか、室内照明とか」
「よく考えたねえ。明日からが楽しみだよ」
「今日はゆっくり休んで英気を養ってください」
「ありがとうよ」
「……ゴロー、甘味は?」
「大丈夫。全員分のプリンが冷やしてあるよ」
「……やった」
余計に作ってあったので、アーレンとラーナの分もちゃんとある。
和気あいあいとした夜は更けていった。
* * *
翌日、午前5時。
まだ薄暗い夜明けの空の下、ハカセは起き出していた。
「……ハカセ……?」
眠る必要のないゴローとサナも、その気配を感じて起きる。
「ああ、楽しみで寝ていられなくてねえ」
「……まだアーレンやラーナが寝てる」
2人も屋敷に泊まったのである。
「済まないねえ、サナ。何か始めたくてしょうがないのさね」
「……そうだゴロー、この透明な何か、何だか、分かる?」
「え?」
布を掛けられていた謎の透明物質を、サナはゴローに示した。
ゴローも昨夜気になっていたので、すぐにその物質を調べてみる。
「……わからない……」
だが、ゴローの『謎知識』でもその物質の正体は不明であった。
「そうかい、ゴローにもわからないか。……こりゃあ、今回の納品には使わないほうがよさそうだねえ」
「ハカセの言うとおり。王家からの依頼だから、出自不明、再現性皆無な材料は使わないほうが、いい」
サナもまた、この謎の透明材料はヘリコプターに使わないほうがいいと言った。
「そうだねえ。使うとしたら、あたしたちが向こうで作っている方にだね」
「うん、それがいいと思う」
「じゃあ、何をしようか?」
早く起きてしまい、何かしたくて仕方がないハカセであった。
「……でしたら、滑石からマグネシウムを抽出してください」
「お、ゴロー、それいいね。それならほとんど音がしないからね」
「手伝います」
「頼むよ」
そういうわけで、少し早い朝食の時間……午前7時までに200キムの滑石から43キムのマグネシウムを抽出したハカセであった。
その後、午前7時に大急ぎで朝食を……ラーナからは少しお小言をもらいながら……済ませたゴローたちは、ブルー工房へと向かった。
その際、マグネシウムを20キムほど運んでいく。
* * *
「さて、おおよそのことはわかっていたけど、もう一度仕様と構想、設計を確認しようかね」
ハカセの一言で情報のすり合わせが始まった。
複数の技術者で1つの製品を開発する際には必須の作業だ。
微妙に認識がずれていると、重要なポイントで齟齬が生じるなんていうことになりかねない。
およそ2時間、彼らは情報のすり合わせに時間を費やした。
「うんうん、これでまずは大丈夫だね」
「さすがハカセさんですね。進捗状況がわかりやすくなりましたよ」
「ハカセは、やるときはやる、人」
「サナ、それって褒めてるのか?」
「……? うん。なんで?」
「……まあいいか」
そんなやり取りのあと、いよいよ機体の製作に取り掛かる一同。
とはいえ、初めて作るものだけに、なかなかうまく行かないこともあって、その日は構造材の組み立てで終わったのであった。
* * *
「うーん、やっぱり透明素材をなんとかしたいねえ」
夕食を食べながらハカセが呟いた。
翌日には風防の構築も行うことになるため、この点が悩みなのだ。
「丈夫で、割れにくくて……割れても破片で怪我しにくいような……」
「ガラスじゃなくて水晶ならそこまで鋭い破片にはならないと思う」
鉱物には『劈開』という性質を持つものがある。
これは結晶の特定の面が特に弱い、という性質で、そこから割れやすくなるもの。
モース硬度では世界最硬と言われるダイヤモンドにも劈開があり、そこにタガネを当てて叩くと比較的簡単に割れる。
なのでダイヤモンドは、テーブル面と呼ばれる、最も広い上面が劈開面と平行になるように研磨するのだ。
モース硬度3の標準鉱物である方解石はマッチ箱のような形……少し歪んだ直方体……に割れるし、蛍石は正八面体に割れる。
が、水晶にはそういう劈開面が不明瞭で、強いていえば六角柱を斜めに割るような不規則な劈開を示している。
つまり、鋭い破片で怪我をする心配があまりないというわけである。
「なるほどねえ。水晶なら作れるから、それで風防を作るとしようかねえ」
水晶は有名な鉱物であり、その六角柱と六角錐を組み合わせた結晶の形が人気である。
また、透明な水晶玉も占い(大抵はインチキ)に使われるので、人工的に水晶を作る魔法は古くから存在した。
正確には、小さい水晶を集めて大きな水晶を作る魔法だ。
それが『晶成』である。
レベル5から10まであり、レベル5だと小さい水晶を集めて1つにすることができる。
レベル6になるとより大きい水晶を作れるようになる。7になれば、結晶である水晶だけでなく、石英でもできるように。
レベル8は7の上位で、好きな形状にすることができるようになる。
レベル9は二酸化ケイ素ならなんでも……シリカでも使えるようになる。
そしてレベル10になると、原料である二酸化ケイ素があれば、かなり大きい水晶でも、好きな形に自由自在に形作れるようになる。
ハカセはもちろんレベル10である。
「レベル8くらいなら王城にもいるだろうさ」
「あ、僕もレベル8です」
「アーレンもかい。ならこの魔法で風防用の透明な水晶を生成するかねえ」
相談の結果、そういうことになった。
ただし、レベル7くらいの術士でも生成可能なように、風防の窓枠はやや細かく取り付け、1つ1つの窓材は小さくて済むようにしたのであった。
正面だけは視界の確保のため広めにとったが。
* * *
窓の問題が解決したなら、いよいよ本体の組み上げである……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は9月2日(木)14:00の予定です。
20210829 修正
(誤)「ええ、それに暖房装置や外気温系とか、室内照明とか」
(正)「ええ、それに暖房装置や外気温計とか、室内照明とか」
(誤)「丈夫で、割れにくくて……割れても破片で汚しにくいような……」
(正)「丈夫で、割れにくくて……割れても破片で怪我しにくいような……」
(誤)午前7時までに200キムの滑石から43キムマグネシウムを抽出したハカセであった。
(正)午前7時までに200キムの滑石から43キムのマグネシウムを抽出したハカセであった。
(誤)その際、マグネシムは20キムを運んでいく
(正)その際、マグネシウムは20キムほどを運んでいく